第十四話 七日目 その四
”こんにちは――こんにちは――うつくしい、たまご、卵たちよ――”
知らない声が、空から落ちてきた。
後に当事者はそう語る、赤城精太たちのファーストコンタクト。
謎の声は聞き届けた側の当惑を無視して、ただ一方的に言葉を放つ。
”聞こえますか――我等は、渡り鳥の遺産を中継して、話します”
「え……人の声って、人なのか、お前らは!?」
”分かります――赤城精太、我等はあなたを愛します”
そう言い切るのと、無防備なハガネマルが超機獣の新たな腕に殴り飛ばされるのは同じタイミングだった。
富士の麓に広がる森が、倒れた巨体に潰される。
”あなた方に語りかける正体です――我等の名は、流転六合――”
「なんだ……なんなんだよ、これは」
ハガネマルは、起き上がらない。
あれだけ戦意に満ちていたパイロットの気配が、その沈んだ所作からは窺えない。
萎えている。その事実が、少年たちの受けた衝撃を物語る。
それは当然、殴打のダメージが原因ではない。
”この星に産まれた卵たちよ――我等と話を続けましょう”
「せ、精太ぁ……」
縋るような奏の言葉に、精太は何も応えられない。
物言わぬ怪物が、理解できる言葉で語り掛けてくる。
喋っている。
誰からも聞いていない、教えられていない、人を襲う化け物が。人の言語を使えるなんて。
「人間なのかよ、化け物なのかよ……!?」
”我等はあなたに、興味があるのです”
地に伏したハガネマルを見下ろし、超機獣は四本の腕を振り上げた。
更なる追撃を、しかしナイツライズは許さない。
急降下からの加速を乗せた切り下ろしが、背中の腕を一本、深々と切り裂いた。
両断にこそ至らなかったが、傷からは制御を失った流体魄気が勢い良く吹き出し、超機獣の姿勢を崩す。
その結果、ハガネマルへと向かう筈だった拳はいずれも空を切った。
手傷を負い距離を取る超機獣の隙を突いて、ナイツライズがハガネマルに寄り添う。
哲人のフェイスプットが、精太たちの眼前に開かれた。
「よし通じるな。いきなり通信切れたから何をされたのかと思ったぜ」
「教官……」
「気をしっかり持て! ハガネマルが念波動で動いている以上、念波動が乱れたら何もできなくなるぞ!」
哲人から見た四人の顔は、程度の差こそあれど皆一様に当惑している。
特に酷いと分かるのは奏と雄二だ。
……操縦士の二人ではなくてまだましか。頭の片隅でそう考える自分が嫌になる。
「お前らの念波動が弱りすぎて、念波通信もここまで近付かないと機能しないんだ。俺もずっとティンカーベルはやれねぇぞ、気合い入れて立ち上がれ!」
「き、聞いてなかったの、あいつら喋ってきたのよ!?」
「聞こえてたに決まってるだろ」
「教官、敵性存在が話し掛けてきたというのは、つまりコミュニケーションが取れると」
「話しながら殴ってくるコミュニケーションがあるか! あれに戦意を削ぐ目的以上の意味はない!」
暴力の風通しを良くする為の言霊だ。哲人はそう吐き捨てる。
哲人も、奴等の声を聞いたのは十数年振りだった。
当時の記憶、そしてそれが招いた展開を思い返せば今も腸が煮え返る。
「意思疎通は不可能だって、教科書にも載ってることだろう。パフォーマンスに惑わされるな、騙されて痛い目を見るのは、純真なやつだけじゃ済まないんだよ」
「ほんとうに、本当に、そうなんですか?」
「悪いが時間がない。俺かお前らの誰かの命で、真実を証明するつもりはない」
議論をしている暇はない。取り返しがつかなくなる前に行動しろ。
暗にそう言われて雄二と奏は口を噤む。
するとここまで黙っていた碧が、哲人と視線を合わせた。
「教官、私が動かします、許可を下さい」
滲み出る不安、それを精一杯に押し殺しての力強い進言。
正操縦士になることを、想像もしたくないと語った少女が、はっきりと口にした。
「……やれるのか、碧」
「はい、私はここで死にたくありません」
その間にも超機獣は流体魄気の噴出を止めて傷痕の表面を固形化、千切れかかった背中の片腕を修復する。
その巨体がこちらに向き直ると同時に、空を旋回していた傀機獣も急降下を開始した。
超機獣のピンチに割り込んで来ないのが不思議だったが、相手も機会を窺っていたらしい。
数に勝る連携攻撃でハガネマルとナイツライズを仕留める算段のようだ。
「分かった、背中を預かる!」
「はい、背中を預けます!」
ハガネマルの眼光が、赤から緑へと変わる。
起き上がろうとするハガネマルに、この機を逃すまいと超機獣と傀機獣が迫り、
”我等の興味は尽きません”
「しばらく相手をしてくれよ……!」
ナイツライズは超機獣へと突っ込んだ。
念波推進スラスタの妙技が冴えるバレルロールにて、蝿を捉えようと突き出された腕を潜り抜けて肩口から背後に回る。
敵は先程の傷から何も学んでいないらしい。
哲人は愚かな生徒を打つ教鞭の如く、その刃をもう一度背中の腕に見舞った。
「ウォーキャリアが超機獣に連続して大打撃なんて嘘みたいだ、戦友に自慢できるぜこれは」
再び漏れ出す流体魄気に藻掻く怪物を、残心しつつ注視する。
――超機獣が突如生やした背中の腕は、本来の腕よりも一回り二回り大きく、その見た目は正に豪腕の名に相応しいものだった。
ハガネマルを吹き飛ばした点から攻撃力も申し分なく、窮地の付け焼き刃と笑うには抵抗がある恐ろしい変身である。
だが、体を守る僵尸装甲の面積は初期状態から増えていない。
これが意味するところは、背中の腕は主に流体魄気で構成されており、僵尸装甲が守るのは最初に背中から突き出た部分、腕の先端の極一部のみという事実である。
刃を阻む装甲さえ無ければ、ヤマト級には及ばない力であっても、この通り敵も無視できない攻撃を繰り出せる。
こうなればあの大きな腕は、防御力の低い弱点を露出させているのと同じだ。
(新型だろうと変わらない、研究した対超機獣戦術は有効だ!)
新型超機獣。ヤマト級に通じる攻撃力の上昇は、しかしウォーキャリアを相手とした場合、有効な強化とは言えない。
何故なら、当たれば死ぬ、その不文律は強化前も後も変わらないからである。
渡り合うには回避が大前提ならば、ウォーキャリア側からすれば、前後に違いは一つもないのだから。
その理屈を下地に、哲人は絶え間ない回避と背中の二本腕への攻撃を続ける。
そして傀機獣の相手を引き受けた、須崎碧の方は――
「――ふっ!」
野性味溢れた精太のアクションに比べると、碧のそれは一見地味と思われるかもしれない。
肘を広げずに閉めて、動きはコンパクトに、体の中心から突き出すように伸びる拳。
その延長線に居た傀機獣が、銃に撃たれた鳥さながらに撃墜される。
堕ちた傀機獣と並んで飛んでいた連中が、これ以上狙われまいと散開する――
しかしハガネマルは、まるで明後日の方向に膝を持ち上げつま先を振るい、その先に居た別の傀機獣を爆散させた。
拳と脚、それが攻撃に転じた時に生じる不可視の槍で、獲物を的確に仕留める。
「……超機獣相手では牽制にもならない念動力ですが、面白いくらいに倒せますね」
ふふと、後ろ暗い笑みさえ浮かべて、圧倒的な力の差を実感する少女。
武術の心得があることを差し引いても、碧が精太に勝る一点に当て勘がある。
狙いに攻撃を当てる能力、これは一概にスピードだけで決まるものではない。
模擬戦で哲人が悉く精太の攻撃を回避した、狙う先の意を読み捌く技術。
転じて意を相手に悟らせず、相手の行動を予測し未来の敵の位置に攻撃を置くことに、当て勘の真髄はある。
仮に哲人と模擬戦をしたのが彼女だったのなら、強力な念波動と驚異の命中精度を武器に、精太ほどの一方的な試合展開とはならなかっただろう。
「沈肩垂肘、身体中正を忘れずに……深見先生、見ていて下さい」
冷静な目で見れば、今の傀機獣達が哲人に殺到したがっているのは瞭然だ。
それができないのは、近くにいる超機獣との同士討ちを避ける為と、ハガネマルの攻撃を警戒しているからだろう。
傀機獣からハガネマルへの攻撃は殆どない。今や碧もそれを確信している。
理解したからだ。この数を武器とする獣の群れは、哲人が揮う研がれた刀を持ち得ないと。
ヤマト級の防御力は健在であり、傀機獣如きでは突破できない。
気付けばその傀機獣も、碧の奮闘により残り半数を切っていた。
「教官! 傀機獣を片付けたら挟撃ですね!」
「ああ、まったく、実戦で初めてヤマト級を操るやつの動きじゃねぇな!」
「私もちょっと面白くなってきました、暴力を奮ってこれは後ろめたいです!」
「おいおい俺の為に誇ってくれよ、背中を守る勝利の女神だぜお前は!」
戦闘中にする行為ではないが、碧は恥ずかしがって目を逸らした。
教官の称賛を素直に受け取ってしまうのは、この極限状態ゆえだろうか。
常勝を約束されていたこれまでの戦いとは一線を画す状況に、自分の生存本能が嘘を許さないと訴えている。
自身を偽る余裕がない、余力があるなら難敵相手に注ぎ込めと。
そして残ったものが、弱者を屠る立場に快感を覚えて、年上の言葉を真に受ける子どもの自分だ。
死にたくないという言葉は、嘘じゃない。
もっと色々なことをしたかったと、心が叫んでいた。
須崎碧は自分で思っていたよりも、自身の境遇に絶望していなかったのだ。
なによりその気持ちに気付けたことが、この期に及んでこんなにも喜びと感じる。
嬉しい、世界が、輝いて見える。
「精太ぁ! 碧は凄いよなぁ、俺は全然知らなかった! 今日のことでずっと興味が湧いたぞ、もっと関わっておけば良かったって後悔してる!」
「きょ、教官……!」
「見ろよ精太、敵もあの饒舌が嘘のようにだんまりだ。薄っぺらな虚言並べて煙に巻くだけの奴なんてあんなもんさ。お前はどうだ、もう一度格好良いところ、俺の為に見せてくれねぇか!」
輝かしい世界を前にして、碧は少しだけ胸が痛んだ。
教官の目が、自分から精太に移った時、悪い言葉に囁かれた。
……もうちょっと、自分だけを見ていて欲しかった。
子どもかと、慌てて頭を振る。
それに精太の復帰を願うのも、自分の紛れもない本心だ。
今は初めての高揚に気分が上げられているが、時間と共に落ち着けばそんなことは言っていられなくなる。
念波動の強さも本来の運動神経も、赤城精太の素質は圧倒的なのだから。
本来、自分の出る幕はないのだと。
”――思い、出しました”
哲人に伸ばされていた超機獣の手が、ぴたりと止まった。
勿論本人の言葉通り、その台詞に今更惑う哲人ではない。
固まった超機獣を見て千載一遇の機会とばかりに、右肩の地鞘、その柄を両手で握る。
大太刀『釼』――
三つの『はがね』の一本にして、哲人の扱う武器で最大の攻撃力を有する一刀である。
「このまま美味しいところ持っていっちまうぜ、精太!」
哲人が吠える、その言葉とは裏腹に油断はない。
超機獣を見据えて、背中の腕をまとめて両断する機動に疾走り、そして。
”貴方は、我等が月乃間姫の伴侶です”
――超機獣の腕が飛ぶ。
流体魄気の飛沫の中で、哲人は確かにその名前を聞いた。




