俺は嫌いじゃない
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千尋編第2話!
※
「ふぁ……」
欠伸を噛み殺しながら居間へ降りる。
昨日は遊園地を朝から閉園間際まで歩き回っていたせいか、体の節々がほんの少しだけ重かった。筋肉痛というほどじゃないが、普段使わない疲れがまだ体の奥に残っているような感覚だけがある。
なんとか階段を降りる途中、味噌汁の匂いが鼻をくすぐる。最近はもう慣れてきてしまったが、落ち着いた心地がするのは悪くないよな。
痛みを気にしていたくせに自然と腹が鳴りそうになって、ちょいと息を吐く。
居間では長女・未来がソファに寝転がりながらテレビを眺めていた。朝の情報番組ではお馴染みのキャスターが桜の開花予想がどうとか言っている。
「あ、おはよー蓮っち」
「……おう」
彼女はみかんを剥きながら俺に手を振る。
壁にかけられた振り子時計を見ると、もう九時を少し回っていた。
今日は一応昼から周る予定だったので、時間に関してはあまり問題ない。
「珍しいじゃん。蓮っちがこんな時間まで寝てるとか」
「休日なら寝坊ってほどでもねぇだろ?」
「でも早起きでもないでしょ〜」
こちらを見ずにくすくすと笑われるが、別に否定するほどのことでもない。
少しあたりを見回しつつ、とりあえず冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いだ。
長女はその音に気付いたのか、「私も飲むからちょーだい」とソファから腰を上げてこちらへやってくる。
俺はとりあえず一杯だけ飲んで、もう一度注ぎながら長女に尋ねた。
「まだアイツは寝てるのか?」
「ん〜どうかな。遊んだ次の日だし、多分寝てるんじゃない?」
「日によって違うのか?」
「え、何蓮っち。まさか女の子の私生活把握しようとしてるの……」
「違えよ」
わかりやすく引く長女。ちょっぴり深掘りしただけでこれなんだから、女心というのはいつまでも理解できそうにない。
「はい」
「え?」
「麦茶だよ、飲むんじゃねえのか?」
俺が注いでいたのを見ていたからてっきり待っているのかと思ったが、俺が渡そうとすると彼女は俺とコップを交互に見る。
「一応言っとくが毒なんて持ってねえぞ?」
「いやいや、そんなことは気にしてないけど……じゃあ、いただきます」
俺はどうしてそこまでドギマギしているのかが分からなかったが、別に大したことじゃないだろう。
彼女は俺をチラチラと見ながらゆっくり飲み始める。男としては豪快にプハー!なんて言って欲しいものだが、それは性別の隔たりということで。
隣にいる長女を見ながらそんなことを思っていると、台所から次女・千尋が顔を出した。
「起きてたのね」
「あぁ」
「朝ご飯出来てるわよ。二人とも座って」
短いやり取りだけれど最初の頃みたいな気まずさや嫌悪はもう無い。
俺が席へ座ると、次女が味噌汁を置き、長女もテレビを消して向かいへ腰を下ろす。
そのタイミングを見計らったように、廊下からぱたぱたと落ち着いた足音が聞こえた。
「お、おはよぉ……」
寝癖を隠すことすら諦めた三女・紗理奈が、半分閉じた目のままふらふら歩いてくる。
「顔、やばいけど」
次女は前髪を指差してド直球にそう言う。顔は真顔だが、姉妹仲ということにしとこう。
「うぅ〜だってぇ〜」
三女は慌てて手櫛で直そうとするものの、当然そんな程度では直らない。
未来が吹き出した。
「久しぶりに見るぼさりなだぁ」
「わ、笑うなあ!」
「もう……先に顔洗ってきなさい」
コップを両手で大切そうに持ちながら笑う長女とプンスカする三女。
いつか見たときのように次女がそれを静止させる。今度はやれやれとしながら。
「はぁい……」
来た道を引き返してまたふらふらと洗面所へ消えていく。
「相変わらずね」
次女が呆れたように笑う。
その表情を見て、昨日の夜とは違って家の空気がいつも通りに戻っていることを何となく感じた。
♢
数分後。
髪を整えた紗理奈も席へ着き、四人揃って朝食が始まる。
「それじゃあいただきます」
「「「いただきまーす」」」
鳥の囀りさえ聞こえてしまう静かな朝。
昨日までのように喧騒を巻き起こすような話題も出ず、その代わりに、味噌汁を啜る音や箸の触れ合う音だけが居間へゆっくり流れていた。
ゆっくりと食べ進めていく中、不意に千尋が口を開く。
「今日は掃除をするわ」
「……掃除?」
思わず聞き返す、お見合いは?の意味も含めて。
「春休みもあと少しだし、前に途中で終わったところもあるの。だから今日は、先に家のことを済ませる日にするわ」
「だから今日はお出掛けなっしんぐ〜」
未来は先に聞いていたらしく、しっかりとお見合いがないことを補足する。
「……そう、なのか」
俺は今日も普通に行く気でいたので、少々驚く。
お茶碗を片手に持ちながら、斜め前を俯く俺を見て、次女は聞いてくる。
「何か文句あるの?」
「いや大丈夫だ」
昨日の疲れが残っているなんて口には出さないけど、一日くらい休めるならその方がありがたい。
運に恵まれたと言っていいのか分からないが、ありがたくこの恩は受け取っておこう。
「なら決まりね」
次女はそれ以上理由を説明せず、また一口シャケを口に頬張った。
掃除と言われれば掃除をするだけだし、俺からもう尋ねることもないな。
「でもさあ〜、終わったら何か食べたいよね〜」
静かになりかけていた空間に、未来が語りかけるようににんまりと笑う。
「まだ始まってもないのに……また太るわよ」
「あ!それは禁句!」
隣でボソッと呟いた次女にしっかりと突っ込む長女。
そうか……太ってたのか。
「いやでもねぇ。やる気を出すにはご褒美が必要なんだよ、ちひろちゃん」
「そうそう、分かってないなあ〜」
いつのまにかそこには三女も加わっていた。
二人とも腕を組み、ふむふむとどっかの堅苦しいおっちゃんを演じているようだ。
そんな二人をジト目で見ながら、次女は深くため息をつく。
「とりあえず、終わってからね」
「「やたー‼︎‼︎」」
イェーイ!と箸を置いてハイタッチする二人に、また次女は注意する。
そんな何でもないやり取りを横目に、俺は味噌汁を一口飲む。
何とも言えない温かさが体へゆっくり染みわたっていくこの感じ、俺は嫌いじゃない。
そして、ちょっぴりうるさいこんな朝食も……
俺は嫌いじゃない




