師匠は変装し、弟子はギルドで魔法を放つ
魔物の師匠 ゼノと残念イケメン新人魔術師 レイ。いよいよ街に来ました。無事に冒険者登録します。できます? できるのでしょうか? できるはずです。今日もマイペース。頑張ります。ちなみに、実は師匠もポンコツです。
森を出てから、数日後近く後
遮るもののない青空の下、石造りの立派な城門が見えてくる。
「うわあぁ! 見てください師匠、街ですよ街! 」
「はしゃぐな馬鹿者。子どもじゃあるまいし。・・・・。」
隣を歩く大柄な男が、低く凄みのある声で嗜めた。
元は漆黒の毛並みを持つ巨大なオオカミ人型の魔物――師匠のゼノだ。
今は魔法の幻術を使い、耳と尻尾を隠して「筋骨隆々の凄腕人間の冒険者」の姿に化けている。
しかし、内から滲み出る圧倒的な強者のオーラと、すべてを見通すような鋭い眼光までは隠せていない。
レイはじっとしていられなかった。
・・・・あの時以来だ。物心ついた時には孤児院にいた。
いつもおなかを空かしてた。時々、10歳になると売られていく。
僕は逃げ出したんだ。逃げてあの森へ。師匠のところへ。
サラサラの金髪を陽光に輝かせ、誰もが思わず振り返るほどの端正な顔立ち。
大丈夫。今は師匠がいる。もう、あの時とは違う。
師匠はなにも聞かない。僕はいつものように笑顔になった。
「うわあぁ! 見てください師匠、街ですよ街!
すっごい人の数! あっちの露店からめちゃくちゃいい匂いがします!」
「おい、浮かれるなレイ。口を閉じろ、間抜け面が拍車をかけているぞ」
ゼノを狙う「追手の魔物」どもを一人残らず殲滅するため、二人は森を捨てて旅に出た。
まずはこの小さな都市で装備を整え、路銀を稼ぐ計画なのだが……。
案の定、よそ見をしていたレイは、直進してきた荷馬車の側面に派手に激突した。
「うわっととと!」と不恰好に足をもつれさせ、そのまま地面の泥溜まりへとスライディングしていく。
「……チッ」
ゼノの額に青筋が浮かぶ。
これだ。黙っていれば「どこぞの没落貴族の美男子か」と見紛うほどのイケメンなのに、
動いた瞬間にこれである。
「痛たた……へへ、やっちゃいました。でも見てください師匠!
泥まみれになっちゃいましたよ!」
泥だらけの顔で、満面の眩しいイケメンスマイルを浮かべるレイ。
その純粋すぎる笑顔に、ぶつかられた馬車の御者も、周囲の通行人も、
怒るどころか「……ま、前を見て歩けよ?」「怪我はねえか、お兄ちゃん」と、
毒気を抜かれて苦笑いしている。
ゼノは深いため息をつき、隠したはずの狼の耳がイライラでピクピクと動く幻覚を覚えた。
「レイ。我々の目的を忘れたわけではあるまいな。
追手はいつこの街に現れてもおかしくない。
まずはギルドへ行き、冒険者登録を済ませて路銀を稼ぐぞ。……おい、聞いているか?」
「あ! 師匠! あそこのお肉、一本買っていいですか!?」
「人の話を聞け、この大馬鹿者が!!」
ゼノの拳が、レイの脳天に優しく(しかし一般人なら気絶する威力で)ゴツンと落ちる。
「いたたた!」と頭を押さえるレイをゼノは大きな手で首根っこを掴み、
文字通り引きずりながら冒険者ギルドへと歩き出した。
賑やかな大通りを抜け、ゼノに首根っこを掴まれて引きずられてきたレイは、
ついに目的の冒険者ギルドの重厚な扉をくぐった。
一歩中に入ると、そこは酒場の熱気と荒くれ者たちの視線が交差する、
いかにもギルドらしい空間だった。しかし、二人が入ってきた瞬間、喧騒がピタリと止まる。
誰もが、先頭に立つ金髪の少年に目を奪われたのだ。
泥を拭ったばかりのみずみずしい肌、彫刻のように整った鼻梁、そして優しげな垂れ目。
イケメン小僧のレイがそこに立っているだけで、
薄暗いギルドに一筋の聖なる光が差し込んだかのようだった。
「ひゃあ……っ、い、いらっしゃいませ……!」
受付のカウンターにいた女性職員は、レイと目が合った瞬間、
顔を真っ赤にしてうっとりと身を乗り出した。完全にハートを射抜かれている。
「こんにちは! あの、僕たち冒険者の登録をしたいんです!」
レイは満面の輝かしいスマイルを浮かべ、差し出された登録書に向き合った。
「では、こちらの書類にお名前と必要事項を……」
気合を入れすぎたレイは、突如として手元を滑らせた。
バネ仕掛けのインク瓶の角にペン先が引っかかり、大量の黒インクがレイの顔面へと
盛大にぶちまけられる。
「ぶふぉっ!?」
さっきまでの絶世の美男子はどこへやら、顔の右半分が真っ黒になったレイが
「目が、目が開かない〜!」と手をバタバタと振る。
「ああっ!? だ、大丈夫ですか、ハンカチを……!」
慌てる受付嬢の後ろから、深いため息が聞こえた。
「どけ、レイ。お前には荷が重すぎる。私が書く」
幻術で人間の大柄な戦士に化けている師匠のゼノが、呆れ果てて前に出た。
レイの首根っこを掴んで後ろに下がらせると、無造作に羽ペンを掴む。
(まったく、人間どもの道具は脆くていかん。最新の注意を払わねば……)
ゼノはこれでも力を極限まで抑えたつもりだった。
しかし、元は最強のオオカミ人型魔物。人間の「書く」という繊細な力加減がわからない。
パキッ、メキメキキ……。
ゼノが紙にペン先を触れさせた瞬間、頑丈なはずの木製の羽ペンが、
中央からへし折れ、木っ端微塵に粉砕された。
「……あ」と硬直するゼノ。
受付嬢は「ひえっ」と短い悲鳴を上げて引きつった。
その様子を、酒場スペースから見ていた大柄な冒険者たちが、下品な笑い声を上げて近づいてきた。
「おいおいおい! なんだあ? その顔面インクまみれのモヤシ野郎と、
ペン一本まともに握れねえ筋肉ダルマはよォ!」
「おいおい、ギルドはガキのママゴトをしにくる場所じゃねえんだよ。そのキレイなツラが歪む前に、
大人しく家に帰んな!」
ガハハと笑いながら、男の一人がレイの胸ぐらをつかもうと手を伸ばす。
「あ、危ないですから離れてくださいっ!」
レイは反射的に、男の手を払いのけようとした。
同時に、ゼノからいつも言われていた「身の危険を感じたら、すぐに教えた攻撃魔法を放て」という言葉が脳裏をよぎる。
焦ったレイは、呪文を唱えようとした。
「え、えっと、大気の精霊よ、集いて穿て――らん、らす、らんす(槍)!!」
ゼノが教えたのは、風の弾を放つ初級魔法『エア・ランス』だ。
本来なら、大人の拳大の風が飛び、相手をよろめかせる程度のものだ。
しかし、焦ったレイは、魔力の出力調整を完全に忘れている。
さらに、噛んだ呪文が独自の奇妙な術式へと変異してしまう。
ドォォォォォン!!!!
ギルド内に、鼓膜を震わせる爆音が轟いた。
レイの手のひらから放たれたのは、風の弾などではなかった。それは、荒れ狂う巨大な竜巻の槍。
暴風は絡んできた冒険者たちの頭上をかすめ、そのまま一直線にギルドの最奥へと突き進む。
バキバキバキ、ドシャァァン!ときれいな音を立てて、ギルドの頑丈な石壁が綺麗な円形にくり抜かれ、外の景色が丸見えになった。
「あ……」
レイはインクまみれの顔で、ぽかんと口を開けた。
ギルド内は、静寂に包まれた。しんと静まり返り、誰もが呼吸を忘れている。
絡んできた冒険者たちは、腰を抜かして床にへたり込み、カタカタと歯を鳴らしていた。
ほんの数センチ軌道がズレていれば、自分たちの肉体ごと消し飛んでいたのだ。
その圧倒的な破壊力に、ベテランたちも完全に言葉を失っている。
「あちゃー……間違えちゃいました……へへ、ごめんなさい」
「ごめんで、すっ、すむかああああああああ!」
レイは頭をかいて、インクと泥にまみれた顔で「てへっ」と笑った。
その背後で、ゼノは折れたペンの残骸を握りしめたまま、深く、深くため息をついた。
(追手が来る前に、この街のギルドが出入り禁止になるかもしれんな……)
オオカミ師匠の胃痛の種は、増える一方だ。
「おい、おい見たかあの壁……。特級防護魔法が施された、ドワーフ特製の特岩石だぞ……。
それを、呪文を詠唱すら満足にせず、一撃で消し飛ばしやがった……!」
「…。あれはわざとだ! 自らの圧倒的な魔力を誇示し、俺たちを怯えさせるための、高位魔導士にしか許されない漆黒の戦化粧に違いねえ!」
「間違いない……。あの異様なまでの美貌、底知れぬ魔力。
あいつは……隠れ住んでいた伝説の大魔導士の血を引く天才だ!!」
誰かがそう叫んだ瞬間、ギルド内の空気が一変した。
完全に斜め上の大勘違いが爆走している。
受付嬢にいたっては、頬を染めてトランス状態に陥っていた。
「ドジなフリをして、実は世界を滅ぼせるほどの天才魔導士……。
ギャップが……ギャップが尊すぎます、レイ様ぁ!」
「わるいが、登録をすすめてくれ。それと、依頼をうけたいのだが・・・・」
ゼノの言葉に受付嬢はギルドの奥から「とっておき」の羊皮紙を引っ張り出してきた。
「レイ様、そして守護戦士様! 本来なら新人が受けられないランクの依頼ですが、
お二人の実力ならふさわしいかと! 街の近くの鉱山に、凶暴な魔獣が棲みついて困っているのです。
報酬も破格です!」
「よし、それを受ける」
ゼノが強引に依頼書を引ったくる。
これ以上この場所にいたら、レイのドジがさらに別の勘違いを生んで、宗教でも開かれかねない。
ゼノは壊した壁を魔法で修復した。大きく空いた穴はもうどこにもない。騒ぎを聞いて駆け付けたギルドマスターに何とか許してもらい、無事に??? 登録を済ませた二人。
一方残ったギルドマスターと冒険者は、治った壁を見つめていた 。
今日も無事更新できました。この話を気に入っていただけると嬉しです。




