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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第二章 黒い孔を覗く者たち
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第十七話 変わり始める十月末




 ――少年は足音で目を覚ました。

 壁に寄り掛かっていた背中が軋み、鈍い痛みに小さく呻く。

 いつ寝てしまったのか、前日までの疲労が限界を超えたのだろうか。

 狭くはない筈の室内は、多くの人で溢れ返り湿った空気が溜まっている。

 その所為か汗の匂いとも違う、生乾きの臭いが鼻につく。

 プライベートも何もないこの空間で、左手に握った感触を確かめて心細さを忘れようと努める。


「ボウズ、目を覚ましたのか」


 隣から声を掛けられた。

 向くと歳は二、三十くらいだろうか、筋骨隆々の大柄な男が座っていた。

 無精髭に髪もぼさぼさで身嗜みこそ酷いものだが、それはこの部屋にいる大半の人間に当て嵌まるだろう。かくいう少年も、現在の自分を鏡で確認したくはない。

 それまでの日常が一変したこの状況で、今まで通りの健康で文化的な生活を送っている者は、今見渡せる範囲には居まい。

 土足で踏み荒らされ汚れた床、(よど)んだ空気の中で、しかし異質なものがある。

 隣の男の腕の中で眠る、小さな赤ん坊だ。


「……ああ、これは俺の息子だ。母ちゃんが仕事中でな」

「……ふぁ」

「とと、ほぅらたかし、まだ眠ってろ」


 男は、おくるみで包まれた赤ん坊の背中を軽く叩きながら、天井の照明が顔に当たらないように自分の体で包み込む。

 赤ん坊はそれ以上反応しなかった。小さな寝息が聞こえてくる。


「こんな状況でも寝付きはいいんだよなぁ。大物になるぜこいつは」

「…………」

「ボウズももう少しで飯にありつけるぜ。俺の母ちゃんも手伝っているんだが、寝過ごして逃したら可哀想だと思ってな」


 男は笑う。それは少年の警戒を解く為のものだったのか、それともただ純粋に食事を楽しみにしてのものだったのか。

 食事の話題に、少年の腹もいち早く反応した。

 思えば最後に物を口にしたのはいつだったのか。引っ張って走って抱えて逃げて、そんな事に気を回している余裕もなかった。


「……たべものは、どうすればもらえますか」

「おい、口の中怪我してないか、ていうか唇も萎んでいるな。まず水だ、ちょっと待ってろ」

「あの……」

「まぁ待て……俺の名前は洋二、大山洋二っていうんだ。ほれ水筒、蓋開けられるか」

「……さきに、ありさにあげてもいいですか」

「ありさ?」


 洋二と名乗った男が不思議そうな顔をする。

 ありさ、亜里沙とは少年の双子の姉だ。一緒に命からがらここまで逃げ延びた自分の半身でもある。

 自分より先に紹介しようと左手を持ち上げて――


 ようやくその手に収まっていたものが、小さなぬいぐるみだと分かった。


「……?」


 これは、姉が母から貰った人形だ。

 握る、何度握っても、柔らかな生地の感触で、人の手ではない。


「あれ……あれ」


 どうしてこれを姉の手だと間違えていたのだろうか。

 眠っている間に、姉は人形に化けてしまったのかも、思考力の低下した頭でそんなことを考える。


「おい、ボウズ」

「あの、ありさはぼくのあねで、その」


 玩具の人形を、この期に及んで姉と紹介しようとする。

 そんな少年を見る洋二の顔が、困惑から段々と――怯えた目へ。


「……その手」


 洋二は少年の左手に恐怖していた。

 少年は人形を改めて見ると。


 今度は間違えない、姉の千切れた右腕を、少年はしっかりと握っていた。






「やっと目を覚ましたのか、哲人」

「うん。おはよう」

「もうじき昼だぞ」


 ナイツライズを降りた衛守哲人は、相変わらずノートPCから目を離さない田村一徹を流し見ながら、水を一杯飲み干した。

 寝起きにはまずこれだ。起きたら水を口に入れる、これで寿命が幾らか伸びると、昔に何かで見知った記憶がある。

 もう少ししたら食堂にでも行こうかと考えていると、珍しく一徹が近付いて来た。


「なんだ、何か用でもあるのか?」

「昨日もずっと待っていたようだが、来なかったんだろ、例の人」


 哲人は黙った。

 回りくどく探りを入れられるよりは良いが、遠慮がないのも考えものだ。重めの話題に起きたばかりの頭で対応するのは辛いものがある。


「今月はまともに会えていないな。まぁ向こうも用事だってあるだろうさ」

「今まで月曜日は必ず訪れていたのにか」

「一徹、ここで回りくどくなるのは無しだぜ」

「新型超機獣との初戦で、話題に上ってからだろう」


 月乃間とは、あれ以来会えていない。

 彼女が最後に残した言葉と反する現状に、一徹は容赦なくメスを入れる。


「今までの月曜日の電子模擬戦な、僕とおやっさんがこそこそ動き回っていたのは知っているだろう」

「自分で言うのかい」

「例の人について色々と調べていたんだが、一つ、ずっとおかしなことがあるのを黙っていた」

「パイロット情報を秘匿できるのも利用者の権利だぞ。俺も時々使って腕試しするし」

「違うさ……電子模擬戦も散々覗き見したんだが、お前達の会話な、向こうの言葉が聞き取れないんだよ。全てノイズが掛かっていた」


 一徹は、通信デバイスに保存しておいた過去の模擬戦の音声データを再生する。

 哲人の言葉に対して続く、砂利が流れるような音。哲人の知る月乃間の声は、そこに一切残っていない。


「一人芝居とか、お前の頭がおかしくなったなんて言わない。お前は確かに誰かと話をして、戦っていた。でもその相手は、普通の人間じゃないんじゃないか」

「…………」

「ノイズが聞こえるタイミングで、お前の念波動が反応している。例の人はフェイスプットの念波通信と似た方法で、お前の脳内に直接言葉を投げていたと推測している」

「だとしたら月乃間さんは本来口で喋れない人なのかもな。念波通信を使わなければ俺とコミュニケーションが取れないような」

「よくある念波通信だったら、こんなノイズは発生しないんだよ」


 一徹は言い切って、窺うように哲人の顔を見る。

 男の表情は変わらなかった。お前の言葉は信じないとする頑固な否定や、恩人を人扱いしないことへの怒り、或いは悲しみといったものは、その顔に浮かんでいない。


「……お前さ、新型超機獣との戦いで名前を聞いてから、薄々勘付いていたんじゃないか」


 核心に迫る追求に、哲人はやっと――小さく笑った。


「違ったらいいなとは思っていたよ」






 哲人のナイツライズの整備を行う、富士大宮基地の格納庫。

 そこから更に下の地中に、ハガネマルの専用ハンガーがある。

 そこへ向かう昇降機に一人乗りながら、哲人は通信デバイスを触って調べ物をしていた。


「……そういや十月ももう終わりか」


 なんとなく呟いている間に、昇降機は止まり扉が開く。

 外には今日もハガネマルに目を輝かせる小中宗玄と暮石大和が、いなかった。

 代わりにいたのは白沢司令だ。その顔は最初から昇降機に、いや、哲人に向いている。


「白沢司令、どうかされましたか」

「衛守曹長、お話があります」


 白沢の言葉に哲人の中で緊張が走る。

 丁度一ヶ月前にも、彼女から辞令を受けて、訓練教官になったのを思い出したのだ。

 また凄いことを言い出すのではないかと、反射的に構えるのも仕方のない話である。

 そんな哲人の内心を見透かしたのか、白沢は今回は報告ですと前置きをして続けた。


「まず貴方の去就ですが、悪名と功績の兼ね合いで以降も様子を見ることになりました。つまり現状維持。気を抜かれては困りますが、教官職は継続です」


 『硝子の星屑』をはっきり悪名と言ったよこの人。

 歯に衣を着せない言葉にいっそ清々しい気持ちになりつつ、哲人は緩みそうな顔を押し殺す。

 教官を続けていい。

 拡張専用武装を持ち出した時に覚悟していた最悪の事態を免れたのだから、喜んでしまうのも仕方ない。

 月乃間のことで落ち込んでいた気持ちも、幾らか上がるというものだ。


「三週間前の新型超機獣撃破直後に出回った、未だに出処が不明瞭な貴方達の動画が、想像以上に世間に受け入れられているようです。我々の預かり知らぬ要素で得られた評価に複雑な気持ちもありますが、仕方がないでしょう」

「ですが自分の過去について、マスコミが追及を緩めることはないと思います。軍部を批判することで利益を得られる立番の方々には格好のネタですから」

「私もそう思って追放か遠征組最前線送りを提案してみたのですが」

「おいこら」


 流石につっこんだ。これは冗談でも言って良い言葉ではない。

 遠征組最前線は、哲人が昔に希望しつつも叶わなかった道であるのだが、世間一般では死刑と弾除けを兼ねた非人道的な人材処理の認識である。

 実態はそこまで酷いものではないと知っている哲人はともかくとして、一上司が部下に言い放とうものなら訴えて勝てる悪辣な台詞だ。

 可愛い教え子の上官でもある人物に、そんな無礼で足を引っ張られたくはない。

 しかし白沢は悪びれもせずに、冗談ですの一言で流してしまった。


「貴方の前でだけよ、こんなことを言うのは」

「本当にそうして下さい……公の場で言われたらこの基地はお終いです」

「話が脱線しましたが、ヤマト級のパイロットを導く教官のモデルケースとして、貴方は注目されています」

「うわぁ」


 思わず漏れる情けない声。哲人もおかしな扱いをされている所為か、こうやって白沢への対応が気安いものに変化していた。

 哲人本人もまずいのではと思いつつ、そうなるように誘導されている空気も感じ取っていたので、ひとまずこの流れに乗っていた。

 或いはこれが、辞令を受けた日に浦原朱花が語った、次世代の子どもたちに合わせた軍人のあり方だとでもいうのだろうか。

 ……などと多少現実逃避をしてみたが、モデルケースという言葉は、哲人にとってやはり荷が重い話である。


「貴方が実際にはどんな人物であれ、新型超機獣撃破に多大な貢献をしたのは事実です。この一ヶ月間も安定した連勝。十三番機もうちを真似て教官を付けましたし、他所から見た貴方は無視できない存在になっているようです」

「戦闘面では調子に乗って捕まって危うく死にかけたのにも注目してほしいですね」

「今更何を言っても逃げられないわ。それでね……」


 私にも理解できないけどと、自分の顔で前置きしながら白沢は告げた。


「他のヤマト級パイロットも貴方に興味を持ったようで、多くのアポイントメントを求められています」


 冷静になってよく見ろよ、その辺のおっさんだぞと、哲人は話したこともない若人たちに白沢と同じ気持ちを抱くのだった。





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