こんぐらいなら構わないよな
いつもありがとうございます♪
※
「ごちそうさま」
俺がそう言って箸を置くのとほとんど同時に、三人の声も重なる。
「「「ごちそうさまでした」」」
それぞれの食器を重ねる音が、居間に和音となって響く。
長女は大きく背伸びをしながら椅子から立ち上がり、三女は両手で茶碗を抱えたまま「ふぅ」と満足そうに息を吐いている。この姉妹ほんとよく食べるな、という感想は心の奥にしまっておいて、自分の茶碗と汁椀を手に、俺も流しへと向かう。
『食べる時間があるなら勉強』――そんなことを掲げて朝ごはんを抜いていた俺からすれば、こんな何気ない時間ですら新鮮だった。
「そのまま横に置いといて」
一番早く立っていた次女が、蛇口をひねりながらこちらを軽く見て目配せする。
「お前、いつも洗い物ばっかやってないか?」
「これは私の仕事なのよ。暇ならさっさとみんなの分も運んでちょうだい」
嘆息混じりに袖を捲りながら次女は言う。その手つきを見れば、長年の積み重ねなんだろうというのは嫌でも分かった。
「ここはコイツに任せるから、二人は外の掃除やってもらっていいかしら?」
「「はーい」」
慣れた手つきでスポンジを手に取る次女の頼みに、二人は声を揃えてそのまま外へ向かっていった。
「随分扱いに慣れてるんだな」
「別にそんなことないわ。ちゃんとやらなかったらご飯を抜くだけよ」
「あぁ、そういう……」
何? と不思議そうにこちらを見る次女を、俺は軽く受け流す。二人ともこれに慣れてるのか、それとも『抜く』と言っても結局は食べさせてもらえるのか。どちらにしろ真偽を聞くのはおっかないし、やめておこう。
思っていることが少しでも顔に出ないよう気をつけながら、俺は言われたとおり皿を何回かに分けて運んでいく。
このテーブル、結構デカかったんだな……。
そしてちょうど最後の茶碗を重ねて持っていった時、手は動かし続けたまま、次女が口を開く。
「明日のことなのだけれど、一つあなたにお願いしたいことがあるわ」
「……お願い? とりあえず聞いとこうか」
俺は持っていた茶碗を流しに下ろし、次女らしからぬ『お願い』とやらに耳を傾ける。
「別にそこまで身構えることじゃないわ。ただ、行き先を私に決めさせてもらいたいの」
「……え? 行き先って、あのどこへ行くかって話か?」
「それ以外に何があるのよ」
俺は視線を落とした。
実を言えば、今日掃除になった時点で、明日こそ俺が考えていた最適の場所へ連れて行くつもりでいた。
遊園地や水族館みたいな派手な場所じゃない。次女のことをちゃんと知りながら、俺自身のことも知ってもらえる。そんな場所がようやく頭の中で一つにまとまりかけていた。
だから正直……少しだけ惜しい。
けれど。
俺にとって大事なのは、どこへ行くかじゃない。約束を守ることと、お見合いとして一日付き合うこと。それだけだ。
それに、この辺をよく知っている次女が選んだ方が、きっと楽しめるだろう。俺があの人に電話で謝れば済む話だ。
少しの間考え込んでいた俺を心配したのか、彼女は手を止めてこちらを見る。
「そんなに困る予定だったの?」
一拍置いてから、少し言いづらそうに続けた。
「キャンセル料がかかるとかいうなら……そんなのは私が払うわよ?」
「お金の話かよ! まったく……こっちは謝りたくもない相手に頭下げなきゃいけないのにさ」
ラフに突っ込んでため息混じりにそう返すと、次女はほんの少しだけ分からないような顔をしたあと、誰にも気づかれないくらい小さく吹き出して、再び洗い物を始める。
「なんだか私が悪者みたいじゃない。ま、あなたのペコペコする姿は私も見てみたいわね」
ジト目で横を見ながら、ちょいと煽ってくる次女。あの時と変わらないな。
「あーごめん間違えたー」
「は?」
俺は蛇口から少しだけ指先へ水をつけ、そのまま彼女へ軽く弾いた。
「ちょっ……!」
頬へ飛んだ数滴の水に、次女が目を丸くする。
「じゃ、俺は窓拭いてくるからな」
「待ちなさい! このアホんだら!」
背中へ飛んでくる声を聞かなかったことにして、俺は颯爽と居間を後にした。




