まだ知らない君へ
▽
「蓮っちさ」
「ん?」
観覧車がゆっくりと頂上へ近付いていく。
さっきまで外の景色を眺めていた長女は、不意にこちらへ視線を向けた。
「私のこと、ちょっとは分かった?」
突然の質問だった。
けれど、その表情はいつものような悪戯っぽいものではない。
返事は待っている。ただ、急かすつもりもなさそうだった。
俺は少し考える。
ちょうど二週間前、初めて三人と出会った日のこと。
派手で距離感が分かってなくて。
よく喋る酒飲みで。
キレ方が半端じゃなくて。
思い返してもあまり良い思い出はない。
正直なところ、三人とも苦手なタイプだと思っていたし。
―――でも。
「前よりは」
述語を付けずに俺がそう答えると、長女は満足そうに笑う。
「ほんと?」
「あぁ」
「例えば?」
「例えばか……」
納得していないのか、それとも単純に気になっただけなのか。改めて聞かれると難しい。
しばらく考えてから、俺は思ったままを口にした。
「面倒見がいい」
「おぉ」
「打算で動かない」
「おお!」
「あと結構無理する」
その瞬間。
長女の笑みが少しだけ柔らかくなった。
「君はお見通しだね」
そう言って彼女は窓の外へ視線を戻す。
夕焼けに染まり始めた街並みと、どこまでも続く空。
静かに流れていく景色を眺めながら、彼女は小さく笑う。
「私もさ」
「ああ」
「蓮っちのこと、前よりは分かったよ」
「……そうか」
「うん」
俺もそれ以上は求めなかった。
聞けば何か返ってきたのかもしれないけれど、窓の外を見る彼女につられて、俺も視線を外へ向ける。観覧車は静かに頂上を越えていた。
俺は舞の日、彼女が境内を走り回っていた姿を思い出す。
参拝客に呼び止められて、子供にも手を振られて。
それでも何か聞かれれば足を止める。
忙しそうなくせに、そういう時だけは不思議と急がない。
今日だってそう。
連れていこうとする割には、俺をチラチラ見るし。
展示が見えない子がいたら前側を譲る。
気付けば彼女は、誰かの相手をしていたんだ。
でも…パフェが運ばれてきた時だけは違った。
あれだけ喜んでいたくせに、俺と目が合った瞬間だけ平然とした顔を作ろうとする。
全然隠せてなかったけど、きっと本人は気付いていない。
気付いていないから、あんな風に出来るんだろう。
ゴンドラはゆっくりと下降を始める。
俺はまだ、長女の好きなもの、嫌いなものすら知らない。
今日一日一緒にいたはずなのに、分からないことばかり増えていく。
けれど―――。
そんな彼女を俺はもっと知りたい。
それだけで今は十分。きっとな。
※
―――東雲未来―――
「ただいま〜」
神社の境内へ足を踏み入れる。
夕方の空気は昼間の暑さを忘れるぐらいにひんやりしていた。
もしかしたら自分が走り回っていたからなのかもしれないけど。
蓮っちは何か買いたいものがあるらしく、一日中繋いでいた手はいつもの二人の関係にもどっている。それなのに左手には感触が残っている気がして、ウチは何となく手を握ってしまう。
「おかえり〜!」
玄関の戸を開けると、聞き慣れた声が飛んでくる。
「あ、お姉ちゃんだけなんだ」
「酒は飲んでないな」
「流石に飲まないよ……とは言いきれないね」
居間には妹たちがいた。
どうやら紗理奈が英語を教えていたらしい。
ワークや辞書が沢山ある。
「それでどうだったの? デートは」
「まあお見合いのためのね」
「はいはい」
絶対に信じてない顔をする紗理奈。勘だけは鋭いのがこの妹ちゃんの厄介なところなんだよね。
私は疲れたようにため息を吐いて、荷物を置く。
すると千尋がウチをじーっと見ていた。
「……楽しかったみたいね」
「え?」
「顔」
そう言われて思わず頬を触る。
隠せてなかった?まあ触っただけで分かるはずないんだけど。
「別に普通だけどなあ……」
「「へぇ〜?」」
二人は見透かしたような笑みを浮かべる。
悔しいような嬉しいような、いつもこんな顔される時はロクな事じゃないのに。
なんか恥ずかしい。
「……まぁ、それなり?かな」
「今の間で全部分かった」
「もお! うっさい!」
ウチは分かりやすく怒る。
千尋も紗理奈も笑う。
いつものウチらの景色。
だけど……私は暗くなった窓の外を見て今日一日を思い返す。
観覧車の中で並んで見た景色。
パフェを前にしてはしゃいでいた自分。
恋人繋ぎなんて柄じゃないと思いながら、それでも最後まで手を離さなかったこと。
気付けばウチは口が緩んでいた。
「……よし」
小さく呟く。
「何か言った?」
「ううん、なんでもない」
ウチは立ち上がる。
今日だけで全部分かるはずないって最初から思ってたことだった。
きっと長く一緒にいる人だし、少しずつ感覚で掴められればいっか。なんて軽い気持ちで行くつもりだった。
なのに。
「ウチは彼をもっと知りたいんだ」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。
知りたいことも知ってほしいことも、今日だけでまた増えた気がしてならない。
時間をかければと思うことほど、早ければ嬉しい。
今日という日を思い出の中へ残しながら、ウチは部屋へと歩き始める。
ゆっくりと一人で―――。
今度は笑って、今日を振り返りたいな。
皆様、いつもありがとうございます!!
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6/24本文改稿より親しみやすい文章にしました。




