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第百六十四話「タケゾウの決断」



連盟本部の一室で、ガランは渋い顔をして手紙を見つめていた。タケゾウからの正式な果たし状。武士の作法に則り、息子の仇討ちを申し込む内容だった。


「行かないわけにはいかねえな」


ガランは呟いた。ボロスが心配そうに見ている。


「罠かもしれない」


「そうだとして、向こうの息子をやっちまった身としてはな…不意打ちじゃないだけましだろ」


先日の密談を思い出す。タケゾウの提案は、まさに武士の切腹に等しい。自分の名誉と命を差し出し、国を救おうとしている。そして自分は、介錯人に指名されたようなものだ。


「処刑台で晒し者になるくらいなら、名のある敵と戦って死にたいってとこか」


ガランは理解していた。武士としての矜持。謹んで受けるしかない、しかもこれでエリドゥの惨劇を回避することが現実的に視野に入ってくるのだ。


夜、エリドゥの古い酒場。ニイナが四人のルカヴィ幹部と密談していた。


「査察の間、私はここに残る」


ニイナが告げた。


「塩化爆弾がエリドゥに持ち込まれないよう、全ての輸送路を監視する」


カインが頷いた。


「地下組織の連中を総動員します。港、陸路、全てに目を配らせます」


「頼むわ」


ニイナは立ち上がった。六百年かけて築いた地下ネットワーク。アウトローたちの忠誠は、金でも恐怖でもなく、初代女帝への畏敬から来ている。


「ザガン、お前は技術面から」


「承知しました。塩化反応の兆候があれば、すぐに察知できるよう準備します」


アモンも続いた。


「共和主義者の仲間にも協力させます。彼らも塩化爆弾は望んでいません」


ニイナは満足そうに頷いた。表の権力は失ったが、裏の世界では今も絶大な影響力を持っている。


帝都、執務室。ニーナは査察団の編成を確認していた。メルベル率いる軍事査察団、国際監視員、そしてガラン。


「本当にガラン様を同行させるのですか」


セラフィナが不安そうに尋ねた。


「前も言ったはずよ、彼はこの件の第一人者」


ニーナは書類にサインしながら答えた。だが、内心は不安でいっぱいだった。タケゾウとの因縁、過激派の抵抗、そして塩化爆弾。危険要素が多すぎる、正直ガランが死ぬということも十分に想定される。


「メルベル」


「はい」


「ガランを守って」


「お任せを」


東の国、研究施設。タケゾウが幹部たちを集めていた。


「査察団が来る」


重い声で告げる。


「我々は、最後まで抵抗する」


若い戦士たちが気勢を上げた。だが、タケゾウの表情は暗い。


「ケンジ、塩化爆弾の状況は」


「完成間近です。あと二日あれば」


「急げ。だが」


タケゾウは念を押した。


「使用は私の命令を待て」


「はい」


ケンジは頷いたが、その目には不満の色があった。なぜ躊躇するのか。せっかくの切り札を。


タケゾウは一人になると、遺書を取り出した。既に書き上げてある。全ての責任を自分に帰する内容。そして、もう一通。ガラン宛ての手紙。


『貴殿との一戦、武士の本懐である。同時に我が民を救う。矛盾した願いだが、貴殿なら理解してくれると信じる、願わくば、息子の名誉もまた証明していただきたい』


翌日、連盟の港。ガランは出発の準備をしていた。モニカが心配そうに近づいてきた。


「本当に行くの」


「ああ」


「ちょっとやばいんじゃないの、どう考えても普通じゃないって…」


「分かってる」


ガランは苦笑した。


「ここまで首突っ込んじまった、もう今更引けないんだ」


アティも不安そうだった。


「ショウから聞いたけど、過激派は本気で殺しに来るって」


「あー、やだやだ」


ガランは淡々と答えた。タケゾウは芝居をするだろうが、他の連中は本気だ。命懸けの戦いになる。


「けど、俺もこう見えて剣の達人だぜ、今までくぐってきた修羅場に比べりゃ楽なもんだ、なあ」


「ずいぶん変なことに首突っ込みましたよね」


「あの時あの法力アーマーからニーナ様が出てきたときにはこんなことになるなんて思ってもみなかったですよ」


ガランは遠くを見つめた。予知夢で見た未来。エリドゥが塩と化す光景。それを防ぐには、この査察を成功させ、タケゾウの計画を完遂するしかない。


その頃、エリドゥの地下。ニイナの命を受けたアウトローたちが動き始めていた。


「全ての荷物を検査しろ」


「怪しい奴がいたら、即座に報告だ」


「東の国からの輸送は特に警戒しろ」


港では、荷役人夫に扮した元盗賊たちが目を光らせる。街道では、行商人を装った密偵が往来を監視する。地下水路では、かつての暗殺者たちが潜んでいる。


「姐さんの命令だ。絶対に見逃すな」


彼らにとって、ニイナは伝説の存在。初代女帝にして、闇の世界の女王。その命令は絶対だった。


査察団の出発前に秘密の部隊が極秘に集まっていた。メルベルが部隊を率いて港に集結させている。重装備の兵士たち、国際監視員、そしてガラン。彼らは表向きの視察の前に全てを都合よく事前に終わらせておくための強行部隊だ、施設を襲撃、相手が内部分裂を起こしたと見せかけ、その後使節団が証拠をあげる、そういう筋書き、全員が選りすぐりの精鋭。


「準備はいいか」


メルベルが問うと、ガランは頷いた。


「ああ」


「お前、ちょいちょいタケゾウと話してたようだな…」


メルベルは鋭い目でガランを見た。


「タケゾウとの因縁は知ってる。お前が今更裏切るなんて思ってもねえが、大丈夫かよ」


ガランは苦笑した。


「お察しの通り、色々と仕込みはあるぜ」


「それをブレイド隊長の、しかも帝国軍元帥の俺に話さないのか、偉くなったもんだな」


「俺を信じてくれ元帥、絶対にうまくやる」


「そこまで言われちゃ仕方ない、期待してるぜ」


メルベルも苦笑した。


「生きて戻れる保証はあるんだろうな、死なれるとお姫様のご機嫌取りが大変そうだからな」


「そりゃ大変そうだ、だが心配はいらねえ、俺はしくじったことなんて一度もねえ」


船が動き出す。東の国へ向けて。運命の査察が始まろうとしていた。


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