第百六十七話「国際査察団」
東の国、奥深い山脈の麓。国際査察団を乗せた大型飛空艇が着陸した。各国の代表と監視員、総勢五十名。彼らの表情は厳しかった。塩化爆弾という禁忌の兵器が開発されていたという事実は、国際社会に大きな衝撃を与えていた。
マサムネが査察団を出迎えた。若い彼の肩には、東の国の運命がかかっている。
「ようこそ、東の国へ」
彼は深く頭を下げた。
「まず、お伝えしたいことがあります」
北方連合の代表が眉をひそめた。
「何だ」
「過激派との内紛は、既に終結しました」
マサムネは瓦礫と化した研究施設を示した。三日前の爆破の跡がまだ生々しい。
「これは」
「タケゾウ率いる過激派と、我々融和派の戦いの結果です」
マサムネは用意していた書類を差し出した。タケゾウの遺書のコピーだった。
「全ての責任は、タケゾウ個人にあったと」
西方諸国の女性代表が遺書を読み上げた。
「塩化爆弾の開発も、彼の独断だったと書いてある」
「はい。彼は狂気に取り憑かれていました」
マサムネの声には悔しさが滲んでいた。実際、タケゾウは最後まで理性的だった。だが、今はその真実を語ることはできない。
国際監視員の一人が瓦礫を調査していた。
「確かに、激しい戦闘の跡がある」
「塩化爆弾は」
「破壊されました。残骸がこちらに」
マサムネは、回収された金属片を見せた。完全に機能を失った、ただの屑鉄だった。
その頃、ガランは高速飛空艇で帝都へ向かっていた。操縦席で、彼は不安に駆られていた。予知夢が警告している。まだ危機は去っていない。まだ、帝都で炸裂するはずの塩化爆弾が残っている。
「どうなる…」
彼は速度を上げた。エンジンが唸りを上げる。
帝都、執務室。ニーナは査察団からの第一報を受け取っていた。
「鎮圧は問題なく完了、査察団も納得したようです」
セラフィナが報告書を読み上げる。
「タケゾウの死亡も確認。遺書により、全責任を認めています」
「そう」
ニーナは安堵の息をついた。最悪の事態は避けられた。国際社会も、一人の狂人の暴走として処理するだろう。
だが、なぜか胸騒ぎが収まらない。ガランが急いで帰ってきているという報告も気になる。何か、まだ終わっていないことがあるのか。
東の国、査察現場。
「過激派の生存者は」
国際監視員が尋ねた。
「ごく少数です。既に拘束されています」
マサムネは老技術者ゴロウを連れてきた。彼は憔悴しきっていた。
「私が、塩化爆弾の開発に関わりました」
ゴロウは震える声で証言した。
「しかし、最後は自分の手で無力化しました。もう二度と、あんな兵器は」
監視員たちは頷いた。技術者の後悔は本物に見えた。
「他に、塩化技術を知る者は」
「いません。資料も全て破壊されました」
これは事実と違った。実は、ケンジの側近の一人が、予備の爆弾と共に逃亡していた。だが、マサムネはそのことを知らない。
査察は順調に進んでいた。施設の残骸、死亡者リスト、生存者の証言。全てが、タケゾウ個人の暴走という筋書きを裏付けていた。
「これなら、東の国への制裁は最小限で済むだろう」
北方連合の代表が呟いた。
「首謀者は死に、施設は破壊され、技術も失われた」
南海同盟の代表も同意した。
「後は、再発防止策を」
マサムネは深く頭を下げた。
「新政府として、全面的に協力します」
夕方、査察団は一応の満足を得て、宿舎へ引き上げた。明日以降、より詳細な調査を行う予定だが、大筋では問題なしという評価だった。
マサムネは安堵していた。最大の危機は乗り越えた。後は、融和政策を進め、東の国を立て直すだけだ。
だが、彼は知らなかった。エリドゥに向けて、最後の塩化爆弾を積んだ飛空艇が、密かに飛び立っていたことを。
ガランは、その不穏な未来を予知夢で見ていた。白い塩と化すエリドゥ、逃げ惑う人々、そして、その中心にいるニーナ。
「間に合え、間に合ってくれ」
彼は祈るように呟いた。帝都まで、あと二時間。だが、それでは遅すぎるかもしれない。
彼は通信機を手に取った。ニーナへの直通回線。彼女だけは、今すぐ避難させなければ。
一方、エリドゥの地下では、ニイナが不穏な気配を感じ取っていた。
「何か来る」
彼女の予知能力が警鐘を鳴らしている。カインたちルカヴィも、緊張の色を見せた。
「全員、配置につけ」
最後の戦いが、始まろうとしていた。




