夜風の吹く境内で
※
―――東雲紗理奈―――
「じゃ、おやすみぃ」
適当に手を振りながら私は居間へ戻る。
後ろでおにーさんが何か言いたがってたような気もするけれど、まぁいいや。
今はそんなことよりも、少しだけ考えたいことがあった。
居間には誰もいない。
みらねぇはお風呂でちひろねぇは自室。
連続ドラマだけが静かに音を流していた。
私はソファへと飛び込む。
柔らかいクッションに体を預けながら、ぼんやりと天井を見上げた。
「ふーん……」
誰に聞かせるでもない声が漏れる。
別に深い意味はない。
ただ今日のお姉ちゃんを思い出していただけ。
デートから帰ってきた時。
私たちがからかっていた時。
そして、さっき縁側でおにーさんと話していた時。
どれもいつものお姉ちゃんだったのに、少しだけ違った。
説明しろと言われてもそれは出来ない。
機嫌が良かったとか、楽しそうだったとか。
そんな簡単な言葉では表しきれない何か。
長年一緒に暮らしているからこそ分かる微妙な変化。
恐らくそういうものだった。
「まぁ、楽しかったんだろうね」
当たり前と言えば当たり前だ。
私の記憶が正しければ男付き合いなんてほぼないし、私含め妹が2人いるのだから我儘はきっとそれなりに慎んでいた。
だから相手側に予定を組んで貰ったデート。
それだけでも彼女なら十分楽しそうである。
でも多分、それだけじゃない。
もし本当にそれだけなら、お姉ちゃんはあんな顔をしない。
私は何となくスマホを取り出した。
特に見るものがあるわけじゃないのに、画面を眺める。
そうして指だけが勝手に動いていく。
「おにーさんねぇ……」
最初に会った時の印象は今でも覚えている。
むっつりで、スケベで、でも賢そう。
そして少しだけ警戒心が強い。
まぁ実際、その辺は今も変わっていない気がする。第一印象が変わらない珍しいパターン。
だけど当初と少し違うのは...。
「意外とちゃんと見るんだよなぁ」
人のこと。
みらねぇのことも。
ちひろねぇのことも。
そこには私も入ってるかもしれない。
少なくとも興味がない相手を見る目じゃなかった。
そして、だからこそ。私は少しだけ面白いと思った。
「知ろうとしてるんだよね」
またぽつりと呟く。
それはお見合いだから、とか。家族になるかもしれないから、とか。思いつく理由なんていくらでもあるけど。
でも、彼はきっとそれだけじゃない。
多分あの人は元々そういう人間。
面倒臭がりなのに、人付き合いが得意そうでもないのに。冷たいスタンスでいくと誓っていたのに。
一度向き合うとちゃんと見ようとする。
だからきっとお姉ちゃんも嬉しかったんだ。
縁側であんな顔をしていたのにも合点がいってしまう。
「そっか」
小さく笑う。なるほどね。
考えてみれば少しだけ分かった気がする。
...でもね、おにーさん。
「だからって簡単にはいかせないよ」
私は寝返りを打つ。天井が横向きになった。
みらねぇはみらねぇで、ちひろねぇはちひろねぇで、そして私は私。
同じやり方で上手くいくとは思えない。というよりも、上手くいかせる気はあまりない。
せっかくなら面白い方がいいよね?
せっかくなら予想外の方がいいよね?
その方が思い出に残るでしょ?
その方が私らしいんだよ、きっと。
「ふふっ」
思わず笑みが漏れた。
きっと今頃、おにーさんは何か考えている。
デートプラン?行き先?はたまた当日の流れとか。
真面目だからその辺はしっかり準備しているんじゃない?でも。
「残念だったねぇ」
少しくらい振り回されてもらわないと。
少しくらい困った顔をしてもらわないと。
私はスマホを開いて、昼間見つけたページを表示する。
画面には県内でも少し変わった体験施設の案内が映っていた。
三女はしばらく画面と睨めっこし続けたが、満足そうに頷く。
「うん」
悪くない。
むしろ最高かもしれない。
おにーさんがどんな反応をするのか、今から少し楽しみになってきた自分がいる。
窓の外では夜風が木々を揺らしている。
静かな神社の夜の中、私の頭の中だけは、次の予定でいっぱいだった。
さて、どこまで付き合ってくれるのかな、おにーさん。




