第十一話 七日目 その一
衛守哲人の教官就任から七日目の早朝。
格納庫に赤城精太が現れた。
少年の目的の人物は、来訪者を認めると普段通りの足取りで近付いてくる。
いつもと変わらなく見える様子に、精太は安心と共に違和感を覚えた。
「おはよう精太、平日のこんな時間からお疲れさまだな」
「疲れるも何も、ここに来たばかりだよ。みんな待っているから一緒に行こうぜ」
「まだ通達した時間になってないぞ。怖くて眠れなかったとかないだろうな」
「びびってねぇよ。学校と一緒にしないでくれ」
学校を引き合いに出したのは、昨日の新型超機獣の件で本日休校になった状況を指しての言葉だろう。
十五年戦争後に新設された一条校の設置者は全て国になっている筈だ。
つまり慎重になったのは学校でなくこの国なのだが、世間でも想像以上の大事になっているらしい。
二人は連れ立って格納庫を出て行った。向かう先は第二会議室、呼び出したチームハガネ号がそこで待っている。
「俺からは七日間呼ばないって話を反故にしちまったが、雄二や奏は文句言っていたか」
「聞いてない。でもミシマミゾクヒを壊したやつについては色々と話していたな」
「そりゃそっちの方が気になるか」
「オレは見ていないけど、ニュースもその話ばっからしいぜ」
それは当然と言えば当然なのだが、現状の危機を本当に理解しているのか、それとも話題性に飛びついているだけなのかは分からない。そう思ってしまうほどに、第二世代ヤマト級の不敗神話が続いたこの数年は、人々の危機感を腐らせるだけの平和を維持してきた。
死に心を追い立てられない。良いことなのだ、その平和が恒久的なものならば。
「突然の休校だ、遊べる友達が羨ましいだろ」
「遊んでんのかなぁ。頑張れとかメール来てたけど、何を頑張ればいいんだか」
「そういう時の頑張れの、正しい意味、訳し方を知っているか?」
「意味? 訳? いきなり国語の勉強かよ」
「踏ん張れだよ。苦境に立たされて辛くないかと心配されてんのさ」
「辛い……? ハガネマルで強い敵と戦わなくちゃいけないから? あんまり実感ないけれど、それともこれから辛くなるのかな」
これまで常勝を築いてきた少年を見やる。
彼にはハガネマルで難敵と戦うこと自体が未体験なのだ。
いっそ初めての搭乗時、初心に帰れば、合わせて命の保証さえ定かではなかった頃も思い出せるかもしれないが。
今の精太は、ハガネマルの強さをその身で理解してしまっている。
「ヤマト級との競い合いがもっと早ければ、自分より強い敵の実感も持てたのかもなぁ」
「オレより強い? 兄ちゃんじゃん」
「ん?」
「あ」
タンマ、今のナシと、精太は隣で顔を背ける。
哲人は考える。兄ちゃん。この子は敵わないと思う相手を既に見つけていたのか。
……いや、これは強敵とは認識していない。今の言い方には好意が混ざっていた。
「お前、憧れてるやつがいるのか」
「…………」
目を合わせない、その沈黙を哲人は肯定と捉えた。
レースを走る時、トップを行く人間はペースや走る道を見失いがちだ。
人生における誰かの背中、道標は、荒野にあっても行く先を見つける目印になる。
気に入ったなら追えばいいし、嫌いなら逆を行けばいい。
子供の頃ならそれくらい単純でいい。ませて意識だけ高くしても吹き荒ぶ風当たりが強くなるだけだ。砂が目に入って余計に周りが見えなくなる。
なんだ、慣れない心配など必要ない、この子は勝手に前を見据えて先に進んでいる。
「俺が壁の一つにでもなってやろうと思ってたんだけどなぁ」
つい口をついて出た言葉に、いや余計なお世話だろうと、哲人は我が事ながら出過ぎたものを感じてしまった。何を言っているんだろうこいつは、という少年の目に気付かないふりをしていると、目的の場所に到着する。
部屋のレイアウトは以前と変わらないスクール形式。その中で三人は座って待っていた。
先生にでもなった気分でいると、精太も近くの椅子に腰を下ろす。
「……久し振りだな、雄二、奏」
「「はい」」
帰ってきた返事はぎこちないものだが、初対面から一週間顔を合わせていなかったのだ、ほぼ他人ならばこんなものだろう。
演台に立ち四人へと向く。全員が哲人を注視していた。
「事前連絡で伝えていたが、四人ともミシマミゾクヒの戦闘詳報には目を通しただろうか」
「全員見てるぜ教官、付属映像も全部な」
「先に確認しておいてくれてありがとう。それでは最初に話しておくが、次回のハガネマルの出撃に、俺もウォーキャリアで同伴することになったので、よろしく」
子どもたちの反応は大きくはなかった。
雄二が挙手しつつ質問の許可を求めてきたので、周りと発声が重ならない限り好きに発言して宜しいと返す。ここは会議の場という訳でもない。
「教官の同行は、僕たちの監督が理由でしょうか」
「そう考えるのはおかしくない。しかし今回は違う、敵迎撃を目的とした戦力増加の一環だ」
「ウォーキャリアで、ですか?」
「ああ」
よく分からない、という顔をするのは雄二と奏だ。
この分だと、全員ウォーキャリアと超機獣の戦力差は理解しているようだ。
自殺志願だとは思っていないだろうが、何をするつもりで戦場に来るのか分からず気味悪がっているのだろう。
「なぁ教官、前にウォーキャリアと超機獣じゃ比べものにならないって話をしていなかったっけ?」
「その通りだ。それでは精太にも質問をする」
「へっ?」
「お前とは何度か模擬戦を行ったが、それを思い出して答えてくれ。俺のウォーキャリアと超機獣は、やはり勝負にならないと思うか?」
精太は一瞬戸惑った顔をしたが、腕を組んで数秒考える。
そして口に出した答えは、少し躊躇した、教師の教えに見つけた間違いを指摘するような気後れを含んでいた。
「勝負に、ならなくはない、と思う」
雄二はぎょっとした顔を精太に向けると、慌てて説明するべく口を開いた。
「精太、模擬戦はウォーキャリア同士でやったんだろう。今回は違うぞ、ウォーキャリアの対超機獣での戦績は酷いものだ。ヤマト級のいない戦闘で撃墜に至ったケースもあるが、それは超機獣の行動を読み、地の利を得られる戦場に大量のウォーキャリアを投入して、それでも多くの損害を出した上での辛勝だ。僕たちの戦いにも、たった一機をねじ込んだ所で劇的に変わるような差ではない」
「そう思う根拠はある。教官が超機獣の攻撃を全て回避した上で、あの剣を当て続けるんだ。ぶつかれば壊れるのなら命を大事に逃げてぶつからなければいい。その上で隙を突いて斬る、破壊力はやばいだろ、あの剣なら」
「あの剣ってなんだ、いやそれより、当たらなければ死なないなんて誰でも言える理想論だ。小中さんも言っていただろう、一撃も貰わないのは人間じゃないと。ウォーキャリアでは傷一つで生死が別れるんだぞ」
「というか、教官が超機獣を倒せるなら、アタシたちなんて要らないってことぐらい分かりなさいよ」
奏の言葉は、つまりチームハガネ号が必要とされているのだから哲人には荷が重いと軍は判断している、いう話を精太に理解させる為のものだろう。
正しい、雄二も奏も。
彼らはウォーキャリアの歴史も、ハガネマルが、ヤマト級が何を目的とし何の役割を担っているのかも、ちゃんと勉強して知っているのだ。
十五年戦争の実体を。
だからこそ予想できない、哲人の狂的な五年間の積み重ねを。
「でも教官のロボットについてた棒三本は、次の作戦を見越しての新しい武器なんだろう? 模擬戦よりも強くなるのならそれこそ」
「――それって拡張専用武装ですか!?」
割り込んできた碧のそれは、悲鳴にさえ聞こえる叫びに近かった。
何事かと三人が目を丸くする。哲人もまたその反応には驚かされた。
須崎重工の娘だ、拡張専用武装も知っているのだろうが、それだけでは説明のつかない声だ、一体どういうことだろうか。
しかし碧は一息だけ吐くと、平静を装って話を続けた。自分の行動にミスを見つけて、それを覆い隠そうとするように。
「拡張専用武装は――強いと、思います。ですが」
「タダで死にに行くつもりはないよ」
ここで深夜の白沢司令との問答を思い出し、どの口がとも思いつつ、やはりこれも偽らざる自身の側面であると、哲人は話を続ける。
「俺の拡張専用武装はな、鞘の形をした手足であり、盾だ。あれを装備することで、精太に見せた以上の変則機動と、防御力の向上が見込める。なにせあの鞘に限って言えば、超機獣の攻撃力にも耐えられるからな」
哲人の言葉に猜疑の目を向ける雄二と奏。
これは子どもたちを納得させる為の嘘ではない。正真正銘、あの鞘はそういう物なのだ。
ただ碧だけが、それはそうだろうと哲人の言葉を一切疑っていない素振りなのが、逆に不自然だと感じられた。
以前に哲人の経歴を調べたと言っていたが、この反応もその事前知識のせいなのだろうか。
「深刻に心配するなって! 十五年戦争を逃げ回りながらでも生き残った男だぞ、生存にかけてなら玄人ってやつだ。超機獣との模擬戦も沢山やったしな!」
「模擬戦を自信の礎にするのは一種のフラグでは……」
「痛いところを突くねぇ雄二くん! やばくなったら一目散に逃げ帰るよ!」
哲人はひとまず笑い飛ばして話を流す。
このまま会話だけで彼らの信頼を勝ち取るのは無理だと判断しての苦肉の策だった。
「さて、それで諸君には新型超機獣の情報を見て貰った訳だが」
「はい。ミシマミゾクヒの初撃で相当な傷を負っていたようですが、それでも尚圧倒できるあの戦闘能力は僕が見るに」
「次に現れる超機獣は、全く別のやつになると俺は思っている。どうしてだと思う?」
「……はい?」
「……メタを張ってたからでしょ。ミシマミゾクヒの波動光に対して」
奏の言葉に哲人も頷く。良い目をしている。
これはただの推測に過ぎない話だが、白沢司令に伺った会議の中でも同様の意見は出ていたらしい。
「多層駆動式僵尸装甲の被照射面防御、あんだけガチガチでは光も中までは届かない。そして波動光、火箭太陽砲の収束後すぐの破損装甲廃棄、身軽になって攻撃開始、これは明らかにミシマミゾクヒを想定した戦い方だ」
「しかし教官、ミシマミゾクヒの防御力を貫く攻撃力は、どう見ても既存の超機獣とは一線を画して」
「その辺を踏まえて敵の視点で考えるなら、ヤマト級に有効な攻撃手段を得たから、波動光をやり過ごす作戦と併用して一気に畳み掛けた、って作戦だったのかな」
「作戦って、敵性存在にそんな知能は確認されて」
「ま、カラスくらいの頭があればそんくらいはやれるんじゃないの」
奏がどうでもよさそうに呟き、雄二は黙ってしまう。
敵性存在の知能指数、知能段階点に関しては、断定できないというのが現状だ。
情報が足りないのではなく、ちぐはぐだからである。
明らかに高度な知能を示唆するものもあれば、それを覆して余りある愚かな行動の数々にも事欠かない。
この矛盾を説明できないままに、人類は二十年以上も奴らと付き合っている。
「敵はヤマト級を障害と認めて、これを明確に打破する為の行動を始めたと見ている。なら富士の樹海にある亜空開孔起線からは、ハガネマルを狙い撃ちにした超機獣が現れるだろう」
「やはり教官も、これから各地に現れる超機獣はミシマミゾクヒを破壊した、ヤマト級と渡り合える新種に変わると考えているんですね」
「ああ。そして次に新型が現れるのは、おそらくここかザントウ号の所だろうな」
「最後に超機獣が現れてから、一番日が開いている二箇所が、そこですから」
超機獣の現れる間隔にはある程度の法則性があるが、次回の出現を明確に察知する情報こそが、日々少しずつ増えていく次元裂傷値であった。
この値が規定値を超えることで起きる亜空開孔、その穴を通じて超機獣は出現する。
開いた穴は、超機獣の通過後に失われ、亜空開孔起線に戻り、減少した次元裂傷値を増やす毎日にループするのだ。
ミシマミゾクヒの件ではこの次元裂傷値が異常な増大を果たしたらしいので、ここで語る規定値にも改訂が入るかもしれないが、少なくとも前回の新型超機獣は規定値を上回る値の穴で現れた。
それを考えに含めるのなら、規定値以下での奇襲はない、という希望的観測である。
これらを前提として、日が経ち次元裂傷値を最も溜めている場所に、次の超機獣が襲来すると予想が立てられていた
「だからみんなには、これまで通りにはいかないだろう未知の新型超機獣との戦闘が、近々控えているということを念頭において貰いたい」
「それもハガネマル対策をしているであろう相手を、ね」
「しかもそこには教官のウォーキャリアも来るんだろ」
「そうだ、傀機獣と間違えてはたき落とさないでくれよ」
適当な軽口に、四人の子どもたちが見せたのは困惑だった。
ああ、傀機獣を知らないのか。
傀機獣とは超機獣の前身、数の暴力を用いて同サイズのウォーキャリア軍団と何度も戦った、十五年戦争を長期に渡り暴れ尽くした脅威である。
内側の流体魄気を僵尸装甲で包み、流体魄気の念波動的性質を用いた攻撃と防御で過去の兵器を一切無意味なものにした、それは恐ろしい存在だった。
とはいえ今では超機獣を前にしたウォーキャリアと同じで、ヤマト級の相手にはならないだろう。
懐かしい宿敵を思い出して少し切ない気持ちになるものの、それでも二度と会いたくはなかった。かつて人類の大半を殺傷したのは間違いなくその傀機獣であり、哲人の家族も、戦争中に得た仲間も、多くの大切なものを奪ってきた、当時の人類の恐怖の象徴でもあったのだから――
聞き慣れた警報が鳴った。
「……は? タイミング狙ってない?」
奏の呟きは、この場の総意だっただろう。
空気が変わり、四人から伝わる僅かな緊張に、それもしょうがないと哲人は思う。
本番が始まる。英雄が英雄である為に、避けては通れない本物の試練への。
子どもたちが本当に護国の士に相応しいのかどうかが、これから分かる。
哲人のやることは変わらない。
彼ら四人が本物か偽物か、士かそうでないか、その目で見極める――気など、微塵も無い。
そんな事はどうでもいい。
悩む事さえない。哲人の目的はたった一つ。
大人が子どもを守る。そんなどこにでもある当たり前を、当たり前に遂行するだけなのだから。




