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騎動兵戦記ハガネが通る!  作者: 隙丸史上
第一章 すべてが始まる七日間
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第十六話 七日目の名残




「――空間断層分界、減衰へ! パイロットたちの生体反応を確認、超機獣の反応……ありません!」

「いよっしゃぁぁ!」


 遠野レナの報告に白沢司令はガッツポーズを決める。

 その顔はできたばかりの引っかき傷まみれであるが、痛々しさを感じさせない満面の笑みだ。

 大山裕子と浦原朱花も屈んだ姿勢のまま片手同士でハイタッチをする。二人の下では四法印茉莉花が床に押さえつけられていた。


「きゅぅ~……」

「この子はもう、こっちの苦労も知らないで可愛く目を回しちゃってさぁ」

「大山さんがいてくれて良かったです。私一人では四法印さんの念力(PK)を防ぐので精一杯でした」

「そう言うなら朱花がいなきゃ全滅だったよ。こんな荒事もう懲り懲りだね」


 作戦行動中、突然敵性存在(インベーダー)に意識を乗っ取られた茉莉花の暴走した超能力により、発令所は崩壊の危機に見舞われた。

 白沢の身を挺した突撃と朱花の力で抵抗する間に、裕子の念波動が茉莉花の丹田を回転軸に空中大車輪を決めてKOしたのである。


「四法印准尉の超能力は念波障害への対抗策だったんだけどね。まさか敵のメッセンジャーにされるなんて」

「目を覚ましたら戻ってくれてるといいんだけど」

「戻らなかったらどうなるかは考えたくないわね、措置入院もありえるし……無事でも暫くは思想テスト漬けでしょうけど」

「そう心配しなくても、暴れてた時にくっついてた気持ちの悪い念波動も消えたし、きっと大丈夫さ」


 それより早く人手が欲しいねぇと、裕子は念力で歪み開かない扉を見た。

 外側では職員が数人掛かりで開通するべく手動での取り外しに励んでいる。

 それこそ格納庫で待機中の整備班でも呼んだ方が早く済むだろうが、白沢は破壊の爪痕が残る室内を見回して重く息を吐いた。

 僅かな計器が回るだけのほぼ機能しない発令所。修繕よりも建て直した方が早いのかもしれない。

 内側からの攻撃でここまで被害を被るとは至急対策が必要だ。案外ザントウ号の所も同じような手段でやられたのではなかろうか。

 それから茉莉花の口を通して出た敵の言葉も、十五年戦争で記録されているものと同じ戯言と片付けるには早計だと感じる内容だった。

 これらの情報と今回の超機獣の分析、立場あるものの性か頭を悩ませる白沢に、リナの明るい言葉が響く。


「衛守曹長より連絡文書を受信したので読み上げます。『教え子を引率して帰還します』だそうです」

「亜空間転移ゲートの操作は難しそうだから、自力で帰って来て貰うしかないね」

「気分的には、あの子たちの為に凱旋式でも開いてあげたいのだけれど」


 ともあれ新型超機獣をこの基地が保有する戦力だけで撃破したのだ。

 子どもたちはあの歳で負うには重過ぎる責任をしっかりと果たした。この戦果を糧に、後片付けと次への準備は十全に行わなければならない。

 前向きに考えよう、勇者たちが支えてくれたこの基地の立場は決して悪いものではない。この功績を用いてふんだんに予算を分捕ってやると、白沢は固く心に誓った。


「……にしても文書って、フェイスプット上の口頭でいいでしょうに」

「哲人も昔の癖か知らないけど変な所で古臭いんだよ。まぁ今回は、顔も口も頑張ったあの子らの労いに使い切るつもりなんでしょう」


 あたしもみんなが帰ってくる前にカレー作りたいねぇ。そんな裕子の呟きに返事をしたのは白沢のお腹の音だった。

 リナが小さく笑う。人知れず起きていた、富士大宮基地発令所の大騒動もこれにて終幕となった。






「ハガネマル、勝ったってよ」


 病院の待合室で通信デバイスを触りながら、市原雅之は呟いた。

 漫画を読んでいた真中あずきは、誌面の上から複雑そうな顔を青年に向ける。


「……うちの風当たり強くなっちゃうじゃん」

「しょうがねぇだろ。初戦ということで勘弁願おうや」

「ザントウ号と同じ扱いとか肩身狭いよぉ、第二世代の面汚しとか金食い虫ならぬ金食い鳥とか、マスコミに好き勝手言われるんだぁ」

「聞き流せ。ヤマト級活用論自体が否定されて路頭に迷うよりましだ」

「ヤマト級が面目を保ってもミシマミゾクヒが要らない子になったら同じじゃんか!」

「……次の仕事、探しておくべきかなぁ」


 あずきのマイナス思考に感化されたのか、元より顔色の悪い雅之の表情もより影を落とす。


「まぁとわっち的には良かった、のかな。パイロットも無事なんでしょ?」

「らしいな……ってこれ、お前のデバイスからも見れるぞ」

「いいよもう。ディヴァステラの勝利報告でお腹いっぱい」


 ミシマミゾクヒのパイロット三人は、怪我らしい怪我こそなかったものの、大事を取って検査入院をすることになった。

 ロボットの損傷に比べてパイロットに傷がないのは人機間念・波動接合(アルコンユナイト)のパイロット保護と念波動増幅効果が働いていたからだが、それは裏を返せば、チームハガネ号が受けた精神的な揺さぶりが彼らにはなかった為である。

 これはあの戦いで彼らが採った戦術の成果でもあったのだが、そんなことは知らない二人は自分たちの薄弱さばかりに目が行き気が沈んでいた。


「ザントウ号にも恩を売って、何がしたいんだろうねディヴァステラって」

「上層部からしたら発言力を高めたいんだろう。実際にあれを抱えてる基地の司令は若いのに会議でもイニシアチブを取っているらしいし」

「うちの基地にも顔出してた人でしょ、思兼さん、若かったよね」

「前任の司令が飛ばされた時あったろ、あれでミシマミゾクヒの指揮も兼任するって噂もあったんだぜ」

「あずきたちの上司になる可能性もあったの!?」


 ディヴァステラの前座とかやだよぉと、漫画を放り投げてソファの上で暴れる。

 雅之としてもそんな立つ瀬がない状況はまっぴら御免だ。

 ハガネマルとザントウ号の担当地域への同時襲撃は、ザントウ号の敗北でミシマミゾクヒと同じ仲間が増えた結果になったが、ハガネマルの勝利も合わせるとヤマト級間の評価が変わるのは避けられないだろう。

 あずきをたしなめた言葉通り、ヤマト級廃止論を出されても困るが、自分たちだけが割を食うのは避けたいのも正直な心情だった。


「……手っ取り早く強くなりてぇな。自分たちの価値を示すことができれば、こんな立場の変化に一喜一憂することもなくなるのに」

「マッキーそれ悪堕ちフラグ……でも、そうだね」


 溜息一つ、十六歳の少女は白い天井を見上げて呟く。


「自分の価値って、自分だけが知っていても不安になるよね。こうやって自信が揺らぐと価値観も信じられなくなる。他人に認めて欲しくなっちゃう」


 二人の子どもは思い悩む。

 学び、吸収し、成長するというのは、影響を受けて定まらない、不安定だということでもある。

 敵に、世間に、身近に恐怖して、自分の目にも疑問を抱きながらおっかなびっくり生きていく。そんな自分に気付くと、そんな生き方に疲れると、つい思ってしまうのだ。


「一人でもいい。司令とか、先生とか……自信のある人の後についていきたい、頼りたい、間違ってないって言って欲しくなる」


 或いはそれこそが、子どもなりの大人を利用した生き方なのだろうか。

 敗北知らずの順風満帆だった頃は、気にも留めなかった人材。

 負けて初めて必要性を考える、自分たち子どもを導く存在。

 ならハガネマルの教官はどんな人なのだろうと、二人は心の片隅でふと考えるのだった。






「……ハガネマルが勝ちましたか」

「みたいね。ふん、白沢のやつも中々骨のある子を見つけたみたいじゃないの」


 フェイスプット上で、少女と大人の女性が話をしている。

 年端も行かない少女はハガネマルの簡易戦闘概報を流し見しながら、足元に見える超機獣の残骸を観察していた。

 僵尸装甲(きょうしそうこう)流体魄気(りゅうたいはっけ)の塊は、やがて共に黒く変色、そのまま泥水のように形を失うと、土と瓦礫の中へ溶けて消えていく。

 その瓦礫を一つ、ヤマト級の大きな指で掴むと、両面をじっくりと見つめた。


「やはりミシマミゾクヒの相手と同じ、過去の超機獣とも変わりませんね」

「それ、一応検査しとく?」

「はい、持って帰るのでお願いします」

「任せて! お願いなんてしなくても獅童さんの頼みなら全部聞いちゃうんだから!」


 テンションの高い――鼻息さえ聞こえてきそうな女性の言葉を聞き流して、少女は戦闘概報から単語を拾う。


「ウォーキャリアの同時出撃、やっぱりこれのせいなのかな」

「ああ、白沢苦肉の策の教官付き……へ、これのせいって、こいつまさか敵性存在の手先なの!?」

「わたし、どうして思兼さんが司令をやれるのか疑問に思うことがあります」

「どんな時でも人の発言の先を読む、読めなくても読む努力を怠るな。ママから教わった教訓なのよ」

「ママさん、今の思兼さんを目指して欲しくて言ったんじゃないと思いますけど」


 戦闘概報とは別のデータを開き、ウォーキャリアの情報を確認する。

 それを見る女性は渋い顔だ。あんまり言いたくないけれどと、少女に対して説明する。


「そいつね、昔対人部隊に所属していた曰く付きなのよ。今回の戦闘で目印になる拡張専用武装(スミスウェポン)まで持ち出したから、見るのはこれっきりになるかもね」

「へぇ、でもこれっきりとは?」

「ヤマト級のパイロットってアイドル的な側面があるからね、そういうのに近付けるのは不適切な人材というか、マスコミの吊るし上げには格好の的なのよ」

「クビになるんですか?」

「そんな追放ものの小説みたいな展開にはならないわよ。汚れ仕事を請け負って稼いだ貢献度は高いから、ほとぼりが冷めるまで身を隠して、悪くても僻地行きじゃないかな」

「勿体ない。ハガネマルが勝てたのは多分この人が関わったからですよ」


 多分と言いつつも、女性は少女の言葉が確信を以ったものだと感じ取る。

 しかしウォーキャリア一機で? 少女を疑いたくはないが、現実感がない内容だった。


「そんなに強いのこの人?」

「強いかどうかではなくて、ハガネマルだけでは絶対に勝てませんでしたから」

「……逆説的な話なのね」


 女性はそう返すものの、問題はそこではなかった。

 ハガネマル一機では勝利できなかった。少女の残酷な断言は、超人が見る世界から辿り着いた答えなのだろう。たとえハガネマルの対戦相手を一切知らない人物から出た言葉であっても。

 だからそれ以上の反論はせず、黙って受け入れる。

 過去からこういう話になると、少女の最終的な正しさは絶対だ。その見解が間違っていた試しはないのだから。


「ザントウ号を助けたら向かうつもりでしたけど、予定が狂ってしまいました」

「苦労をかけてごめんなさいね、他のヤマト級も不甲斐ないったらもう」

「救援活動は構いません。それよりもこのウォーキャリアの情報がもっと欲しいです。不確定要素が強くて、知らないのは少し不安になります」

「ああ、ちょっと待ってね……あれ?」


 女性が首を傾げる。少し間を置いて少女も続いた。

 通信デバイスに差出人不明の動画データが送られてきたのだ。

 そのタイトルには、本日のハガネマルの戦闘後と書かれている。


「――は? もしかして白沢、すっぱ抜かれたの!? ……ウィルスの類じゃないみたいね」

「動画サイトに載せるのでもなく、個人宛に送りつけて……?」


 悪戯目的の可能性もあるが、彼女たちの通信デバイスの宛先を知る人物は限られている。

 その上で差出人不明と表示されるのは、本来ありえないことなのだ。

 獅童と呼ばれた少女は、この不思議な来訪物に何故か興味を引かれた。

 訝る女性を尻目に、動画を再生する――






「兄ちゃん!」

「教官!」


 ――少年と少女が走っていた。

 辺りは更地、画面の端にはロボットの足、遠くには森と富士の山が映る。

 二人が向かう先には、大きな男が一人。

 少年と少女が同時に跳ぶと、念波動の力だろうか、凄まじい飛距離で一気にお互いの間を詰めた。

 男は二人をそれぞれ片腕で受け止めると、その場でぐるりと一回転する。


「あっぶねぇ! 倒れるかと思った!」

「やったやった、オレたち勝ったんだ!」

「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ」

「おう勝ったなぁ、碧ももう謝るなよ、俺だって悪いところいっぱいあったんだからお互い様にしとこうぜ」

「だってぇ、教官死んじゃうがもっでぇぇ」

「死ななかったからオーライだよ、ほら、鼻ちーんしな」


 一旦腕を離してハンカチを少女の顔に被せる。

 その間も少年は男の片腕を掴んだまま離さない。

 男が腕を持ち上げると、遊園地のアトラクションでも愉しむように声を出す。


「兄ちゃんやっぱり力すげぇのな、念波動ちっともないのに!」

「筋肉は時に念波動さえ凌駕するからな、じゃなくて、碧もこいつの前向きなところを見習った方がいいぞ。さっきまであんなに落ち込んでたのが嘘みたいだ」

「落ち込んでたんじゃないし。ちょっと何をしたらいいのか分からなくなっただけだし!」


 抗議の声を上げながらも少年は笑顔を崩さない。

 くっつき虫になったそれにどうしたものかと思案していると、隣で顔を拭いていた少女が、借りたハンカチを仕舞いその場で両腕を広げた。

 まさか、と硬直する男に対して、ん、と呟く。

 そう、それは初めての電子模擬戦を終えた少年と同じように。


「いや駄目だろ、女の子にそれは駄目だから、なし」

「なー、オレだけだもんな、兄ちゃんにそれやっていいのー」

「精太も兄ちゃんって……ああもう突っ込むまい」

「んっ、んっ、ん゛っ!」

「っておい泣くなって! これ後で冷静になったら絶対恥ずかしいやつだぞ!」

「ん゛っ!!」

「ほう、いいから社会的に死ねと仰る――抱きつかないで! 俺が悪かった!」

「碧ずるい、胸借りるのはずるい!」

「よがっだよぉ、ほんと……よかった」


 胸に顔を埋めながら、少女は安堵の吐息を漏らす。

 男は――遂に観念したのか、二人の頭を両腕で包んだ。


「また聞くけど、身体、痛い所はないか」

「大丈夫だって、途中で背中から落ちた時はびっくりしたけど」

「私たち……強いです、から」

「そうか」


 笑う少年、微笑む少女、それぞれの無事を大仰に喜び合う姿は、相応の難事を越え大業を成したがゆえの光景なのだろう。

 だがそんな二人を捕まえて離さない男は静かだった。

 彼の心が噛み締めていたものは、もっと個人的な感情だったのだろう。

 築いた功績はもう眼中になく、その腕にある感触を確かめるだけの。

 家に帰った父が、愛しい子どもたちを抱き締めるように。




「本当に……無事で良かった」





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