孤独な狼と、恐れを知らない迷い子
顔はいいのにまぬけな弟子レイと心に傷をもつ魔物の師匠ゼノが、いよいよ旅をはじめる・・・はず。です。まだまだ、街は遠い。ふたりでがんばります。
魔族の追手を撃退し、旅立ちの準備を進める中、ゼノは数年前のあの日のことを思い出していた――。
かつて魔王の側近として最強を誇ったゼノは、信頼していた同胞たちに裏切られ、身に覚えのない反逆の罪を着せられた。
深手を負い、血を流しながら逃げ延びたのは、人間も魔物も近づけない、濃密な「瘴気」に包まれた呪われた森。
誰にも心を開かず、ただ静かに朽ちていくのを待つだけの、孤独な日々だった。
そんなある日だった。獲物をかって帰ってくると、ゼノの隠れ家に人の気配が・・・・
魔族とは違う人にしては練られた魔力。
いざという時に攻撃できるよう慎重に家をのぞくと・・・
少ない食料や貴重な魔導具や食料をカバンに詰め込んでいる。
ボロボロの服を着た人間の子供――孤児院から逃げ出してきたという、幼いレイだった。
『……人間の小僧が、よくも私の家に盗みに入ったな』
ゼノは人型のまま、鋭い牙と爪を剥き出しにしてレイを睨みつけた。
普通の人間なら、恐怖で腰を抜かすか、森の瘴気で呼吸すらできずに倒れるはずの光景。
しかし。
「あっ、 すみません! お邪魔してます。」
「・・・・・・。」
「お邪魔じゃないだろう。親戚の家にきた。みたいな挨拶するな。死にたいのか」
「あっ、すみません・・・・・・。おなかがすいて。
それに、おじさんすごい……格好いいから。オオカミ? 獣人?」
レイは恐怖するどころか、キラキラと目を輝かせてゼノを見上げたのだ。
さらに驚くべきことに、レイの身体は、魔物すら衰弱させる森の瘴気を完全に弾いていた。
『貴様、なぜ私の姿を見て怯えない? なぜこの瘴気の中で平然としていられる?』
「え? お腹が空きすぎてそれどころじゃなくて……あっ」
そう言った瞬間、レイは勢いよくつまずき、盗もうとした食料を床にぶちまけ、
自らの頭を机の角に強打して気絶した。
ゼノは呆れ果てた。
だが、裏切りによって凍りついていた心に、なぜか小さな灯がともるのを感じた。
「魔族を恐れない純粋さ」と「異常なまでの瘴気耐性(魔力適性)」、そして「致命的なまぬけ」。
これが、孤独な魔族が、一人のまぬけな天才を弟子に迎えた瞬間だった。
「うわあ……! 師匠、見てください! 木の隙間から、遠くに人間の街の壁が見えますよ!」
森の薄暗い木々の向こうに広がる景色を見つけ、レイは瞳を輝かせた。
整った顔立ちに、陽の光を浴びてきらめく金髪。
黙って立っていれば、どこかの国の王子様かと思うほどの美形である。
けれど、やっぱり足がもつれ、盛大に地面へダイブする。
足元をみるということをしらんのか。なかばあきれている
『レイ。街に着く前に、己の足に躓いて自滅するのはやめてくれ。私の胃がもたん』
やれやれと首を振ったのは、灰色の髪をなびかせる屈強な男――ゼノだ。
頭頂部からのぞく尖った狼の耳と、機嫌悪げに揺れる灰色の尻尾が、彼がただの人間ではないことを示している。
元・魔王の側近という過去を持つ彼は、人間の服を着ていても隠しきれない圧倒的な強者のオーラを放っていた。
「だ、大丈夫です! ほら、服の汚れを払おうとしたら、なぜかポケットが破けましたけど、僕は元気です!」
『全く大丈夫ではない。やはりお前を外に出すのは間違いだったか……』
ゼノが額を押さえて深い溜息をついた、とその時だった。
――グルルルルルッ……!!
地響きのような低い唸り声と共に、前方の藪が激しく揺れた。
現れたのは、普通の猪の三倍はあろうかという巨躯を持つ魔物、ワイルドボアだ。
丸太のように太い牙を剥き出しにし、充血した目でこちらを睨みつけている。
その気性の荒さは、並の冒険者なら一目散に逃げ出すレベルだった。
『チッ、ただの猪か。レイ、ちょうどいい実戦の機会だ。お前が仕留めてみせろ』
「えっ、僕がですか!? よ、よし……やってやります!」
レイは緊張で顔を強張らせながらも、懐からお気に入りの杖を取り出した。
ゼノは腕を組み、弟子の戦いぶりを見守る。
ゼノの元で魔術を学んできた。レイの魔力は規格外だ。
教えた通りの基礎魔法さえ放てば、あの程度の魔物、一撃で消し炭にできるはずだった。
「いきます! 燃え盛る炎よ、我が命に従い敵を撃ち抜け――『火球』!」
レイの杖の先から、凄まじい熱量を孕んだ巨大な火の玉が膨れ上がった。
その威力は、ゼノの予想を遥かに超えるものだった。
『(ほう、なかなかの練度――)』
「わわっ!? な、なんか思ったより大きくなりすぎて重いっ! あ、熱い熱い! 師匠、これどうやって飛ばすんでしたっけ!?」
『……は?』
あろうことか、レイは自分の出した魔法の熱量に慌ててしまい、あわあわとステップを踏み始めた。
案の定、地面から突き出た大樹の根に足を引っかける。
「どわあああっ!?」
『この大馬鹿者がっ!!』
レイは派手にひっくり返り、その拍子に、制御を失った巨大な火球が明後日の方向へとぶっ飛んでいった。
火球は激しい轟音と共に、ワイルドボアの遥か頭上を通り抜け、
背後にそびえ立つ朽ち果てた大木へと直撃したのだ。
ズドォォォォン!!!
激しい爆発音が森に響き渡り、炎を上げてへし折れた大木が、ゆっくりと傾いていく。
一方、無視された形になったワイルドボアは、
「グルア?」と間の抜けた声を上げ、突進する標的を見失って立ち尽くしていた。
ミシ……ミシミシ……ドガシャアアァァン!!!
「ぶひぎゃんっ!?」
運が良いのか悪いのか。へし折れて猛スピードで倒れてきた巨大な大木は、
まるで測ったかのような精密さで、立ち尽くしていたワイルドボアの脳頭部をピンポイントで直撃した。
哀れな魔物は、一太刀も交えることなく、大木の下敷きになって一撃で気絶(沈黙)してしまった。
静まり返る森。
煙が立ち込める中、ゼノは信じられないものを見る目で、倒れた大木と魔物を交互に見つめ、
最後には深々と頭を抱え込んだ。
『……レイ』
「は、はい……すみません、魔法がどっか行っちゃいました……」
地面に這いつくばったまま、レイが涙目で顔を上げる。
『お前……狙ってやったわけではないのだろうな?』
「えっ? いや、ただ手元が狂って、転んだ拍子に発射されちゃっただけで……。
あ、でも魔物は倒せましたね! 結果オーライです、師匠!」
泥だらけの顔で、きらきらとした満面の笑みを浮かべるイケメン弟子。
ゼノは言葉を失い、天を仰いだ。
荒んでいたはずの自分の心が、別の意味で毎日削られていくのを感じながら。
『……先が思いやられる。おい、さっさと立て。その猪の肉を剥ぎ取るぞ。
街で売れば少しは路銀になる』
「はいっ! お肉ですね! あ、ナイフを出そうとしたら、指を挟みました!」
『もう何もするな! 私がやる!』
こうして、大騒ぎの初戦闘を(運良く)終えた二人は、いよいよ人間の街の門へと足を進めるのだった。
読んでくださってありがとうございます。気に入っていただけたら嬉しいです。




