第十八話 昔話、硝子の星屑と共生派
「『硝子の星屑』? あのやべぇ部隊の一員だろ、目ぇつけられたくないから近付きはしなかったけどアレな噂は沢山聞いたなぁ、後ろ暗い人間にしか声を掛けないとか」
「知ってるぜ、うちの上司も一人世話になって消えちまったし」
「部隊内での粛清も当たり前とか、怖い話も多くて……メンバーは男性ばかりだったそうで、私達みたいな女性隊員に勧誘の話は聞きませんでしたけど」
「……と、職務の内容は当時の軍内部でも受け入れ難いものだったようで……」
富士大宮基地の火曜日の昼間。
テレビの放映するワイドショーを食堂で見るのはチームハガネ号の四人だ。
『戦後五年の今、硝子の星屑、その忘れられた忌み名に迫る』と、大層なテロップの下で訳知り顔な元軍人達のインタビューが流れている。
とはいえその一人である黄桜奏は、他の三人ほど興味がないのか割り箸片手に焼き魚の骨との格闘に熱中していた。
「あれから結構経つのに、まだ話題にするんだなぁ兄ちゃんのこと」
「最近は新型超機獣も鳴りを潜めてネタがないんだろう」
「先々週に比べたらこういう番組の数も落ち着いたよね。今は時々思い出したように特集を見るくらいだし」
「しかしあんたたちも大変だねぇ、学校もある平日に午前中から呼び出されてさ」
四人がいるのは、ハガネマルのパイロット搭乗時における念波動の増幅量を測定する為である。
というのも新型超機獣撃破から、彼らにはこの手の計測作業が数多く課せられていた。
当たり前ではあるが軍の上層部はあの敵を危険視しているようで、それを打倒したハガネマルのデータを今更でも欲しがっているらしい。
「そっちは別にいいんだけどさ。兄ちゃんも見に来てくれたっていいのに」
「いや。前の計測作業の時に、一々見に来なくていいと追い払ったのはお前だろう」
「え! 言ったっけそんなこと!?」
「……あの日のアンタ、学校の文化祭が延期になって機嫌悪くしてたでしょ。次の日には忘れたように教官と模擬戦をしに行ってたけど」
「覚えてねぇや……」
三週間前の戦いから今日までに、ここの管轄区域では二度の超機獣襲来があった。
しかし肝心の相手はというと、新型登場以前によく見た旧来の超機獣に戻り、新型出現の指標になると目された次元裂傷値の異常な上昇も、あれきり観測されていない。
ただ少し違うとすれば、超機獣に伴って傀機獣も現れるようになった、という点がある。
これは現在立場が微妙な哲人の存在価値を世間にアピールできる相手にもなっているが、敵にお膳立てでもされているようで気に入らないとは哲人の談である。
「ハガネマルのデータばかり取ってもしょうがないと思うんだけどね。私たちが何を言っても、ちゃんと聞いて貰えないのはこの件も同じかな……」
そう言いながら、碧の視線が再びワイドショーに戻った。
「話してみるとその辺のやつと変わらんし、あんたも会ったら拍子抜けするよ」
「見かねてこっちが指摘するまで無精髭剃らないんだわ」
「隊員食堂に座ったら次の戦いで死ぬって曰く付きの椅子があったんだが、誰も座らないのをいいことに飯の時間になると直行してたらふく食ってるのをよく見たぜ」
「……などといった、実際に接した人から話を聞くとまた別の側面を窺うこともでき、調査から明らかになる人物像には一貫性がなく……」
別の視点から語られる哲人が、テレビの電波に乗っていた。
否定的な意見や肯定的な話の間で、『硝子の星屑』の評価は二転三転している。
これは世論も同じで、排除に走るには過去の功績が足枷となり、軍も断固とした対応が取れずに居る。哲人の現状維持は、上層部が決断を先延ばしにした固まらない足元に成り立つものである。
「……こういうの、戦前だったら顔や声にモザイク処理入れられていたんだけど。戦後は軍関係者が増えたからおおらかな時代になったのかねぇ」
「教官ももっと受け入れられれば扱いも変わる。まず評価が盤石になれば、こんな報道に惑わされても辞めさせられることはなくなるよね。それこそ超機獣の撃破が叶えば、得られる発言力には誰も無視できなくなるよ」
「兄ちゃん単独でってか? それは無茶だろ」
「ウォーキャリアでそれができるのなら、今度はヤマト級の存在理由に飛び火するからな」
「……せめて新型超機獣の脅威を正確に理解して貰えれば、私たちにはこれからも教官が必要不可欠だって自ずと分かって貰えるのに」
教官について語り合う三人に、好かれているじゃないかと裕子は哲人を思って笑う。
同じく三人を見る奏は冷めた目をしていたが、それら自分たちに向けられた周囲の感情に、精太たちが気付くことはなかった。
「そういった解決に通じる決め手が得られない以上、少しずつ実績を積んでいくしかないのかもしれないね」
「次の新型が来れば目新しい活躍の場もあるかもだけど、相応の危険もある。安易に飛び付きたくはないな」
「……雄二も兄ちゃんの話に積極的になったなぁ。ずっと澄まし顔で一歩引いているのかと思った」
「別に避けている訳じゃない……教官には、相談したいこともあるしな」
「へぇ、いいじゃん。あれで結構頼りになるぜ」
にやりと笑ってカレーを掻き込む精太。
それに雄二は三日前も似たような光景を見たことを思い出す。思えばそれ以前もだ。
裕子の作るカレーが絶品なのは間違いないが、こうも連日注文して飽きたりはしないのだろうか。
「……お前はここでカレーばかり食べているけど、他の料理は頼まないのか?」
「いきなりなんだよ。美味いんだからいいだろ、なぁおばちゃん?」
「一昨日も哲人と一緒に来て二杯おかわりしていたよねぇ。大きくなるよあんた」
「一昨日って、本当に連日食べていたのか……」
「おばちゃんも兄ちゃんも同じくらい好きだぜ! おかわり!」
気を良くした裕子がカレーをよそる。
こんなに素直に大人を頼れたなら、自分の悩みもあっさり解決するのだろうか。
そんなことを考えながら、精太の明るさが眩しくて他の二人に視線を逸らすと、予想外の顔が見えた。
「……二人とも、どうしたんだ?」
思わず呟いてしまう。その指摘に自らを省みたのか、碧はバツの悪そうな顔をしつつコップを手に取り、奏は黙々と自分の食事に集中した。
なんだ、どうしたと、事態を呑み込めない精太は頭上にはてなマークを浮かべている。
……普段からは想像のつかないことだが。
その瞬間を捉えた雄二の目には、二人の表情に何かを羨むような、暗い嫉みの相が浮かんでいた気がしたのだ。
「……敵性存在と数年間接触していた。それが本当ならとんでもない爆弾よ。少なくとも偶然会ったついでに語るような話ではないわ……」
「申し訳ありません。会話の記録、と言っても自分が一方的に話しているデータしか残っていないようですが、整備班の人間がまとめていますので後ほど送信して貰います」
「……貴方の記憶も頼りに消えた会話の内容を補完させるから、その作業を覚悟しておいて。事前に資料にでもしてくれると助かるわ」
「はい。すぐに思い出せる筈です。しっかりと会話になったのは数える程なので」
「うわぁ……今度は私が言う羽目になったわね。うわぁ……」
衛守哲人から伝えられた月乃間の話に、白沢司令は文字通り頭を抱えた。
伝えられた話が本当なら、数少ない敵性存在との意思疎通を果たした事例になる。
しかも最終的に戦闘行動へ発展しなかったとなれば――模擬戦はしていたようだが――それこそ前代未聞だ。使い方によっては誇張なく世界も引っ繰り返せる話である。
だが――そうはならない。
白沢も哲人もそれを理解しているから、後は血の通わない冷たい会話、事務的な確認になる。
「……三週間前の新型超機獣の記録でも再確認されましたが、敵性存在にとって言葉は攻撃手段の一つでしかありません。事実ハガネマルに仕掛けられたそれは、操縦士を惑わしつつ攻撃を仕掛ける卑劣なものでした」
「はい。ここ何年も言葉が確認されていなかったが為に、久し振りの自分以上に、初めてそれを聞いた子どもたちを大いに混乱させました」
「意思疎通は不可能。これは十五年戦争で多くの人命を犠牲に得た教訓でもありますが、それでも尚この世界には、敵との共存繁栄を掲げる『共生派』がいるのも事実です」
「はい。理解しております」
「衛守曹長――貴方に限らず、十五年戦争を戦場で過ごした人達にとって、それはとても思うところのある名前でしょう」
共生派。
敵性存在と意思疎通を図り、お互いの殺戮ではなく共に生きる道を模索する思想を持つ人類の派閥である。
それは、そう語る内容だけを取れば、とても素晴らしい思想だった。
銃口を向け合うのではなく、手を取り合い言葉を交わして同じ明日を迎える。
殴り殴られる野蛮な暴力に頼らない、知的生命体の育んだ倫理の上に成り立つコミュニケーション。
戦争を憎む高潔な意思の下、美しく、誰もが一度は希望を見出したであろう他者との共存は、しかし果たされることはなかった。
成立はしなかったのだ。
それは見果てぬ夢で、それを夢と認めないが為に、今も数多の生贄を強いる連中、それが現在の共生派なのである。
「これまでに共生派が活動を激化させた時期は主に二回。敵性存在への理解が及んでいなかった十五年戦争初期と、敵側に初めて喋る個体が確認された中期です」
それはコミュニケーションへの希望が輝きを放った頃だ。
当時の政治家は戦争を恐れ、或いは戦争に疲れた人類を鼓舞して、敵との『会話』を成立させるべく使節団を用意した。何度も、何度も。
そしてこれの全てが全滅したのだ。
「この頃に派遣された使節団は、非戦を示すべく丸腰だった一団から、護衛を置いた一団まで、例外なく殺されています。共生派はその度に次への希望を煽り、無策のままに多くの人を死地に追い遣り、人を襲う怪物の生態から目をそらし、尊い人命を軽視する愚行を繰り返しました」
「…………」
「その愚かさは留まらず、遂には敵性存在に抵抗する貴方達当時の軍人を批判し、その立場を貶め、恰も相手が会話に応じないのは未だに銃を手放さない連中の所為だと――貴方達を背中から撃つ真似さえ始めてしまった」
「……彼らの、平和を求める意思は本物だったと思います。本物だったからこそ、自分達と彼らの正義は、どうやっても相容れなかった」
哲人の言葉は、偽った日和見の姿勢ではなく、本心だった。本心であったが――確かな怒りもそこにあった。
この時、確認作業のようであった冷たい会話に、哲人の血が通い始めた。
共生派は、未来に非戦共存の芽を失う訳にはいかないという名目で、強い主張、力を持つ者が使節団に参加することは稀であった。
その結果、そういった人間に体良く踊らされた人々が希望を胸に使節団に入り、その護衛として軍人を引っ張り、彼らの命を懸けた失敗を他に擦り付けた。
その槍玉に挙げられたのは、哲人を含む他の軍人達である。
当時の人類の衰退、戦争激化に伴う軍人の割合に増加により、共生派の失策が指摘され力を失うまでに、植え付けられた無力感と憎悪は根深い。
哲人は当時を思い出して、絞り出すように言葉を告げる。
「ただ、彼らの思想を花畑と揶揄して溜飲を下げる人々もいましたが、そんなことは実際に失われる人命を前にしたら至極どうでも良いことだったのです。自分が許せないのはその一点、彼らは、自らの思想に巻き込まれて死ぬ人間がいるということを、最後まで想像しなかった――思想に囚われるばかりで、人命に責任を持たなかった」
哲人は、敵性存在の言葉に怒りを露わにしていた。
そして今は、それの手のひらの上で綺麗事に縋り、足元で踏み潰されんばかりの無力な人を見ようとしなった共生派に、同じ人類に対して、抱いてはならない激情を、思い出そうとしていた。
昔の衛守哲人が辿った道、それが。
「それが、『硝子の星屑』になった理由ですか」
「……はい」
正しい思想の名の下に、人類への拳を用いない暴力を肯定する連中に、抵抗する為の力を求めて、それを取り締まる側になった。
哲人のルーツ、これを知る人間は、今は亡き当時の戦友以外では両手で数えられる程しかいない。その指がもう一本、この場で折れることになった。
そうして共生派への認識を共有した白沢は、確認作業を終わりにして話を纏めに掛かる。
「……今回の貴方と敵との会話は、軽率に公にした場合、共生派に三度の台頭を許す材料になる可能性があります」
「心得ております」
「従って、これに関する話題を第一級機密情報扱いとし、以後口外無用を命じます。整備班にはこれより私の方から指示しますので、貴方は教官業務に励んで下さい」
「了解しました」
同じ秘密を抱えた白沢は、しかし毅然とした態度を崩さなかった。
重苦しいばかりの、哲人の過去からも逃げなかった。
それは責任ある立場としての、彼女なりの在り方なのだろう。
そんな上官へ向けた敬礼に、哲人は一つの決意を込めるのだった。
例えこの先に何が起きようとも。
彼女の、この基地の大事な宝もの、あの子どもたちから、目を逸らすことだけはするまいと。




