第百六十六話「父の贖罪」
施設の最上階、朝日が差し込む広間で、ガランとタケゾウの剣が激しくぶつかり合っていた。金属音が響き渡る。二人だけの空間で、戦いが続いていた。
「なかなかやるな」
タケゾウが呟いた。額に汗が滲んでいる。
「あんたこそ」
ガランも息を切らしていた。演技とはいえ、手を抜けば見破られる。ある程度は本気で戦わなければならない。
階段から足音が聞こえてきた。帝国兵が近づいている。タケゾウの目が一瞬鋭くなった。
「来たか」
彼は構えを変えた。今までとは明らかに違う、本物の殺気が立ち上る。
「おい、まさか」
ガランが警戒した瞬間、タケゾウが動いた。本気の一撃。青白い法力を纏った刃が、凄まじい速度でガランに迫る。
反射的に受けるガラン。だが、その威力は想像以上だった。押し込まれ、壁際まで後退する。
「何を」
「証人が必要だ」
タケゾウは低く呟いた。そして、さらに激しい連撃を繰り出す。
メルベルとセラフィナが広間に駆け込んできた時、目にしたのは死闘を繰り広げる二人の姿だった。
「ガラン!」
メルベルが加勢しようとしたが、ガランが手で制した。
「来るな!これは俺の戦いだ」
タケゾウが横薙ぎに刃を振るう。ガランは紙一重でかわし、反撃に転じた。炎を纏った剣が、タケゾウの防御を崩す。
一瞬の隙。タケゾウは大きく踏み込んだ。必殺の突き。だが、その切先が、わずかに、本当にわずかだけ、急所を外れていた。
ガランはその瞬間、全てを理解した。この男は、本気で戦いながら、最後の最後で手を緩めた。死ぬために。息子の仇として、堂々と戦ったのだと、死後の評価のためだ。
ガランの剣が、タケゾウの胸を貫いた。
血が噴き出す。タケゾウは膝をついた。刀が手から滑り落ちる。
「タケゾウ!」
ガランが駆け寄り、倒れる体を支えた。
「すまない...迷惑をかけたな」
ガランの声が震えていた。この男にもあるいは、ガランを殺すことも可能だったはず、息子の無念を晴らした父親として、仲間の元に戻ることも可能だった、が、彼はそれを選ばなかった。
タケゾウは血を吐きながら、それでも微笑んだ。
「かたじけない」
彼の目から、一筋の涙が流れた。
「リュウジ...」
息子の名前を呟く。
「すまない…お前との約束を破った…」
声が次第に小さくなっていく。ガランは強く手を握った。
「あんたと息子のことは、すげえ奴だって、みんなにばっちり伝えといてやる、家族にもほかの連中にも文句は言わせねえ」
「そうか...」
タケゾウの目が、遠くを見つめている。もう、この世のものを見ていない。
「東の国を...頼む」
最後の言葉を残し、タケゾウは息を引き取った。
ガランはしばらく、動けなかった。手には、まだ温かい血が付いている。命の重さが、ずしりと肩にのしかかる。
メルベルが近づいてきた。
「終わったな」
「ああ」
ガランは立ち上がった。タケゾウの遺体を、丁寧に横たえる。
「遺書がある」
セラフィナが、タケゾウの懐から封書を取り出した。血で汚れていない、大切に守られていた手紙だった。
「全ての責任は自分にある、か」
メルベルが内容を確認した。
「塩化爆弾の開発も、過激派の指導も、全て自分の独断だと」
「今わの際の言葉がそうだった、そういうことにしといてくれよ…」
「なるほどな」
メルベルが色々と納得したようだった。
「ずいぶん見込まれたもんだ、好都合でもあるし、しょうがないな」
階下では、戦闘が終息していた。過激派の大半は死亡、生き残った者もわずかだった。ケンジも、最後まで抵抗して命を落とした。
老技術者ゴロウは、塩化爆弾の完全な無力化に成功していた。
「これで、もう二度と」
彼は安堵の表情を見せた。自分の罪が、少しは償えただろうか。
「施設の爆破準備完了」
ブレイド隊員が報告した。
「三十分後に爆破する。全員退避」
メルベルが命令を下した。
ガランは、タケゾウの遺体を担いだ。
「家族のところに返してやらねえと…」
「ああ」
メルベルも頷いた。敵ではあったが、男としての死に様は見事だった。
施設から離れた丘の上で、一同は爆破を見守った。轟音と共に、研究施設が崩壊していく。塩化爆弾も、過激派の野望も、全てが瓦礫の下に埋もれた。
「これで、国際査察団には内紛で瓦解済みと報告できる」
ガランは空を見上げた。青い空。平和そうに見える空。だが、どれだけの犠牲の上に、この平和が成り立っているのか。
タケゾウの最後の笑顔が、脳裏から離れなかった。息子に詫びながら死んでいった父親。自分もいつか、同じような選択を迫られるのだろうか。
「ガラン」
メルベルが肩を叩いた。
「終わったんだ。お前のおかげで、最悪の事態は避けられた」
「ああ...」
だが、ガランの表情は晴れなかった。予知夢で見た未来は変わりつつある。だが、完全に危機が去ったわけではない。まだ、やるべきことが残っている。




