第百六十八話「最後の一発」
エリドゥ港、深夜。海上に浮かぶ小型船の影を、ニイナの配下が発見した。元海賊のジンが、双眼鏡で観察している。
「姐さん、妙な船が」
ニイナは港の倉庫の屋上から海を見渡した。月明かりに照らされた船影。通常の貿易船にしては動きが不自然だ。
「夜陰に紛れて何かを運んでいる」
カインが低く呟いた。
「恐らく、あれだ」
ニイナの顔が青ざめた。予知夢で見た光景が、現実になろうとしている。
その頃、ガランは帝都上空を飛行中だった。通信機を手に取り、ニーナへの直通回線を開く。
「ニーナ、聞こえるか」
執務室で書類に向かっていたニーナが、突然の通信に顔を上げた。
「ガラン?どうしたの、こんな時間に」
「今すぐエリドゥを離れろ」
ガランの声は切迫していた。
「塩化爆弾が運び込まれちまった。予知で見た。お前が危ない」
ニーナは一瞬息を呑んだ。だが、すぐに冷静さを取り戻した。
「分かった。すぐに避難する」
「本当だな?約束しろ」
「ええ、約束する」
通信を切ったニーナは、すぐにセラフィナを呼んだ。
「エリドゥ港に向かう。警備隊を集めろ」
「陛下?」
「塩化爆弾が持ち込まれた可能性がある」
セラフィナの顔が青ざめた。
「では、避難を」
「私が行く」
ニーナは断言した。ガランには避難すると言ったが、女帝として民を見捨てることはできない。
「危険です!」
「だからってしっぽ巻いて逃げるわけにはいかないわ」
ニーナは既に動き始めていた。
エリドゥ港。ニイナとルカヴィたちが、船に接近していた。
「静かに。まだ気づかれていない」
ザガンが手にした探知機が反応を示した。
「間違いない。塩化爆弾が近くにあるはずだ」
その時、船から数人の人影が降りてきた。過激派の残党たち。その中心には、ケンジの側近だったヤマトがいた。
「急げ。夜明け前に起動する」
彼らは大きな金属の箱を運び出した。塩化爆弾。最後の一発。
ガランは必死で飛空艇を操縦していた。エリドゥまであと三十分。間に合うか。
突然、彼の通信機が鳴った。ニイナからだった。
「ガラン、聞こえる?」
「ニイナ様」
「港に来て。過激派が塩化爆弾を持ち込んだ」
「くそっ! 急いでるとこだ! そっちでできることをしてくれよ!」
ガランは進路を変えた。港へ直行する。
エリドゥ港の倉庫街。過激派は爆弾の設置を進めていた。
「これで帝国も終わりだ」
ヤマトが呟いた。タケゾウの死、ケンジの死、全ての仇を討つ。
「待て」
低い声が響いた。ニイナが姿を現した。金髪が月光に輝いている。
「誰だ」
「愛国者ってとこかしらねテロリストさん」
ニイナは微笑んだ。だが、その目は笑っていない。
「その玩具、危ないから預からせてもらうわ」
「殺せ!」
ヤマトの命令で、サムライたちが刀を抜いた。青白い法力が刃を包む。
ニイナは軽やかに避けた。六百年の戦闘経験は伊達ではない。
「カイン、ザガン、アモン」
三人のルカヴィが現れた。それぞれが凄まじい殺気を放っている。
戦闘が始まった。サムライたちの剣技は確かに優れていた。だが、ルカヴィたちは不死身に近い。斬られても、すぐに再生する。
「化け物か!」
サムライの一人が叫んだ。
その時、上空から飛空艇が急降下してきた。ガランだった。
「ニイナ様!」
ガランは飛空艇から飛び降りた。炎を纏った剣を抜き、サムライたちに斬りかかる。
「ガラン!」
ヤマトがガランを認識した。
「タケゾウ様の仇!」
「そこまで尊敬してたんなら、あいつの言うこと聞いとけよ! くそっ!」
ガランは容赦なく攻撃した。鉄嵐流の技が、次々とサムライたちを倒していく。
ニイナと共闘することで、形勢は一気に帝国側に傾いた。
だが、ヤマトは爆弾の起動装置を作動させた。
「もう遅い!三十分後に爆発する!」
デジタル表示が赤く光り、カウントダウンが始まった。
「解除方法は」
ガランが詰め寄った。
「知るか!どうせ皆死ぬ!」
ヤマトは狂ったように笑った。
ニイナは冷静に爆弾を観察した。
「解除は無理ね。構造が複雑すぎる」
「じゃあ」
「海に沈めるしかない」
「そ、それでうまくいくのか?」
「海水で反応を抑制させましょう、塩を塩に変えるのは無理よ、ちょっと遠めの沖で爆発させれば…」
ガランは頷いた。
その時、遠くから帝国軍の号令が聞こえてきた。ニーナが率いる部隊が到着しつつあった。だが、まだ距離がある。
「待ってたら間に合わねえ!」
ガランは爆弾を見つめた。時間は刻一刻と過ぎていく。このままでは、エリドゥが塩の墓場と化す。
「飛空艇に積むわよ!」
ニイナが決断した。
「海中で爆破させる」
二人は協力して、重い爆弾を持ち上げた。だが、サムライたちが邪魔をする。
「逃がすか!」
激しい戦いが続く中、時間だけが無情に過ぎていく。あと二十分。エリドゥの運命が、風前の灯火だった。




