第百七十四話「議会制への移行」
帝都、大議事堂。塩化爆弾事件から三ヶ月が経過していた。巨大な円形ホールには、帝国の要人たちが集まっている。歴史的な日だった。帝国六百年の歴史で初めて、議会制度が正式に導入される日。
ニーナは玉座から立ち上がり、集まった貴族たちを見渡した。
「本日をもって、カーカラシカ帝国は新たな時代を迎えます」
彼女の声は堂々としていた。しかし、その瞳の奥には、誰にも見せない計算が潜んでいる。
「議会制度の導入により、より多くの声が政治に反映されることでしょう」
拍手が起こった。特に大きく手を叩いているのは、ギルガメシュ・ナブだった。彼の顔は喜びに輝いている。長年の夢が、ついに実現したのだ。
「また、本日付けで、ナブ家を第四の大公爵家として認定します」
会場がざわめいた。これは予想外の発表だった。六百年間、三大家だったものが、四大家になる。
ギルガメシュは深々と頭を下げた。
「光栄の極みでございます、陛下」
イナンナ・ベオルブは苦い顔をしていた。ナブ家の格上げに反対だったが、移民政策での功績と、議会制推進での影響力を考えれば、反対しきれなかった。
エンキドゥ・ボムは静かに頷いた。時代の流れだ。変化を受け入れるしかない。
エレシュキガル・イシュタルは無表情だったが、内心では計算していた。四大家になることで、権力バランスがどう変わるか。
「議会は月に一度開催され、帝国の重要事項を審議します」
ニーナは続けた。
「私は立憲君主として、議会の決定を尊重します」
また拍手。表向きは、女帝が権力を手放す寛大な決断に見えた。
議会の後、ニーナは執務室に戻った。セラフィナが待っていた。
「準備は進んでいます」
「そう」
ニーナは窓の外を見た。
「研究機関の設立は?」
「極秘裏に進行中です。表向きは、アンデッド対策の研究施設として」
「いいわ」
ニーナは振り返った。
「議会に権力を渡したように見せて、実際は違う」
セラフィナは頷いた。女帝の真の狙いを理解している数少ない一人だった。
「地上の政治なんて、もうどうでもいい」
ニーナは呟いた。
「もっと大きなものを目指す」
その頃、ナブ家の屋敷では祝賀会が開かれていた。
「ついにやったぞ!」
ギルガメシュは上機嫌だった。
「公爵家の一員だ!」
家臣たちが次々と祝いの言葉を述べる。
「これも、ギルガメシュ様の長年の努力の賜物です」
「議会制度も導入され、新しい時代の幕開けです」
ギルガメシュは満足そうに頷いた。すべてが自分の思惑通りに進んだのだ、帝国の権力により迫る地位を手に入れることができたのだ。
「とうとう我々の時代だ!」
東の国では、マサムネが新政府の樹立を宣言していた。
「我々は、帝国との新たな関係を築きます」
融和派が主導権を握り、過激派は完全に排除された。タケゾウの死は「狂気による暴走」として処理され、彼の名誉は地に落ちた。真実を知る者は、もういない。使節がやってきて、彼の遺体を運び、彼らの家族に帝国の移住を勧めた。キモン一族という稀有なサムライの一族はカーカラシカという枠組みの中に取り入れることになった、行き場を失っていた彼らは、ニホンの北の大地から徐々に交流を深めていくことになる。
「帝国の議会制移行は、我々にとってもチャンスです」
マサムネは希望に満ちていた。
「対等な関係を築ける」
夜、ニーナは一人でアジョラの隠れ家から持ち帰った資料を読んでいた。
「月面基地...宇宙船...」
母が残した驚異的な技術。これがあれば、地上の枠を超えられる。
「星の海へ」
彼女は呟いた。議会制?そんなものは、目くらましに過ぎない。真の権力は、技術と知識にある。そして、それを独占するのは自分だ。
扉がノックされた。
「入って」
ガランが入ってきた。
「議会制、本当にいいのか?」
「いいも悪いも、時代の流れよ」
ニーナは資料を隠しながら答えた。
「それより、怪我は?」
「もう大丈夫だ」
ガランは近づいてきた。
「ニーナ、何か隠してないか?」
鋭い。ニーナは微笑んだ。
「さあ、何のこと?」
「議会制をあっさり受け入れすぎだ」
「民主的でいいじゃない」
「そんなもんか? けどお前の仕事は減りそうではあるけどよ…」
ニーナは立ち上がり、ガランに近づいた。
「あなたは私を信じる?」
「そりゃあ…」
「仕事が減るなんてとんでもない! 私はもっと上の次元にいくの!」
彼女はガランの頬に手を当てた。
「私たちの冒険はまだまだ続くわ!」
「そ、そうか、まあ俺はお前の言うことに文句はねえよ」
ガランは複雑な表情で頷いた。ニーナが何か大きなことを企んでいるのは分かる。
新しい時代が始まった。表向きは議会制民主主義。だが、その裏で、一人の女帝が壮大な計画を進めていた。星の海へ向かう、人類の新たな一歩を。




