路地裏の戦闘と道具屋の女房
ゼノの追手を軽く殲滅したふたりですが、なんとか装備を整えていよいよクエストに向かいます。むかうはずです。なにもなければ・・・・・。ですけど。
大丈夫・・・かな。ちょっと不安です。が、凸凹コンビは今日も今日とて頑張ります。
レイがギルドで放った規格外の魔力――ゼノを知る者たちにとっては、
あまりにも鮮烈で見紛うはずのない「狼の呼び声」と同義だった。
ギルドから数街区離れた、陽の当たらない薄暗い路地裏。
ぼろきれのような外套を纏った二つの影が、ピタリと足を止め、
ギルドの方角へとしなやかな首を巡らせた。
「……間違いない。今の荒れ狂う風の残響、そして微かに混ざる『あの男』の呪殺の気配」
一人の影が、外套のフードから不気味に裂けた口元を覗かせた。
その声は人間のそれではなく、複数の獣が同時に唸るような不快な重低音。
ゼノを執拗に追う、魔界からの暗殺者の一体だった。
「ゼノめ、人間に化けて街に潜伏していたか。
それにしても、今の魔力は何だ? まるで大魔導士のそれだが……」
「ふん、奴がどれほど手負いだろうと、我ら『殲滅の牙』の敵ではない。
街ごと、その首を喰らい尽くすまでよ」
影たちがどろりと黒い霧のように溶け、路地裏から姿を消した。
そんな不穏な気配など露知らず、ギルドをあとにしたレイとゼノ。
受付嬢に教えてもらった道具屋に向かっている。
だが、ゼノの歩調は次第に遅くなっていた。
人間の姿に化けていても、その五感は本物の狼だ。
鼻腔を突く、嗅ぎ慣れた、そして最も嫌悪すべき「同胞」の血の匂い。
(……チッ。やはり、もう気づかれたか。あの馬鹿がギルドで
あれほどの魔力をぶちまけば当然か……)
ゼノはふっと視線を鋭くし、まだ浮かれているレイの肩を掴んで、
わざと人気のない寂れた裏通りへと進路を変えた。
「あれ? 師匠、こっちの道でしたっけ?」
「黙って歩け。レイ」
ゼノの声のトーンが、これまでの「呆れ」から、冷徹な「戦士」のものへと切り替わる。
レイもその空気の変転を敏感に察知し、ハッと表情を引き締めた。
その瞬間。
周囲の空間が、にわかに引き裂かれるような錯覚に襲われた。
頭上の青空がどす黒い闇に覆われ、路地の両端から、影が這いずるようにして二体の魔物が姿を現す。
それは、巨大なカマキリのような鋭利な腕を持つ、異形の狼人間たちだった。
「見つけたぞ、ゼノ。魔界を裏切り、人間の子供の『飼い犬』に成り下がった誇り高き大狼よ」
魔物たちが放つ圧倒的な殺気と、どす黒い魔圧が路地に吹き荒れる。
と同時にゼノの魔法により裏路地が異空間へとかわる。
暗殺者の殺気は人間ならその場に跪いて呼吸すらできなくなるほどのプレッシャーだった。
「師匠……こいつら」
レイがごくりと唾を飲み、腰の初心者用の剣に手をかける。
いつもは残念イケメンのまぬけな少年だが、その瞳には恐怖ではなく師匠を守ろうとする
強い意志が宿っていた。
「下がっていろ、レイ。こいつらはこれまでの雑魚とは違う」
ゼノが前に出ようとした、その時だった。
「逃がすか、ゼノの首は俺のものだァ!」
一体の魔物が、目にも留まらぬ速度で跳躍した。
狙いはゼノではなく、その背後にいるレイ。
人質にするか、あるいはゼノの動揺を誘うための確実な一撃。
「レイッ!!」
ゼノが叫び、人間の擬態を解いて腕を狼の爪へと変えようとした、まさにその一瞬。
レイは、焦った。焦って、師匠を助けようと一歩踏み出す―。
すてーんと、見事なまでに仰向けにひっくり返るレイ。
レイの頭上を、魔物の漆黒の刃が虚しく空を切った。
完全に予測不可能なレイの自爆によって、魔物の必殺の一撃はミリ単位でかわされたのだ。
「なっ……!? 避けた、だと!?」
空中で体勢を崩し、驚愕する魔物。
地面に背中を打ちつけながらも、レイは仰向けのまま必死に手を突き出した。
「当たれぇぇぇ!!」
放たれたのは、風の魔法。
またもや出力の調整を忘れたレイの魔力は、先ほどの『数倍』に膨れ上がっていた。
「――『エア・ランス』!!」
レイの手のひらから、凝縮された大気の超高圧レーダーのような光線が放たれた。
至近距離でそれを浴びた魔物は、防御の姿勢をとることすら許されず上半身の魔力障壁ごと、
文字通り一瞬で「塵」へと分解され消滅した。
残響の轟音が響き渡り完全に消え去っている。
「ひ、ひとりめ、殲滅……です!」
レイは地面にひっくり返ったまま、息を荒くしてVサインを作ってみせた。
残されたもう一体の魔物は、あまりの光景に、完全に硬直していた。
仲間が一瞬で、跡形もなく消された。目の前にいる人間の小僧に。
レイが放った規格外の魔力――かつて魔王の側近だったゼノの魔法そのもの。
ゼノを知る者たちにとっては、あまりにも鮮烈で見紛うはずのない「狼の呼び声」だった。
「……バケモノめ……。ゼノ、貴様、人間に化けて何を育ててやがった……!」
魔物は恐怖に顔を歪め、もはや戦意を喪失して後ろへ飛び退いた。
情報を持ち帰らねばならない。あの小僧は人間などではない――。
「逃がすと思うか」
だが、逃走を図ろうとした魔物の背後に、いつの間にか本物の『魔物』が立っていた。
ゼノの幻術が完全に解け、漆黒の毛並みを持つ巨大な狼の姿が夕闇に浮かび上がる。
その瞳は冷酷な赤に染まっていた。
「我が弟子が、せっかく隙を作ってくれたのだ。手ぶらで帰すわけにはいかん」
ゼノの鋭い爪が、一閃。
短い悲鳴が響き、二体目の追手もまた完全にこの世から殲滅された。
静寂が戻った路地裏で、ゼノはフゥと息を吐き再び人間の姿へと戻る。
そして、まだ地面で大の字になっているレイを見下ろした。
「おい、レイ。いつまで寝ている。起きろ」
「へへ……師匠、腰が抜けて動けないです……。あ、でも追手、やっつけましたね!」
泥だらけの顔で、いつも通りの眩しい笑顔を向けてくる愛弟子。
「……お前というやつは。ほら、捕まれ」
戦いすらも、規格外の才能で笑いに変えてしまう少年を見ながら、
ゼノは額を押さえて深い、深い溜息をつくのと底知れない力をみるのだった。
路地裏での戦闘を終えたレイとゼノは、当初の目的である装備を整えるため
古びた道具屋へと足を運んだ。
「いらっしゃい。……おや、見慣れない二人組だね」
店番をしていたのは、小柄だが横幅があり立派な髭を蓄えたドワーフの主人だった。
「頑丈なロープや杖、装備一式揃えたいんですけど!」爽やかに微笑むがいつも通り。
店の棚にぶつかり、ガラガラと派手な音を立てて崩しそうになった。
「おい、レイ! 触るなと言っているだろう!」
ゼノが素早くレイの首根っこを掴み上げる。
そのゼノの「奥に潜む本物の魔力」と、
不意に漏れ出た狼の気配に、店の奥のカーテンが小さく揺れた。
「……あなた、そちらのお客様は?」
奥から現れたのは、主人の妻だった。
ドワーフの夫とは違い、長い耳と美しい灰色の髪を持つ物静かな魔物(元上位精霊種)の妻。
彼女もまたゼノと同じように人間の姿に変装し、魔界の過酷な追手から逃れ
この街に隠れ住んでいたのだ。
魔物同士、一目で互いの正体と「追われている境遇」を察知した。
「お前さん、この方たちの装備は私に任せて。先ほどの用事を済ませてしまったら?」
「そ、そうか? じゃたのむわ。お客さん、こいつの目は俺よりいいですぜ。安心してくだせい」
夫に席を外してもらい、ゼノとレイを店の奥へと招き入れる。
そして、深刻な面持ちで語り出した。
「あなた方も『あの組織』に狙われているのですか?……。」
ゼノはだってうなづく。
「私も同じです。」
「……居所を知っているのか」
ゼノが鋭い目で問いかける。
「ええ。彼らはこの街の北にある『黒い枯れ谷』の廃砦を根城にしています。
私は気配を消すことができますので街でも気づかれずにすんでいます。
それが数日前から街に紛れ込んでいるのです。ただ、本隊は廃砦の根城集結しているはずです」
ゼノの瞳に冷徹な炎が灯った。
「そうか。ならば話は早い。後ろからコソコソ狙われるのは性に合わん。
先にその根城を叩き潰し、一匹残らず殲滅する」
「あの……。私、私は。お手伝いはできません。
うちの人は私が追われていることは知らないんです。
ですから……。」
ドワーフの妻は申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にせんでよい。あやつらはわしらがつぶす。安心してよいぞ。」
「僕も戦います。手伝います、師匠!」
レイが拳を握りしめるが、ゼノはフンと鼻を鳴らした。
「息巻くのはいいが、今の我々には飯を食う金も、
そこへ向かうためのまともな馬車馬を買う路銀もないのだぞ。
大体、お前があんな威力の魔法を放つから……」
「よし! じゃあ予定通り、まずはギルド魔獣討伐クエストを片付けちゃいましょう!
追手をボコボコにしに行くんです!」
ドワーフの妻は、ふっと優しい微笑みを浮かべた。
「頼もしいお弟子さんですね。……では装備とこちらもどうぞ。お使いください。」
彼女が差し出したのは、魔力を生む上質な魔石とドワーフの夫が打った
特製の頑丈なショートソード。そしてわずかではあるが金貨だった。
「すまん、この借りは必ずかえす。」ゼノは丁寧に頭をさげた。
「わあ、ありがとうございます! 大切に使います!」
妻はクスリと笑い、ゼノはテンションのあがったレイをみて深い溜息をついた。
「師匠、今度こそ完璧に魔法をコントロールしてみせますから!」
ふたりは追手の殲滅を誓い、力強く歩き出すのだった。
こんばんは!本日も無事更新できました。お読みいただきありがとうございます。気に入っていただけたら嬉しいです。




