東雲色の御守り
※
「もうこんな時間か、ほんと酷い目にあったな」
廊下の振り子時計は午前一時を指していた。
なんやかんやあって、あの後は勉強をし続けていたものの、やはりノルマに追いつけていない現状。俺は軽い気分転換にと、一度部屋を出ていた。
「俺の転入はまだ先だから宿題とかに関してはなくて安心なんだが……」
今はただ、とにかく先が思いやられる、その一言につきるといったところ。
三女による英語レッスンは置いとくとして、問題はそれ以外の二人。
まだシラフのときの状態が分からないが、無駄に包容力を押し付けてくる長女。完全に悪者スケベが印象付けられてしまっている次女。
第一印象は思ったよりも覆すのが難しいらしいが、嫌な予感がしてならないな。
少し軋む廊下を歩いていると、何やら奥の部屋でまだあかりがついているのを見つける。消し忘れの可能性も考慮しつつ、部屋の戸を開けると——————
「まだ誰かいるのか……って」
「何しに来たのスケベ」
「開口一番それかよ」
縁側がすぐ奥に見えるその部屋、女の子らしく座りながらこちらを見るのは黒髪系ギャルこと、次女千尋だった。
気が強いというか何というか、今こうやってみるとまた刺股の痛みがぶり返してしまいそうだな。そういう意味では、一番印象に残っているのかもしれない。
俺は勉強の時常時アドレナリンが出ていると思ってるから大丈夫だが、彼女に関しては眠そうな目をなんとか開けながら机の上で作業をしているようで、隣には布団があり、いつでも寝れる状態も作っている。
「こんな遅くまでお仕事か、巫女は大変そうだな」
「あなたも勉強意外と頑張ってるみたいだしこっちも負けてられないわ」
「あぁ……そう」
皮肉混じりにかけた言葉だったんだが、帰ってきたのは労いの意味を含んだかのようなもの。
本人は無意識で言っているようだが、思わず意表をつかれた。
「へぇ〜、お守りかあ」
このまま帰るのも何か変だと思い、彼女のしている作業を少し覗くと、オレンジ色のお守りを自作していた。
「でもオレンジなんて珍しい色使うもんだな」
「触らないで! この穢れ!」
俺が一つ手にとって見ようとすると素早く彼女は回収する。
確かに他所の人間には触らせたくないよな。これは俺がいけなかった。
「しかもこれはオレンジじゃなくて東雲色よ」
「東雲色?」
「ええそうよ」
彼女は大事そうに俺から取り返したお守りを直しながら言う。よく見れば他の物も自作とは思えないほど綺麗な形をしていた。彼女は軽く紹介するように続ける。
「これはうちに来てくださった方に渡すお守りで、代々の巫女が心を込めて作ってきたの」
「渡すって……もれなくか?」
俺は耳を疑った。
いくら人が来ない神社だったとしても、参拝客全員となれば労力が半端でない。加えて、恐らくここの神社の巫女は三姉妹だけだ。それを手作りでやるなんて……。
「当たり前よ。神様は平等、人間と神をつなぐ巫女という存在ならば抜けがあってはならないわ」
「呆れるな……俺ならその時間使って勉強するよ」
「このくらいは当たり前の話」
ギャルはギャルでも巫女は巫女だ。
生半可ではやらず、しっかりと自覚を持ってやっている。それが責任感によるものだったとしても、やってるだけで大したものだ。当然のように言う彼女に俺はまた意表をつかれる。
すると彼女は数十個のお守りを一ヶ所に集め、神に祈るように手を合わせた。
目を瞑ってこう唱える姿は一瞬、見たことない誰かが重なって見えた気がした。妙にどこか懐かしくて、それでいて優しさに溢れている。
「この小さな結びのなかに、千歳の加護を込めました。どうか、あなたの一歩を照らす光となりますように」
さっきまでいじっていた俺だったが、言葉を返せなくなる。
「……」
「あなた、どうして泣いてるの?」
「え?」
驚いた様子でこちらを見上げる次女。
頬を手でなぞってみると、どうやら俺は涙が溢れていたらしい。薄く湿っている。
淡くぼやけた視線の先に、長女、三女と同じ東雲色のアクセントカラーを次女でも見つけた。
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