第百七十二話「三人の修羅場」
病室の扉が開き、ニーナが入ってきた。その気配を察した船員たちは、空気を読んで次々と退室していく。モニカが最後に意味深な視線をガランに送って、扉を閉めた。
病室には三人だけが残された。ニーナ、ガラン、そして謎の金髪女性。
ニイナは病床で身を起こし、興味深そうに二人を見比べた。六百年生きて、初めて見る光景だった。自分の子孫たちの恋愛模様。これほど面白い見世物はない。
「で?」
あからさまに、きつい感じの威圧感あふれる一言だった。
「この女は一体何なの?」
ニーナの第一声は、予想通り直球。赤い瞳に宿る嫉妬の炎を隠そうともしない。
ニイナは内心でほくそ笑んだ。このエンターテインメントに自分も参加できるなんて、なんて素敵なのだろう。
「どうも、その節は、女帝陛下」
ニイナは優雅に頭を下げた。
「私は、ちょっとした互助会 エクリスの琴 のリーダー…ナブ家とは...深い繋がりがありまして」
ガランの顔色が変わった。何を言い出すつもりだ、という焦りが表情に出ている。
「今回の移民政策を進めるために、ギルガメシュ様に雇われました」
ニーナの眉がぴくりと動いた。
「ガラン様とは、とても仲良くさせていただいてます」
ニイナは意味深に微笑んだ。
「そうね...大体一年前から。お仕事を頼まれる前から、個人的な交流がありまして」
ニーナの顔が凍りついた。一年前。それは自分がガランと別れた時期と重なる。
「つまり...私と別れた直後に、この女と?」
声が震えている。怒りか、悲しみか、あるいは両方か。
ガランは慌てて首を振った。
「違う!そうじゃない!」
「じゃあどういうことよ」
「いや、その...」
ニイナが追い打ちをかけた。
「前もお話ししましたっけ? 夜遅くまで二人きりで過ごすこともありましたわ」
技術的には嘘ではない。予知夢の検証で夜通し話し合ったことは何度もある。だが、言い方が実に思わせぶりだった。
「時には朝まで...」
「適当言ってんじゃねえ!」
ガランが叫んだ。顔は真っ赤になったり青くなったりを繰り返している。
「本当のことを言え!なあ、ニーナ!」
彼は必死の形相でニーナに向き直った。
「この女は俺たちの先祖で、初代女帝のニイナ様なんだよ!」
一瞬の沈黙。そして、ニーナの眉が釣り上がった。
「はあ?」
「本当なんだ!六百年生きてて」
「んなわけないでしょ!」
ニーナの声が病室に響いた。
「六百年前に国葬したのよ!墓もある!帝都で一番大きい霊園にあるでしょうが!」
「あれは偽物で...」
「適当言ってんじゃないわよ!」
ニーナは頭を抱えた。恋人が他の女と浮気したかと思えば、今度はその女が六百年前の先祖だと言い出す。正気を疑いたくなる。
ニイナは楽しそうに口を挟んだ。
「ガラン様とは、とても親密な関係を築かせていただいて」
彼女は意味深に自分の髪を撫でた。
「彼、とても優しいのよ。特に夜は」
「なっ...」
ニーナの顔が真っ赤になった。怒りで体が震えている。
「おい!変な誤解を招くようなこと言うな!」
ガランが叫んだが、ニイナは涼しい顔をしている。
「誤解?何が誤解なの?」
「全部だ!」
「でも、一緒にいたのは事実でしょう?」
「それは...仕事の話で...」
「仕事!?」
ニーナの声が冷たくなった。
「どんな仕事!?服を着る必要がない仕事!?」
「違う!」
ガランは必死だった。額に汗が浮かんでいる。
「予知夢の話をしてただけで」
「また予知夢!?」
ニーナは呆れたように首を振った。
「都合が悪くなると予知夢。便利な言い訳ね!」
ニイナがくすくすと笑った。
「実際彼の寝顔は可愛かったわ」
「寝顔!?」
ニーナの法力が暴発しそうになった。病室の空気が熱くなる。
「ちょっと待て!それは違う!」
ガランは必死に弁解しようとしたが、言葉が追いつかない。
「疲れて寝落ちしただけで...」
「一緒に寝たの?」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味よ」
三人の声が入り乱れ、病室は修羅場と化していた。
ニイナは心の中で大笑いしていた。六百年生きて、こんなに楽しい時間はなかった。若い二人の慌てふためく姿が、実に微笑ましい。
「あのね」
ニイナが優雅に立ち上がった。痛みをこらえながらも、威厳を保っている。
「私たちの関係は、とても特別なものよ」
彼女はニーナに近づいた。
「でも安心して。あなたから奪うつもりはないわ」
そして、小声で囁いた。
「応援してる。彼は、あなたを愛してる」
ニーナは混乱していた。この女性は敵なのか、味方なのか。嘘をついているのか、本当のことを言っているのか。
ガランは二人の間でおろおろするばかりだった。真実を話したいが、信じてもらえない。かといって、このままでは誤解が深まるばかり。
病室の外では、船員たちが聞き耳を立てていた。
「すごい修羅場だな」
「船長、がんばれ」
中では、まだ三人の問答が続いていた。




