第十話 説得と拡張専用武装
ヤマト級機動兵器、ミシマミゾクヒ敗北の報から数時間後。
日が変わるのも近い真夜中に、疲れた女の溜息が響く。
富士大宮基地の発令所で、軍令部下の緊急会議を終えたばかりの白沢司令が固くなった体を伸ばしていた。
隣の浦原朱花が労いを込めて淹れた珈琲を、半ば死んだ目で口に含む。
「白ちゃん。どうだったの、他所の反応は」
「大体予想通り。せめて日向さんが帰って来るまでは待って欲しかったよ」
出張中でこの場にいない日向副司令を思い、白沢は更に頭を悩ませる。
軍人としてのキャリアを積み、数多のコネクションを持つ日向は、大宮基地において親の七光りを自負する白沢とは、根本的に担う役割が違う。
軍令部に巣食う狐や狸、清濁の判別を見失う混沌と対決するには、彼の功績に裏打ちされた土台と謀略の手管が必要不可欠だ。
白沢が用いる父親の名は、平時に甘やかされるのには長けているが、非常時では本人の頼りなさを見抜かれて脇に捨て置かれ易い。
発言力を発揮できない会議ほど、責任ある立場の者に歯痒い場所はない。
「なのに思兼の奴、私と同じ穴の狢の癖して、ディヴァステラを盾に好き勝手言いまくってさぁ!」
「それは仕方ないよ。今回だって援軍のディヴァステラが迅速に撃破してくれたお陰で、軍部全体が救われたようなものだもの」
「確かに最低限の面目は立ったけどね。思兼は最初から恩を売るつもりで手ぐすねを引いていたに決まってる。まだディヴァステラが勝てるかも分からなかったのに……」
通信が途絶えたミシマミゾクヒの戦闘開始から十分後、救援要請を受けて駆けつけたディヴァステラにより新型超機獣は撃破された。
現時点でこの国からは、人命を脅かす敵性存在は排除されている。
しかし会議にて、数多の幹部を悩ませた問題はそこではない。
第二世代ヤマト級の不敗神話が崩れ去った。ここに争点は集約さていた。
「当面はディヴァステラに頼る状況になりそうね。基地側のサポートもなしに亜空間転移できるのはやっぱり使い勝手も反則よ」
「しっかり無傷で勝利という実績も作ったからね。他のヤマト級が勇み足で続いて二機目のミシマミゾクヒになったら、軍部への信頼がどれだけ損なわれるか分からないもの」
「……でも最初からディヴァステラを戦わせる訳には行かない。それは亜空開孔起線から人類を守る為に配置された他ヤマト級の意味を否定してしまうから」
ディヴァステラの酷使だけに課題は留まらない。
護国の要が案山子でしたでは駄目なのだ。人類に必要でないのなら、わざわざ巨人を飼う理由はない。今回の件は、ヤマト級の存亡に関わる案件である。
「ディヴァステラ以外でも、新型超機獣に勝たなければいけない。ヤマト級というカテゴリの存在価値をもう一度示す。でなければ十五年戦争の恐怖を思い出した世論になに言われるか分かったものじゃないわ」
「リミットは、ディヴァステラのパイロットがまともに動ける間に、だね」
「後詰めが万全である内に信頼を取り戻す。それを過ぎてしまったら、覚悟を決めて戦争の再開を布告するしかないでしょうね」
見せられた今回の戦闘詳報から、新型超機獣に対してもディヴァステラの有効性は確認された。現在の状況にあっても、戦術、戦略的価値が健在なのは疑う余地もない。
頼るしかない。頼れる間に、事態の好転を図るしかない。
ヤマト級を抱える他の基地司令とも、会議で同じ認識を共有した。
そしてここからは、次に運の悪い基地に選ばれた時に、どれだけの対抗策を用意しておけるのか、各司令の手腕が問われるだろう。
「……こうなると、朱花の助言を変な意地で突っぱねなくて良かったと思うよ」
「結果論にするには、問題はまだ解決していないけれどね」
「七年周期の機獣進化論を馬鹿正直に信じていた他所は混乱しているだろうけどね。明日早朝にあいつを呼び出すわ」
「必要ないよ」
朱花は首を横に振る。
「会議に入った白ちゃんと入れ違いに来てね、時間ができたら連絡して欲しいって言われてたの」
狙い澄ましたかのように通信デバイスに連絡が入った。入っても宜しいでしょうか、と。
二人は扉の方を見る、その向こう側から感じる気配は重く禍々しさを孕んでいた。
「もう呼んでいるよ。話は早い方がいいでしょう?」
「……会議が終わったタイミングで教えて欲しかったわ」
「白沢司令、自分をどうか、次回の超機獣迎撃作戦に参加させて下さい」
言葉だけを読むのなら、上官への嘆願である衛守哲人の要件。
しかし音の節々に込められた何らかの感情が、威圧となって発令所に重く木霊する。
余裕や手心を感じられない、この目的を成す為だけにここに来たのだろう男は、まさに目の前を斬るだけの刃物を想像させて、荒事に慣れていない白沢の肝を冷やす。
その所為で次の言葉に詰まった彼女に変わり、朱花は問うべき内容を口にする。
「それはミシマミゾクヒの件を知った上での訴えだと思って良いのですね」
「はい」
「ウォーキャリアが超機獣に対して限定的な効果しか持たない事実も、そのパイロットの死亡率も十分に理解した上での行動であると」
「はい」
「では分かるでしょう。これを力のある陳情として通すには、あまりにも肉付けが足りないと。衛守曹長、貴方がこの訴えに至った実情を述べて頂きたい」
「はい、述べさせて頂きます。まず最初にこちらをご覧下さい」
哲人は通信デバイスを触り、空中に映像を投射した。
ウォーキャリアの特殊装備携帯・使用許可証――既に電子印で捺印されており、有効であるとされている。
署名欄には日向新、日向副司令の名前が書かれていた。
この場に居ない見知った名前に多少なりとも驚いた白沢だが、朱花の反応はその比ではない。
彼女の目は許可証の一文に釘付けになっていた。
「……拡張専用武装」
「戦力の出し惜しみは致しません。次回の出撃時にはこれを装備した状態で臨みます」
――十五年戦争の終盤は、超機獣とヤマト級第一世代の台頭により、それまでの十数年に比べても様相の変化が取り分け激しかった。
お互いに数を揃えての多対多の戦闘から、一部の突出した戦力を主軸にした戦いに変わり、最後の一年でのウォーキャリアは戦場の主役を降り、ヤマト級の随伴機兵が主な役割となった。
ここに前後して立案されたのが、最終決戦を見越したウォーキャリアの強化計画である。
十五年戦争中、華々しい戦果を上げた者、長く戦い抜いた者、有する勲章等を基準に選ばれた有力なパイロット達に優先して、各々の要望に応えた個別の調整を行うというものだ。
最終的に当時のパイロットの四分の一が手にした、さして珍しくない個性豊かな追加装備。
その産物の総称を、拡張専用武装という。
これはそれまでのウォーキャリア乗りやウォーキャリア開発に携わっていた研究者に引き続き社会的役割を与える為の苦肉の策という一説や、超機獣に無力なウォーキャリアの量産を止め、余った資源を利用した技術検証であり、成果物自体は急造ゆえに品質の劣る付け焼き刃、というのが後世の評価である。
しかし哲人にとっての拡張専用武装は、他のこれとは違う意味合いを持っていた。
「これは、呪いの印ですよ。私達が貴方の過去を把握しているのと、世間に烙印を晒すのはまるで違う。最悪、この基地に貴方の居場所はなくなりますよ」
「構いません。わたくしは確かに『硝子の星屑』でした」
『硝子の星屑』は、衛守哲人の昔のコードネームだ。
この名で呼ばれていた頃は、ウォーキャリアを利用した地球人の犯罪者による殺人やテロリズムを鎮圧する為に、公共の安全と秩序の名の下に人と戦う仕事をしてきた。
敵性存在と地球人類、そのどちらにも刃を向けた男、それが哲人の正体だ。
そんな哲人の拡張専用武装は、当時の軍人が見れば『硝子の星屑』の持ち物だと暗黙の内に分かる忌み具である。
調査が生業の者なら、すぐにコードネームへと辿り着けるだろう。そしてその名は、仮初でも平和を享受する現在の世に受け入れられるとは限らない――
「それは装備の有無に関わらずずっと付いて回る事実で、意識しない日はない記憶でした。でもそれは、今は大した問題じゃないのです」
哲人は、黙っている白沢司令を正面に見た。
彼女の姿に自分が重なる。しょうがない、気付いてしまったのだから、何をしたってもう逃げられる気がしない。
頭の中の少年が一本下駄で走り回り、少女が皿を洗いながらぎこちなく笑っている。
「白沢司令、ありがとうございます、最高の一週間でした」
「…………」
「俺は、あいつらの乗るロボットが、好きにされると考えるだけで我慢ならない」
情に訴えるように、子どもたちへの思いに、共感を求めるように。
それは白沢司令に効果覿面だった。
この手が戦場で戦える力を持つなら、ハガネマルの前で銃を乱射していただろう。
最悪、ディヴァステラが来てくれるから大丈夫?
馬鹿も休み休み言え。ミシマミゾクヒには間に合っただけで、次も大丈夫だとは限らない。いや、ヤマト級を破壊し得る怪物相手に、あの子たちを前に出す――その前提からして、目が回って気が狂いそうだ。
うちの可愛い子どもたちが、死んだらどうしてくれるというのか――
「あの子たちを、守るつもりなの」
「守りたいです」
「そんな力がなくても、行きたいの」
「行きたいです」
「なら死ぬ気で行きなさい」
「行ってきます」
すぱんと。
白沢の頭が、朱花のハリセンで叩かれた。
どこから取り出したのだろうか、受けた白沢はその場に蹲る。
武器の強度はともかく、朱花の振りは早かった。白沢の痛みもそのせいだろう。
そして加害者は何事もなかったように、哲人へと向き直る。拡張専用武装を見た時の動揺は鎮めたらしい。
「司令は話を勢いで進め過ぎましたが、まだ貴方には確認しなければならないことがあります」
そもそも、拡張専用武装は哲人の初手も初手であった。幾ら結論は最初から出ているとはいえ投了するには早過ぎる。肉付けはどうした。
対して、参戦許可まであと一歩と迫りながらも逃した哲人は、しかし顔に惜しさを残さない。他にも策があるようだ。
「意気込むのは自由ですが、貴方が先に撃墜された場合、チームハガネ号の士気低下は避けられません。未知数の敵を相手に、ハガネマルの手助けどころか弱くされては困るのです。この問題に対して、貴方の意見を聞かせて下さい」
「そ、そうね、口先だけで丸め込めると思ったら大間違いよ!」
「はい。それでは続けてこちらをご覧下さい」
その言葉と共に。
空中に投影されていた映像が、果たして蜘蛛の巣の網目か虫の複眼か、とんでもない枠数に分裂した。
おびただしい、おびただしい数の映像には、いずれもウォーキャリアが映っている。
白沢は何が起こったのか分からない。
何が起こったのか分かってしまった朱花に、哲人は作り笑顔で答えるのだった。
「ここに映しているのは、この五年間、電子模擬戦上でわたくしが行ってきた超機獣を相手とするシミュレーション内容の一部になります。勿論新型超機獣を詳細に想定したものではありませんが、自分の視点から培ってきた対超機獣戦術論を、こちらの解説を交えつつ吟味して頂きたいと思います」
絶対に参戦許可をもぎ取る。そんな哲人の鉄の意志は、顔を見る前から気づいていたことではあったのだが、それでもこれは。
もう真夜中という状況もあったが、二人が白旗を振るまでに二十分とは掛からなかった。
「そんな拷問に付き合わせたのか、嬢ちゃんたちも可哀相に」
事の顛末を聞いた杉本始は、格納庫に居ない二人に憐憫の情を禁じ得ない。
対して哲人に呵責の色はない。その双眸はじっと、愛機の隣りで封印を解かれた拡張専用武装に注がれている。
「……折角の我儘に頂戴したのは、ただただ硬いだけの棒切れ三つ。他の連中みたいにウォーキャリアの強化を頼んでおけば良かったのによう」
「分かってる癖に。部品を一品物にしたらナイツライズの価値が激減しちまうよ。転んで怪我してもすぐに起き上がる強い子だから、俺みたいな下手くそでも生き残ってこれたんだ」
「それでも昔ほどの生産ラインは稼働してないんだからな。うちの基地の余剰パーツが尽きない内に勝負決めちまえよ、取り寄せるもの一苦労だ」
「……決めるのはハガネマルだよ、きっとな」
哲人の拡張専用武装は、それぞれ長さの違う三本の刀の鞘である。
特に目立つ拵もない無骨なそれは、杉本主任の言う通り棒、鈍器の類と言われればそれまでである。
実際、強度の問題等で武器の用途を満たせない従来の日本刀の鞘と、この三本は違う。
とにかく頑丈さを追求した構造、機構を有し、それだけ重量も嵩むものの、哲人の要望通りに今まで一度も破損したことのない業物である。
そしてその真価は、哲人が用いた時にこそ発揮される。
ナイツライズの背丈を人と見た場合の、太刀、小太刀、大太刀の鞘に嵌るこれの名を、三本合わせてこう呼んだ、『意気地の鞘』と。




