第十五話 七日目 その五
ナイツライズは大太刀を振り下ろした姿勢のまま、距離を取り振り返る。
超機獣は地に転がる背中の二本腕も、傷口から漏れ出る流体魄気もそのままに、ナイツライズを見つめていた。
「……姫……伴侶?」
大きな傷を負った敵を意に介さず、碧は敵の言葉を反芻した。
最後の言葉は明らかに哲人に向けたものである。
内容もこれまでの曖昧な意味合いに留まるものではなく、個人名を出してきた。
何よりの差は一旦攻撃を止めた事だ。ハガネマルに行った話しながら殴る行動とは毛色が違う。
「……どうして月乃間さんの名前を……」
”懐かしい古き騎士殿、姫は貴方を御所望です”
刀を握るナイツライズの腕がカタカタと震える。
哲人の念波動が背部のスラスタに集まり、光が激しく、分かり易く爆発の時を待つ。
「――答え、やがれぇ!」
言葉と共に、一直線の正面突きが放たれた。
高速でこそあるが、これまでの技巧の冴えを忘れた単純な点の攻撃。
「きょ……!」
嫌な予感に駆られて漏れた、碧の言葉が形になる前に。
超機獣は待ち望んだ哲人の隙へと噛み付いた。
哲人の加速に合わせた、胸部僵尸装甲の射出。
内側の流体魄気を押し出すことで、身体の装甲板を射撃武器にしたのだ。
肉を切らせてのこの攻撃は、戦場で初めてのお披露目になる奇策の一手である。
超機獣とウォーキャリアの残酷な性能差がこれに合わさった時、奇策はそのまま致命の一撃として、無防備に突貫した間抜けな羽虫を迎撃した。
――容赦のない激突音が森を震わせる。
超機獣は勝利を確信し――守りを失った胸を見た。
羽虫の刃が突き立てられていた。
「人を騙すのは気持ち良かったかよ」
”――我等は、貴方に”
「俺は良かったよ、間抜けめ」
薄い刃物の一撃は残念ながら必殺にこそ至らなかったが、ウォーキャリアの繰り出した一撃としては上出来だろう。
すかさず両側から迫る腕を下に掻い潜り、ナイツライズは超機獣の胸部より脱出する。
そのまま地面に落ちた胸部僵尸装甲から、敵に勝利を錯覚させる為に投げつけた地鞘を回収した。
「何かをしてくるのは分かっていたが、こっちも盾にするか投擲かは最後まで悩みどころだったな」
敵の虚言を逆手に取った騙し討ちも上手くいき、これまでの溜飲も下がった。
流れは依然こちらにある、決め時だ。そう思いハガネマルを見ると。
傀機獣を相手にしていた筈の巨人が、超機獣の間近に迫っていた。
「教官っ……!」
「みどり――?」
巨体を揺らして詰め寄るハガネマル――その背から、自由になった傀機獣の群れが飛び出した。
背を向けていたハガネマルには目もくれず、小回りの利く集団は超機獣の壁も抜けて、ナイツライズへとなだれ込む。
超機獣はハガネマルに向くと、苛烈な突進を自身の体で防ぎ止めた。
邪魔をするなと言わんばかりに。哲人と碧の対戦相手が入れ替わる。
「ッ!」
哲人は対処に必要な手数を求めて、大太刀の柄を仕舞い太刀と小太刀の二刀を構えた。
如何に奇襲と言えど、哲人の刃圏の内で傀機獣が容易に勝る道理はない。
迎え撃つ剣の舞踏であっという間に数体が沈む、その最中に。
超機獣の背中の傷から、流体魄気の激流が意図的に吹き出し、群がる傀機獣諸共ナイツライズを取り込んだ。
「――衛守さん!?」
その蛮行を抑え込もうとハガネマルの力が増す。
お互いの腕を掴み合い、押し引きの攻防が始まった。しかし超機獣は退かない。
「どうか返事を! 衛守さん、衛守、教官……っ!?」
叫ぶ碧に応えたのは――超機獣だった。
背中より猛り迸る流体魄気が空中に持ち上がると、一瞬で凝縮、再び腕の形を成す。
深海を思わせる青と黒の入り混じった巨腕の指は、ナイツライズを握っていた。
「駄目だ碧、躊躇うな!」
捕獲した人形を見せつけるようにハガネマルの顔へと寄せる。
それを人質と理解した碧から力が失われ、たちまち巨神は木偶へと果てる。
超機獣は力の限りにウドの大木を放り投げた。
長い放物線を描いて地面に激突するハガネマルへの衝撃が、碧の無力感と雄二たちの無気力で弱った人機間念・波動接合を貫通して、四人の子どもたちに浴びせられる。
なけなしの念波動による軽減、生躰変の肉体強化がなければ、その衝撃は並の人間を即死させうるものだ。
背中からの衝撃に碧の呼吸が一瞬止まり、その後激しく咳き込んだ。
「えっ、えほっ、ごほっ……」
息を整え上体を起こし、超機獣を睨みつける。
最後の傀機獣たちは、ナイツライズの捕獲に巻き込まれて潰えた、だが。
ゆっくりと近付いてくる敵は、盾でも構えるようにナイツライズを眼前にぶら下げている。
優勢は逆転したと、はっきり知らしめるやり方で。
「……碧、俺ごと、やれるか?」
「ごめんなさい……教官、ごめんなさい……」
「いや、すまん、酷い無茶を言ったな」
「違う……! 私の間違いでこんな事になってしまって……!」
超機獣の言葉に、教官は動揺したと、騙されたと思った。
感情的な愚策の一手で、その身を危険に晒したと思った。
助けなければいけないと、身体が勝手に飛び出していた。
そうして傀機獣の自由を許し、超機獣との連携攻撃で教官を奪われた。
敵の言葉に耳を傾けるなと教えた人が、それを実践できるものかと疑問を抱いてしまった。
「信じられなくて……背中を預けたことも忘れて、後ろをっ、向いてぇ」
「演技に熱が入り過ぎてたよな……この期に及んでまだ俺を騙そうとするもんだから、頭にきて意趣返し企んじまったんだ」
「どうしよう、私のっ、づっ、ぜいで……っ!」
「味方まで騙しちまった罰さ。泣くなよ碧、さっきまでの格好良さが台無しだぜ」
碧には想像がつく。哲人が残す最後の手が。
人質は、生きているからこそ価値がある。
彼はその価値を自ら潰すだろう。それを目の当たりにした自分たちが、最後の気力を削がれる可能性を予見しながらも、このまま嬲り殺される道だけは選ぶまいと。
この場を切り抜けさせる為に、敵に怒りを燃やすよう誘導して、私たちを遺して一人で逝く。そんな未来が見えてしまう。
「ここまでお前は頑張った、想像以上だ。この一週間、お前も巻き込んでおけばもっと楽しかっただろうに、勿体ないことをしたよなぁ本当に」
「……っ……!」
「こんなに頑張ったんだ、これ以上は背負わなくて良い、そうは思わないか、精太」
哲人の声色が変わった。
遺言を語るような儚さが失せて、切り込んでいく鋭さを得る。その切っ先には、口を閉じて久しい少年が居た。
「碧が、女の子が泣いている、どうにかしたいんだ、お前もそう思うだろう」
「…………」
「でも俺はこの通りだ、情けない話さ。精太、お前だけだぜ、今をどうにかできるのは」
哲人の語気は強く、眠る人間を叩き起こさんばかりの力強さを含む。
そこにこれから死を選ぶ人の繊細さはない。哲人と精太の関係は、人質が、より死に近い者が励ますという不思議な状況に陥った。
「ここで立ち上がったら、見得を切らずとも小粋だろうよ、痺れるだろうよ。更に逆転しようものなら、ここまで動けなかった恥ずかしさだって挽回して余りある。俺もメロメロ、花丸印の大金星さ」
しかし哲人の明るさに、傍から聞く碧でさえ思う。彼は死ぬ気などないのではないかと。
今も新たな英雄を待ち望む詩人の如く、この冷えた戦場で熱心に希望を謳い上げる。
あまりにも都合の良い勇者の登場を、赤城精太に期待している。
そこに絶望は見えない。敵の手の中で、哲人は彼しか見えていないかのように。
「だから頼む、喋る敵への戸惑いも呑み込んで、俺の願いを聞いてくれ」
この場でたった一人、少年の再起を待っている。
「碧を、俺を、助けてくれ」
まだ精太は負けていないと、心の底から信じている――
「――うおおおおおおおっ!!!」
果たして吐き出された十二歳の雄叫びは声高く、その若い命を燃やすかのように。
跳ねるように飛び出したハガネマルは、超機獣の背中から生える巨大な腕に組み付いた。
人質救出を目的とするのは明らかな動きに、相手も迎撃に応じる。
腕を絡みついた巨人ごと、地面に思いっきり叩きつけた。
超機獣の足元にあった倒木や土が空を舞い、大きな穴が出来上がる。
それでもハガネマルは離さないまま、流体魄気の巨大な指からナイツライズを解放しようと外しに掛かる。
だが敵も分かっているのだ。この人質こそ自身の生命線であると。
残りの力を青の巨腕に注いで、ハガネマルを引き剥がさんと振り回す。
チームハガネ号の念波動も底が見えた。後は徐々に力を削ぐだけで勝敗は決すると。
「ぐうううう!」
「いっつう……せ、精太、このままだとまずいって、されるがままだよ!」
操縦士の交代、幼馴染の目覚めに呼応したのか、奏の顔にも生気が戻った。
それを見て精太も小さく笑った。滑るように口が動く。
「オレにいい考えがある……!」
この状況で、精太の頭をよぎるのは模擬戦の一幕。
泉の如く攻撃手段が湧いたあの時、自分が使った一つの技へと辿り着く。
あれを再現すれば、この姿勢からでも……!
「名付けて――念波、刺影槍だぁ!」
敵と密接した状態で、肘を上げて、打ち付ける。
一見ただそれだけの動作で、肘の先から放たれた念波動の閃光が流体魄気の腕を貫いた。
超機獣も理解が追いつかない。殴る姿勢をとったのなら警戒もできたが、あの体勢からこれだけ一点に集中した念波動の強打を貰うことになろうとは。
歪に膨れた指先が力を失う、その瞬間を狙いナイツライズを奪い取った。
「兄ちゃん!」
「最高だ、こっちもすぐに動けるぜ!」
敵側としては、パイロットの命さえあれば良かった筈だ。
全く動けない力で拘束されていたのなら、ナイツライズの四肢は無残な状態であるのが必然であるが、哲人は指の間で三つの鞘を組み、押し潰されないぎりぎりの隙間を確保していた。
ヤマト級を破壊可能な攻撃力に鞘が耐えられるかは賭けであったが、背中の腕は一度切り落とされた時に僵尸装甲を失い指の硬度を維持できず、度重なる流体魄気の流出により有する力も目減りしつつあったが故の、鞘の勝利だった。
ここまでのハガネマルとナイツライズの奮闘もまた、決して無駄ではなかったのだ。
「続け精太、それで派手に決めちまえ!」
もう後がないと悟ったのだろう、無闇矢鱈に暴れまわる超機獣。
その背後へ回るのは哲人には容易く、装甲の剥がれた丸裸な背中に大太刀の斬撃が入る。
ぱっくりと開かれた流体魄気の内側、そこへ遅れて回り込んだ精太が、渾身の念波動
を込めて引き手を引いた。
「嘘つき怪獣め――終わりだぁぁぁっ!」
回る足首から腰を切り、胸部、背筋、肩、腕、手首を通して加速する拳。
放たれた突き手が大太刀の傷に差し込まれて、宿る念波動が流体魄気を焼き尽くす。
今日の戦い、そこで生じた様々な思いを込めた一撃。
過剰に溢れ出た力の奔流は、最早手負いの獣に収まるものではない。
新型超機獣との戦いは、耐えられなかった超機獣の爆散で幕を閉じたのだった。




