相手を知るということは
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東雲神社の夜は静かだった。
昼間は参拝客の声で賑わう境内も、日が沈めばまるで別の場所のようになる。住居から漏れる明かりも少なく、聞こえてくるのは風に揺れる木々の音と虫の鳴き声くらいだった。風呂へ入る前に少しだけ涼もうと思い、俺は縁側へ腰を下ろしていた。
『私のこと、ちょっとは分かった?』
観覧車の中での言葉をどうしても思い出してしまう。
最初は派手な人という印象しかなかった。
ギャルなんてものは俺の中で偏見の塊みたいな存在だったし、実際に会ったばかりの頃は苦手だったと思う。
けれど今は少し違う。
舞の日もそうだった。
参拝客に呼び止められれば足を止めるし、子供に声を掛けられれば手を振り返す。
忙しそうなくせに、そういう時だけは不思議と急がない。今日だって気付けば誰かの相手をしていた。
そういう姿ばかり思い出す。
―――そこまで考えた時だった。
背中の方から戸が開く音が聞こえ、俺は振り返る。
「あれ?」
出てきたのは手にタオルと着替えを持った長女だった。
どうやら風呂へ向かう途中らしい。
「蓮っちこんなとこいたんだ」
「なんとなくな」
「黄昏れてる?」
「違う」
「本当に〜?」
そう言いながら俺の前までやって来る。
風呂前だから座るつもりはないらしい。
「今日はありがとね」
不意にそんな言葉が飛んできて、少しだけ目を瞬く。
「急だな」
「いや、ちゃんと言ってなかったなって」
長女は少し照れたように頭を掻く。
「楽しかったよ」
「…ああ」
返答するまでに少しかかった。
だがそれでも長女は満足そうに笑う。
「うん」
気まずさはない短い沈黙。
あくまでちょっとした間という感じの。
「じゃ、お風呂入ってくるね」
そう言って長女は俺の後ろを歩き出した。
数歩進んだところで、ふと思い出したように言葉を残して。
「あとさ」
「?」
「前よりは、って結構嬉しかったよ」
そう言って笑うと、今度こそ風呂場の方へ消えていった。
また静かになった空間で、俺は小さく脱力する。今日一日を思い返してみても、振り回された記憶しかない。それなのに。
「楽しかった、ね……」
人生でそんなことを言われた記憶はほとんどなかった。
だから返し方が分からない。
「なあにニヤニヤしてんのぉ?」
「…はぁ」
聞き慣れた声に俺は顔だけ振り返る。
「聞いてたのか?」
「途中からねー」
悪びれる様子もなく三女は隣へ腰を下ろした。
「仲良くなったんだね」
「どうだろうな」
「お姉ちゃん、嬉しそうだったよ」
そう言われて長女が消えていった方向を見る。
確かに機嫌は良さそうだった。
「まぁ今日は楽しかったんじゃないか」
「ふーん?」
三女は夜空を見上げる。
少し考えるような顔。
「おにーさんってさ」
「なんだ」
「めっちゃ嘘つきだね」
予想外の言葉だった。俺は聞き返す。
「そうか?」
「うん」
即答だった。
「家族のようには接しないとか決めちゃってる割には、恋人みたいに向き合うんだもんねぇ」
「いやそれは……」
ふふふ、と笑う三女と共に俺を嘲笑するかのような夜風が吹く。
三女の前髪が少しだけ揺れた。
「でもさ」
彼女は俺を見る。
「私のことは…結構難しいと思うよ?」
「知ることがか?」
「That’s Right〜」
楽しそうに笑う。
長女と似たことを言っているはずなのに、使う英単語だけは違った。
冗談半分にも見えるし、本気にも見える。
正直よく分からない。
「そういえば」
今度は三女が話題を変えた。
「私のプラン、考えてるんでしょ?」
「一応な」
お見合いの一環だ。
行き先くらいは考えておくのがエスコートする側の基本。
「もう決まってる?」
「まだ候補段階だ」
「へぇ〜」
三女は少しだけ口元を緩めた。
妙に意味深な笑い方だった。
「なんだその顔は」
「別に?」
絶対に別にじゃないのは、誰かさんに似たこの雰囲気であからさま。しっかりと顔に出ている。
「じゃあ一応聞いとくけど」
三女は身体ごとこちらへ向ける。
「そのプラン、本当に上手くいくと思ってる?」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよぉ」
そう言って彼女も立ち上がった。
そして数歩進んだところでまた振り返って。
「おにーさんの考えてる通りには、きっとならないから」
「なんでそう言い切れる」
「そりゃー私が私だからかな☆」
意味不明なギャルピースが飛んでくる。
本人だけは満足そうだった。
「まぁきっと楽しい思い出は作れるよ」
「おい」
「あーあーそれと」
三女は思い出したように付け加える。
「高いとこは平気?」
「は?」
「うん、平気そうだねー」
何も答えていない。
なのに勝手に納得していた。
「待て」
「じゃ、おやすみぃ」
手をひらひら振りながら、三女は居間の方へ消えていく。
残された俺は再び夜空を見上げた。
あいつが何を考えているのかは分からない。
ただ、最初から思い通りに進むとも思っていなかった。
相手は東雲紗理奈だ。何も起きない方がおかしい。
でも―――。
未来の時もそうだった。
分かったつもりになった頃に、また知らない顔が見つかる。
俺は重い腰を上げ、立ち上がる。
さて、次はどんな一日になるのやら。
6/23本文改稿、より親しみやすくしました。




