第百六十三話「国際会議」
帝都、国際会議場。円形の大ホールには、各国の代表が集まっていた。重苦しい空気が場を支配している。中央の演壇に立つニーナは、女帝としての威厳を保ちながら、集まった代表たちを見渡した。
「諸国の代表諸君、本日の議題は既にご承知の通りです」
ニーナの声が会場に響いた。
「東の国における塩化爆弾の開発。これは全人類への脅威です」
北方連合の代表、白髪の老人が立ち上がった。
「百年前、我が国でも塩化物質の暴走事故がありました。村一つが消えた。あれは物質変換研究の失敗でしたが、それを兵器にするなど言語道断です」
西方諸国の若い女性代表も同調した。
「元々は有害物質を無害な塩に変える、崇高な研究だったはず。物質の変換に伴うエネルギーの放出はほかの応用も大いに期待できる…それを悪用し、全てを塩に変える兵器にするとは」
南海同盟の代表が資料を掲げた。
「我々の調査でも確認しました。数年前のガルガンド市、あの惨劇を繰り返すつもりなのか」
ガルガンド市。その名前が出ると、会場がざわめいた。帝国のテロ組織が引き起こした、史上最悪の塩化テロ。十万人が一瞬で白い塩の像と化した悪夢。それ以来、塩化技術は国際法で厳重に管理されている。
「我が帝国は」
ニーナが再び口を開いた。
「東の国に対し、融和政策を推進してきました。技術指導、文化交流、市民権の段階的付与。しかし、その誠意に対する答えがこれです」
彼女は証拠写真を示した。白い塩と化した廃村の光景。
「我々の前女帝アジョラ九世の研究資料を盗み出し、禁忌の兵器を作り上げた。これは裏切りであり、全世界への挑戦です」
東の国の代表席は空席だった。正式な代表を送ることができなかったのだ。代わりに、マサムネが傍聴席から必死に発言を求めていた。
「発言を許可します」
ニーナが頷くと、マサムネは震える声で語り始めた。
「我々融和派は、この件に一切関わっていません。これは一部の過激派の暴走です」
「一部?」
イナンナが冷たく言った。
「しかし、あなた方の政府は統制できていない。それは国家としての責任放棄では」
マサムネは言葉に詰まった。確かに、タケゾウも過激派を抑えきれていない。
「制裁が必要だ」
北方連合の代表が断言した。
「即座の査察受け入れ、全施設の開放、そして」
彼は一拍置いた。
「責任者の国際法廷への引き渡し」
会場が静まり返った。国際法廷。そこで有罪となれば、極刑は免れない。
その頃、東の国の研究施設では、緊迫した会議が行われていた。
「国際社会が動いた」
タケゾウが重い口を開いた。
「もはや、我々に逃げ場はない」
「だからこそ、先制攻撃を」
ケンジが主張した。
「塩化爆弾があれば、帝国も手を出せない」
「愚かな」
タケゾウは首を振った。
「それは全世界を敵に回すことだ」
「既に敵に回っている!」
若い過激派の一人が叫んだ。
「どうせ滅びるなら、一矢報いるべきだ」
タケゾウは彼らを見渡した。恐怖と絶望に駆られた若者たち。彼らを導けなかった自分の責任は重い。だが、まだ道はある。ガラン・ベルとの密談で得た、一つの可能性が。
連盟本部、密室。ガランとタケゾウが向かい合っていた。
「査察団に、お前も加わるのか」
タケゾウが尋ねた。
「ああ。女帝の許可は取る」
「そうか」
タケゾウは深く息をついた。
「では、提案の詳細を話そう」
彼は地図を広げた。研究施設の見取り図だった。
「査察の際、過激派は必ず抵抗する。私は表向き、彼らと共に戦うふりをする」
「ふり?」
「そして、お前と一騎討ちになる。人払いをして、二人だけで」
ガランは眉をひそめた。
「そこで私を討て」
タケゾウの言葉に、ガランは息を呑んだ。
「何を言っている」
「息子の仇討ち、それが私の義務だ。だが、私が死ねば、全ての責任も私と共に消える」
タケゾウは静かに続けた。
「遺書は既に用意した。塩化爆弾開発は私の独断であり、他の者は従わざるを得なかった、と」
「そんなことで国際社会が」
「納得するさ。死人に口なし。そして、東の国は過激派のリーダーを失い、融和派が主導権を握れる」
ガランは黙り込んだ。この男は、自分の死を以て全てを収めようとしている。
「なぜ、そこまで」
「息子を殺された時、復讐に燃えた。だが、お前の行動を見てきた。お前は、皆を救おうとしている」
タケゾウの目に、諦観の色が浮かんだ。
「私には、もうそれができない。せめて、死を以て償いたい」
帝都、執務室。ニーナは国際会議の報告書を読んでいた。査察団の派遣は決定。期限は一週間後。それまでに東の国が全面協力しなければ、武力行使も辞さない。
「陛下」
セラフィナが入ってきた。
「ガラン様から、査察団への同行願いが」
ニーナは顔を上げた。やはり、彼は行くつもりなのか。危険すぎる。だが、ガランには何か考えがあるはずだ。
「許可する」
「彼は民間人ですが…」
「彼はもはや民間人ではありません、この件の有識者です、過去に塩化爆弾に関わった最も重要な人物でもあります」
ニーナは断言した。セラフィナは驚いた表情を見せたが、頷いて退出した。
夜、東の国タウン。融和派の若者たちが集まっていた。皆、不安な表情をしている。
「もう、帝都にはいられない」
一人が言った。
「でも、どこへ行けば」
「故郷に帰っても、裏切り者扱いだ」
絶望的な空気が漂う。その時、アティとショウが入ってきた。
「皆、諦めるな」
ショウが言った。
「まだ希望はある。マサムネ様が交渉を続けている」
「でも」
「信じよう。融和の道を」
アティが力強く言った。
「私たちが諦めたら、本当に終わりよ」
若者たちは顔を見合わせた。不安は消えない。だが、この二人の言葉に、わずかな希望を見出していた。
一方、研究施設では、最後の準備が進められていた。ケンジが塩化爆弾の最終調整を指示している。
「査察が来る前に、完成させろ」
「はい」
技術者たちが作業を急ぐ。だが、老技術者のゴロウだけは、暗い表情で見つめていた。自分が作り出してしまった切り札。それを使う時が、決起の時が刻一刻と近づいている。




