森のおわりと旅立ち
誰も近づかない森をさまよい魔人が隠れる家に盗みに入ったのがこの僕。喰われそうになるが、師匠は許してくれて弟子にしてくれた? 使用人扱いかもしれないけど。
厳しいけど俺には魔術師になる夢があるから。訳アリ師匠と僕は旅に出る。
冷たい霧が立ち込める森の奥深く、大樹の根元に作られた小さな広場で、レイは冷や汗を流していた。
「ち、違うんです師匠! 今のはわざとじゃなくて、その、ちょっと手が滑ったというか……!」
レイは整った顔立ちを歪ませ、くしゃくしゃの金髪をかきむしった。顔だけを見れば、街の女の子たちがこぞって振り返るような抜群のイケメンなのだが、中身は致命的なまでにまぬけだったのだ。
彼の視線の先では、漆黒の毛並みを持った巨躯の魔物――この森の主であり、レイの魔法の師匠であるゼノが、ジト目で自らの尻尾を眺めていた。ゼノの立派な尻尾の先は、レイが放った「着火」の暴走によって、みごとにチリチリに焦げている。
『……レイ。お前が天才的な素質を持っていることは認める。だが、なぜただの生活魔法で私の尻尾が消し炭になりかけるのだ?』
ゼノの地響きのような低い声が、森の空気を震わせる。人間を何人も丸呑みにできそうな鋭い牙が見え隠れしていたが、その声には怒りよりも、どこか呆れたような深い溜息が混じっていた。
「す、すみません……! お詫びに、僕の特製ハーブティーを」
『断る。前回それを淹れようとして、薬草と間違えて痺れキノコを煮込んだのを忘れたか』
「あはは……あの時は僕も三日三晩、口が曲がりっぱなしでした」
てへっ、と照れ臭そうに頭をかくレイ。その屈託のない笑顔には、どんなに大失敗をされても、なぜか調子が狂って許してしまう不思議な魅力があった。ゼノがやれやれと首を振った、その瞬間だった。
――ヒュッ!!
静寂に包まれていた森の空気を切り裂き、一本の黒い矢が放たれた。
「危ないっ!」
レイは反射的にゼノの前に飛び出したはずだった。
が、盛大につまずいて地面にダイブした。
そのおかげで矢はレイの頭上をかすめ、背後の大樹に深く突き刺さる。
矢身からは、どす黒い魔力が陽炎のように立ち上っていた。
『チッ……! 嗅ぎつけてきおったか。しぶとい奴らめ』
ゼノが低い唸り声を上げ、その真紅の目を森の闇へと向けた。
木々の隙間から音もなく現れたのは、不気味な仮面をつけ、漆黒の甲冑を纏った兵士たち――ゼノの命を狙い、世界の果てまで追ってくるという「教団」の暗殺部隊だった。
地面に顔をうずめたまま、レイが顔を上げる。
『レイ、遊びはここまでだ。お前のその有り余る魔力、実戦で使ってみせろ!』
魔物の師匠と、顔だけは良いポンコツ弟子。どこか噛み合わない師弟に、危険がせまっていた。
師匠、あれって……!」
地面に顔をうずめたまま、レイが顔を上げる。
そこへ、仮面の奥から不気味な笑い声を漏らしながら、魔族の暗殺兵が迫る。
『ゼノ、お前の首を魔王様への土産にするぞ……!』
次の瞬間、ゼノの身体が眩い光に包まれた。
漆黒の巨躯が引き締まった人間の輪郭へと変化していく。光が収まった後に現れたのは、灰色の髪に鋭い狼の耳と尻尾を残した、野性味溢れる屈強な男(人型)の姿だった。
『フン、我が魔力を恐れて小細工か。レイ、さっさと立て!』
「は、はいっ!」
慌てて立ち上がったレイは、師匠から教わった攻撃魔法「烈風刃」を
唱えようとする。しかし、緊張のあまり呪文の最後を噛んでしまった。
「喰らえ! 烈風……じ、じん……神社!?」
暗殺者がニヤニヤ。「……⁇……そんな奴になにができる」
『何を神頼みしている、このバカ者が!』
ゼノがイライラしはじめる
完全に不発かと思われたが、レイの桁外れの魔力は、言い間違えた「神社(鳥居の形)」のイメージをそのまま具現化。
空から巨大な光の鳥居が猛スピードで降ってきた。
レイをバカにしていた魔族の暗殺兵たちをまとめて押し潰してしまった。
「…………。」
『……おい、今のは何の魔法だ?』
「えっと、風で敵を吹き飛ばすはずが、なぜか物理で圧殺しちゃいました……へへっ」
頭をかくレイに、ゼノは額を押さえて深くため息をつく。
教団や国ではなく、同じ魔族の同胞がここまで追ってきたということは、もはやこの森も安全ではない。そして、このままレイをここに囲っておいても、魔法のコントロールは身につかないと確信した。
『レイ、荷物をまとめろ。この森を出るぞ』
「えっ!? ついに僕の冒険が始まるんですか!?」
『勘違いするな。お前の暴走魔法でこれ以上私の家を壊されたくないのと、追手の根源を叩き潰しにいくためだ』
はじめまして。ゼノとレイを気に入ってもらえたうれしいです。前途多難ですが、成長していくふたりをよろしくです。




