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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第十九話 何かが始まる産声を聞いて




「そこで兄ちゃんがぴょーんと来たからオレがしゅんっとぐあってな、そしたら」

「なるほどもういいぞ、時間の無駄だった」

「前の模擬戦を聞いてきたのは雄二だろ、ちゃんと最後まで聞けよな」

「擬声語だらけで訳せないからだ、もしや山猿語か?」


 前を歩く赤城精太と青海雄二から少し距離を置いて、後ろに続く黄桜奏と須崎碧。

 食事を終えた四人は富士大宮基地の中を歩いていた。

 向かう先は格納庫。教官の衛守哲人に会う為である。


(……多分顔に出てた! 雄二くんには気付かれたよね……)


 碧は食堂での不始末を思い出して赤面し、長いサイドテールを尻尾のように振る。

 不始末、そう、あろうことか同じチーム、戦友の精太に対して、恥ずべき感情を抱いてしまったことだ。


(嫉妬してしまった……)


 しかもあんな些細なことで。

 他人に好きだと、なんの迷いもそれがもたらす結果も考えずに言える精太の姿に、碧は自分にない輝きを見たのだ。

 子どもらしい純真さと、自分の心に正直に生きるが故の歪みの無さ、正しさを。

 どうしてあんなに正しく、真っ直ぐに生きられるのだろう。

 この少年はどうして躊躇も照れもなく、あの人への好意を明かせるのだろう。

 羨ましい。

 隠しようがなく、妬ましい。

 その行動力が、偽りのない言葉が、常に全力の表現が。

 自分の心の大事なところにあるものを、精太はなんら恐れずに見せてくる。

 思った傍から、すぐ形にしてくる。

 だからいつも先手を取られるのだ。私が同じものを胸に抱いているとも知らずに。


(――なにを言っているんだ……!)


 辿り着いた答えの恥ずかしさから、歩きつつ自分の顔を両手で隠す。

 好意、ああ好意だ。須崎碧は衛守哲人に好意を抱いている。それは認めよう。

 しかしこれは人として、もしくは上官、歳上への敬意に類する好意だ。

 決してそれ以外の、特に異性が枕言葉につくようなものではない、筈なのに。

 この頭脳を占拠して、思考力を馬鹿にする感情の暴走、悩みで他のことが覚束無(おぼつかな)い状態は、なんだか、まるで。


(ないないない、まずなにより、どれだけ歳が離れていると!)


 子どもと大人、十二歳と二十九歳、その差は歴然、実に十七年だ。

 そんなのもう、親と子ほども違うじゃないか!

 私はあと数日で十三歳になるけど……そんなのはどうでもいい。

 時代が違う、感性も違う、同じ人生でも共有できるものは少なく、共感一つにさえ難があるのでは並んで歩くのも難しい、無理をすれば軋轢も生まれるだろう。

 法的な大人どころか義務教育さえ終えていない碧にとって、哲人はこれから星の数ほどすれ違う大人の一人に過ぎないし。

 自分の倍以上の人生経験を積んだ哲人からすれば、碧を対等な一人の女性と認識する可能性はなく、ランドセルを背負う子どもと区別もつかないだろう。

 そう思って、自分で思ったことなのに傷ついて、それを自覚してまた心が荒れる。

 悪循環に翻弄されて冷静さを失っていた。これではいけない。

 失礼を重々承知の上で思うが、教官に男性として魅力的な面があるか?

 こんな醜態を晒してまで、必死に考えるに足る価値のある男か?

 ないだろう。

 ごめんなさい教官、ないです。

 よし答えは出た。碧はこれを前提に改めて思考する。

 私は教官が好きではない。これさえはっきりしていれば須崎碧の平穏は保たれる。

 その上でもう一度、あれ、さっきまで精太くんの素直さを羨ましがっていたのに、いつの間にか衛守教官のことばかり――


「あ゛あ゛あ゛あ゛!」


 突如友人から漏れた人の声とは思えない音に、隣の奏のみならず精太と雄二まで驚愕し振り返る。

 空気ごと固まる四人。少しの時間を頂いて、少女は絞り出すように言った。


「……無視して。私はここにいなかったって」


 三人はその言葉を噛み砕いて、ゆっくりと前に向き直った。

 友の痴態を見逃すだけの情けが、彼らの中にも確かにあった。

 下手に追求すれば舌を噛みかねない剣幕だったなと、そう思っても口には出さない。

 再び歩き出す。碧も無言でそれについていく。


(死にたい)


 いっそ三人とは逆の方向に全力で走り出したかった。

 ……本当に重要なのは、精太が正直なことではないと、自分の心が訴えている。

 精太が正直なのは今に始まったことではない。ただその生き方が、教官を真正面から射抜いているのが、羨ましくて仕方がない。

 毎度身体一つで体当りしてくる精太を受け止める為に、常に彼を見つめている哲人に、心がざわついてしまうのだ。

 私だって気持ちは同じ筈なのに、生き様の違いで勝敗がついてしまう。

 後手に甘んじる自分が不甲斐無いと、碧の中にいるもう一人の碧が、机を悔しそうに叩いていた。


(……こんなの私じゃない、こんな私、知らないもの)


 まるで見知らぬ自分に、未体験の感情に転がされる自分に、匙を投げたくなるものの逃げられないのが自分という生き物だ。

 現実逃避で時間稼ぎが関の山とは、本当に厄介なことになったものだ。

 煩わしさのあまり頭から言葉を消しても、代わりに浮かぶのは新型超機獣戦後に出回った動画の最後のシーンだ。

 教官が精太と碧を抱き締めているあの映像を、碧はクラウド上だけではなく個人所持の複数の記憶媒体に記録保存している。いつ消されるか分からないからだ。

 珍しく自分が素直になった結果、教官と距離を縮められた貴重な一瞬。

 色々と感極まっていたからこそできたことであるのだが。

 その映像を見て募る寂しさを慰めていた時に、あの高揚をもう一度味わいたくて、新型超機獣の再来を願ってしまったのは、誰にも言えない秘密である。

 ……自分の生存を喜んでくれた教官に、これは酷い裏切りだと分かっているのに。

 またあの人が喜んでくれたなら。須崎碧の存在を、祝福してくれたならと――


「……そんな大したやつじゃないでしょ」


 その言葉は碧のものではなく、隣を歩く友人のものだった。


「カナちゃん……?」


 思わず声を掛ける。それは奏の喋った内容からではなく、その言葉を聞いて見た彼女の、普段の強気な姿勢が窺えない、底冷えしそうな暗い雰囲気からだった。


「あ、ごめんどりみん。前の二人の話が聞こえてきてさ」


 奏は友人の声に明るく努めて反応する。暗さをどこかに追いやって、見えないように蓋をする態度で。

 二人の数歩先では精太が、目下彼のお気に入りの兄について、面倒な顔をした雄二に色々と聞かせていた。






「よぉ、四人揃って今日も仲が良いな」


 四人は道中、目的の人物であった哲人と遭遇した。

 その傍らには白沢司令もおり、珍しい組み合わせに精太は不思議そうな顔をする。


「教官と沢ねぇじゃん。デートしてんの?」

「……お前には男女が二人でいたら全部デートになるのか?」

「ん? ああ、お前と碧の時の話な」

「おっ、まさかの恋バナか、俺にも聞かせろよ」

「この間こいつらがさぁ――」


 ごっ、と低い音がした。

 精太の後頭部を掴む手は、後ろの碧から伸びたものだ。

 それはゆっくりと、精太の頭を釣り上げる。


「い、痛い痛いっ、なに、何でオレっ、頭痛い!」


 精太は空中で足をばたつかせる、合わせて念波動が自身を拘束する力の排除に掛かるが、その抵抗を受けても碧は一切怯まない。

 少女の周囲を渦巻くおどろおどろしい念波動――それは畏怖の風として、他の四人を蛇に睨まれた蛙のように氷漬けにする。

 精太の無力な足掻きもそうだが、何よりも彼らを驚かせたのは、初めて見る暴力に訴える碧の姿である。

 二人の身長差は十センチ以上あるが、今は少女の迫力も相俟って更に何倍もの差があるように見えた。お釈迦様と孫悟空の逸話を思わせる。


「精太くん、違うよねぇ?」

「違っ、違う!? な、なにが」

「私と雄二くんは格納庫に行く途中で偶然出会っただけで、決してデートじゃなかったもんねぇ? 彼女がいる雄二くんが丁寧に説明したもんねぇ? 忘れちゃったかな?」

「あだだだだ! ――はいそうです! 今しっかりと思い出しました!」


 前回の記憶と違うのは、怒りを露わにした人物であったが。

 今すぐに謎の苦痛から解放されたい精太は、動かない頭の代わりに言葉で裁定者を必死に肯定する。

 その甲斐あって、ほどなくして指は解かれて精太は自由の身になった。


「白沢司令、教官、こんにちは」


 息を荒げながらその場に(うずくま)る精太が見えていないかのように、碧は白沢と哲人に挨拶をする。

 それを見て完全に呑まれた二人は、圧倒的な力を誇示した少女を前に、相槌を打って返すしかできなかった。


「……い、一体何があったんだ?」

「それ以上疑問に思うな、命が惜しいのなら、いいな」


 精太に駆け寄った雄二は、事態を掴めないでいる少年にそれだけを語ると、黙って肩を貸してその場に立たせた。

 哲人は精太の疑問に答える形で、会話の仕切り直しを図る。


「俺達もデートじゃないぞ。さっきまでハガネマルの前で仕事の話をしていたんだ」

「そうだよみんな。この人とデートとか、冗談でも私泣いちゃうんだから」

「……あれ、じゃあオレたち入れ違いになっていたのか?」

「おう。その感じだと食堂の帰りだろ、俺が一足遅かったんだろうな。うぅむ、当初の予定通り最初から食事に行っておけばお前らに会えたのになぁ」


 ナイツライズから降りた哲人が、行き先を食堂からハガネマルに変えたのは、その言葉通りチームハガネ号の面々に会いたかったからである。

 その裏には月乃間の件で落ち込んだ気分を子どもたちの顔を見て癒やしたいという無意識の選択変更があったのだが、本人にも自覚はないので言葉にはならなかった。


「僕たちもこれから格納庫に行こうとしていたんです。教官にお会いしたくて」

「へぇ、愛い奴らじゃのう。これで食堂帰りじゃなければ飯の一つでも奢るんだが」

「妙に気前がいいじゃん。何かあったのか?」

「どりみん、それじゃアタシは帰るね」


 話の途中、唐突に奏は切り出して、他の五人に背を向けた。

 そして止める間もなく歩き出す。これ以上、近くに居たくないかのように。

 有無を言わせぬ行動に碧も掛ける言葉に詰まったが、それに割り込む形で精太が叫んだ。


「キ――奏! 今日の夕飯うちで食うの忘れるなよ!」


 ――奏の足が止まる。

 振り返った少女は、きまりが悪そうに小さく笑った。


「ははっ、あんたじゃあるまいし。風音おばさんによろしく言っといて」


 颯爽と帰るところを止められて格好がつかない、そんな風に見えつつも、その苦笑には確かな喜びが含まれていた。

 奏が去る。彼女の姿が見えなくなるまで、五人は何も言わず見守っていた。


「あいつ、オレたちを見送りに来ただけだったのかな」


 精太が一人呟く後ろで、白沢が哲人に小声で言う。


「……さて、教官殿はどうするつもりかしら」

「どうもしませんよ」


 哲人は精太をちらりと見て。


「ひよこが殻を破ろうとするのを、外から手伝うのは野暮ってもんです」

「そう言って取り返しのつかない状況になったら責任取れるの?」

「責任取る前に首切られない限りは」

「それは安心しなさい。首じゃ済まさないから」


 白沢も精太と、奏の居た場所を交互に見て。


「子どもが巣立つ予感というのは、大人からしたら複雑なのね」


 二人揃って、寂しそうに笑うのだった。




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