第十三話 七日目 その三
「ハガネマル、ナイツライズ両機、亜空開孔起線前で待機中、問題ありません」
「分かりました。四法印准尉は念話通信を継続して下さい。大山少尉、遠野伍長も空間断層の調査を引き続きお願いします。各種ドローンはどれだけ壊しても構いません」
「あいよ」
「何十と渡されても処理しきれませんが、やってみます」
白沢司令は四法印茉莉花の念話成功を見届けると、大山裕子と遠野リナに指示を飛ばして計器を睨む。
次元裂傷値は空間断層の影響を受けて不安定であるが、基地側でも大まかな計測はできている。
ここまでミシマミゾクヒの戦闘前に確認されていた怪現象と酷似していては、おそらく規定値も超えるだろう。
新型超機獣登場の可能性は高い。この状況を想定しての準備であるが、チームハガネ号に迫る苦難を思い唇を噛む。
「……もしあの人が倒れたら、私が出ます」
隣の浦原朱花が呟く。
それは今初めての言葉ではない、新型超機獣への対抗策として、朱花の口から何度も聞いていた。
友人の宣言は、国を守る軍人としてだけではない、彼女自身の感情を多分に含んでいる。
「ここに二機目のウォーキャリアはないわよ」
「大丈夫だよ。知っているでしょう?」
その台詞に込められたものを知る白沢は、朱花の決意を見守るのみだ。
「……ですが、あの件を彼らに伝えなくても宜しいのですか?」
ドローンに指示を出しながらも、リナは気になっていたことを司令に尋ねる。
白沢は話しても混乱させるだけですと一蹴。自身の通信デバイスを一瞥して、その件の続報がないのを確認した。
「同時攻撃もまた敵情判断から検討されていた事態です。他の基地の心配をする前に、我々は我々の仕事をしましょう」
発令所の巨大モニターの片隅、そして白沢司令の通信デバイスには、ザントウ号を抱える基地からの応答が途絶えたとの連絡が入っていた。
基地への直接攻撃、それは恐ろしい一手だが、今は敵を大きく見せるノイズでしかない。
うちはうちの戦いに集中する。それが白沢司令の判断だった。
亜空開孔――その黒い孔は、ハガネマルのパイロット達が見たことのない大きさにまで広がった。
その内から現れた脚、続いて胴体、孔を開けた指が亜空開孔を離れて、その全貌が明らかになる。
「怪獣じゃない……人型の、ロボットだ」
「ていうか精太、こいつハガネマルに似てない?」
超機獣や傀機獣が獣の名を持つ理由は、その行動に人心を感じ取れないからであるが、見た目だけは人の形、ウォーキャリアに似ている傀機獣と違い、超機獣は基本的に身体を支える下半身が大きく、上の方が先細りする三角形を思わせた。
どっしりとした大きな足や、太くて長い尻尾を有したりと、昔の特撮に映る怪獣も連想させる為、それにあやかり大怪獣とも呼ばれることもある。
しかし今目の前にいるのは、ヤマト級に近い人の形をとっていた。
当然自壊はしない。敵は悠々とその歩みを進めてくる。
これはつまり、ヤマト級の自重を支えるパイロットの強力な念波動に近い力を、相手側も保有しているという証左になる。
「もっと化け物みたいなのが来ると思っていたけど、思っていたより……」
「油断しちゃいけないよ。見た目通りだとしても、ハガネマルに近い戦闘力を持っているのかもしれない」
「強さがどれくらいかなんて分からないけど、油断なんてしな――うわっ!?」
精太が言い終える前に、亜空開孔が予期せぬ来訪者を通した。
新たな侵入者が飛び出してきたのだ。それも――二十以上の。
ウォーキャリアと同サイズの兵器、その姿を認めたナイツライズも動く。
「教官、こいつらは!?」
「傀機獣――ウォーキャリアの敵だな!」
「そうか、さっき教官が言っていたカイキジュウって昔の敵主力機……本の写真で見たことはあるけど、実物は初めて見た……!」
雄二が思わず呟いている間に、加速したナイツライズのすれ違いざまの一刀が、一体を両断した。
それと同時に他傀機獣は一斉に散開、ナイツライズを囲んで空を大きく旋回する。
「教官、私たちはどうすれば」
「超機獣だけに集中しろ、精太、やれるな!」
「分かってるさ、ウォーキャリアの敵なら、ヤマト級の相手じゃないんだろ!」
上空の傀機獣には目もくれず、ハガネマルも一歩を踏み出した。
ウォーキャリアは超機獣の相手にならないと、散々話した甲斐があったというものだ。同じようにヤマト級と傀機獣もまともな勝負にはならない。精太の野生の勘、念波動感知も相俟って、空の獣は自身の敵になりえないと悟ったらしい。
「教官任せるぜ、手が必要なら何時でも貸すからな」
「ははっ、ただ視界の邪魔ぐらいはされるかもだから覚悟しておけよ」
「心配ないって、オレには模擬戦で開眼した遠隔透視があるんだ!」
頼もしいやつだ。
そう思いつつも、哲人はハガネマルの邪魔をされる心配をしていなかった。
ナイツライズが初手で強引に一体を沈めたのは、派手に動いて傀機獣の目を引く為だ。
ヤマト級の戦場に乗り込んできたのだ、何らかの役割を持たされていると考えるのが自然、ならば自分は敵の仕事を妨害するべく動くべきだと。
だが散開、上空を飛ぶ傀機獣を観察して、哲人は経験則から察した。
あの集団は最初から、ナイツライズを狙っていると。
(時間差で孔から飛び出してきたのは、ウォーキャリアという不確定要素を排除する為、辺りが妥当な線かな)
ミシマミゾクヒに策を講じてきたのなら、ハガネマルにも専用の作戦を用意してきたのだろう。その成功を阻む可能性がある異端分子の掃除が目的であると踏んだのだ。
横目に亜空開孔を見れば、ようやく完全に閉じられたようだ。
これまでなら超機獣一体が通ればすぐに閉じた孔であるが、傀機獣数十体を追加してなお閉口までに時間を掛けたというのは、中々背筋の寒い話である。
今までのセオリーはもう通じないと見ていいだろう。
「あれは俺が呼んだ敵だっていうのなら、俺が片付けないとだよな」
傀機獣も強化されてヤマト級を害する程の新型に、なんてお約束も考えたが、それなら出現時は絶好のアンブッシュになった筈だ。
一瞬でも怯んでいたハガネマルを見逃したのは、最初から目的がヤマト級ではなかったから、という結論である。
愚かな時もある敵性存在であるが、その攻撃性だけは異常であると、哲人は身に沁みている。通じるのなら一も二もなく噛み付いていただろう。
「こちらが一番採られたくない行動は、周囲に張られているらしい次元断層を解いて四方に飛び出される、ってやつだが、それも面倒な追いかけっこが辛いって話だし――」
ナイツライズは上空に飛んだ。
先程の斬りつけでも披露した、ウォーキャリア特有の舞空機動である。
飛行術『重力解放』――自然界の四つの力の一つ、地球に産まれた人間が常に受け続けている重力子を念波動で制御し、重力相互作用の影響下を離れる理念式だ。
近付かれた傀機獣のうち三体が長い爪を出して迎撃態勢を取る。
先ず躍りかかってきた先頭の一体、その突き出された爪を太刀でいなす。
続く二体目は接触と同時に爪を袈裟に振るが、それを回避はせず太刀で受け止める。
道理として弾かれる太刀の、その反動を利用した廻し打ちで敵を両断。
三体目の爪は刃の上を滑るように受け流される。空振った爪に対して、太刀の動きは無駄なく上がり、返す刃で真っ向から傀機獣を叩き斬った。
「参る」
それは月乃間との稽古の癖か。
いなされ勢いのまま通り過ぎていった一体目の傀機獣が向き直る前に、その無防備な背を哲人の視線が貫いた。
念波推進スラスタの急加速が、ナイツライズの背後に光の軌跡を残す。
体当たりに近い一突き。胸部の中心を貫かれた傀機獣はその加速激突の勢いを受けて、即急停止したナイツライズから引き剥がされるように空中へと力なく放られた。
「――精太! 腕の装甲が、もたない!」
雄二の悲鳴に近い言葉に、哲人はハガネマルを見る。
超機獣のパンチをガードしているが、過去の攻撃とは根本的に違うのだろう、当てられた箇所から装甲が削り取られていた。
「模擬戦初日の最終試合を思い出せ!」
思わず声を張り上げた哲人の無防備な背後に、二体の傀機獣が高速で突撃する。
――戦技空歩『霞履き』。
スラスタを用いない、文字通りに空を蹴る所作で傀機獣の弾丸をすり抜けた。
その合間に太刀と小太刀の二刀流で――首を綺麗に落としながら。
速過ぎたのが運の尽きだ、多少の切れ込みでも勢いの負荷で部位は落ちる。
そしてそんなことよりも。
哲人が再び見たハガネマルは、超機獣の腕を見事に弾き飛ばしていた。
その太い四肢に宿した、念波動の渦の力で。
「悪い教官、言われるまで忘れてた!」
三日目の模擬戦で精太が披露した念波動の鎧である。
続けて決めたラリアットで、超機獣の身体が吹き飛んだ。
「えぇ、精太、今どうなってんの!?」
「この一週間の成果ってやつさ!」
「か、勝てる、のか」
「勝てるかどうかじゃない、勝つんだよぉ!」
精太の怒号と共に、ハガネマルは超機獣に追撃。
倒れていたその体が、丸太のような脚の蹴りを浴びて再び空中を飛ぶ。
「精太くん、まだいけるよ!」
「分かってる!」
姿勢を直す暇もなく、またも地面に倒れ伏す超機獣の背中に、
「喰らいやがれぇっ!」
ハガネマルは跳躍、その両足で重いスタンピングを加えた。
そこへ両足に纏った念波動が苛烈に渦巻き、再度跳躍――
「ドリルキックだぁ!」
胴体に突き刺す。これには超機獣も堪らずくの字に折れた。
哲人は感嘆の息を漏らす。
ハガネマルは明らかに初めての損傷を負っている。
その事実はヤマト級をゆりかごにしていた子どもたちに少なからぬ恐怖を与えた筈なのに。
精太の闘争心はまるで衰えることなく、立派に護国の戦士を体現していた。
自分も負けてはいられない、哲人は傀機獣の群れを睨む。
ここまでに六体を討った。戦力の小出しを愚かと捉えているのなら、全戦力を自分につぎ込んでくるのはこの辺りでだろう。
「う、うえぇぇ?」
そこで奏の困惑した声が響く。
ごっ、ごっ、と、岩か何かが削れるような音もする。
更にみりみりみりと、中のものが皮を張って破かんばかりに膨張する聞き慣れない音まで。
「きょ、教官、超機獣が――腕を生やしています!」
雄二の言葉に間違いはなかった。
人の形を解いた超機獣は、背中に見事な二本の豪腕を生やしていた。
「ここにきて変身とか、悪役らしくて面白いじゃんか。第二ラウンドだぜ!」
不敵に語る精太に、混乱の度合いが大きい奏と雄二。
哲人も精太の胆力を見習いたい――そう思った、矢先のことだった。
”――ぁ――”
声が聞こえた。
哲人でも、精太でも、碧でも、雄二でも、奏でもない。
勿論茉莉花でもない、チームハガネ号の知らない誰かの声が。
「誰だ、増援か!」
「う、呻き声……?」
「え、なに、どりみんの声!?」
「ち、違うよ、誰の声……?」
いよいよ訳が分からないと、四人の声は物語る。
そういえば、長く茉莉花が喋っていない事に気づかないまま。
”――こんにちは――”
声ははっきりと、言葉を成した。




