第百六十二話「暴露」
帝国情報部、地下分析室。薄暗い部屋で、数名の分析官が写真を検証していた。東の国から密かに持ち出された映像記録。白い塩と化した廃村の光景が、紛れもない証拠として机上に広がっている。
「これは間違いなく、塩化爆弾の痕跡です」
老練な分析官が断言した。三十年前、ガルガンド市の惨劇を調査した経験を持つ彼には、この白い結晶の恐ろしさがよく分かっていた。
「東の国が、我が帝国の技術を盗用して大量破壊兵器を開発している。これは重大な背信行為だ」
情報部長官は即座に決断を下した。この情報を国際社会に公開する。帝国単独の問題ではない。全世界への脅威として提示すべきだ。
翌朝、緊急の国際通信が各国に発信された。証拠写真と共に、東の国の違法な兵器開発を告発する内容だった。反応は迅速だった。
帝都、執務室。ニーナは各国からの返信を読み上げる係官の報告を聞いていた。
「北方連合は『人道に対する罪』として最大級の非難を表明。西方諸国も同様です。南海同盟は査察団の即時派遣を要求しています」
ニーナは深く頷いた。国際世論は完全に帝国側についた。だが、彼女の表情は複雑だった。ガランから聞いていた話が現実になりつつある。塩化爆弾。それがもたらす破滅の未来。
「陛下、東の国タウンで騒動が」
セラフィナが駆け込んできた。
「融和派の東の国民が、帝国市民から罵声を浴びています。『裏切り者』『スパイ』と」
ニーナは立ち上がった。これは予想していた事態だ。塩化爆弾の開発が露見すれば、帝国内の東の国民全てが疑いの目で見られる。
東の国タウン、正午。マサムネは必死に同胞たちを落ち着かせようとしていた。広場には、怒りと不安に満ちた顔が集まっている。
「皆、聞いてくれ。我々融和派は、この件に一切関わっていない」
「でも、マサムネ様、帝国の連中は俺たちを全員同じように見ている」
若い商人が訴えた。今朝から、店に来る客が激減したという。
「妻が市場で買い物を拒否されました」
別の男が言った。
「子供が学校で虐められています」
女性の声も上がる。
マサムネは苦渋の表情で彼らを見渡した。必死に築いてきた融和の道が、一瞬で崩れ去ろうとしている。
「私が帝国と交渉する。必ず誤解を解く」
だが、その言葉に力はなかった。本国の過激派が行った愚行の責任を、なぜ自分たちが負わねばならないのか。
連盟本部。ガランはボロスと共に、事態の推移を見守っていた。
「予想通りの展開だな」
ボロスが渋い顔で言った。
「東の国の立場は最悪だ。使節団の派遣の気配が出てきたのはいいが…全面的な制裁は避けられない、追い詰められて勢い余って、なんてことにならなければいいんだが」
ガランは黙って頷いた。予知夢で見た光景が、少しずつ現実になっていく。だが、まだ最悪の事態は防げる。そのためには。
扉が開き、意外な人物が入ってきた。タケゾウだった。
「ガラン・ベル」
低い声で名を呼ばれ、ガランは身構えた。ボロスも緊張の色を見せる。
「話がある。二人だけで」
ボロスは不安そうにガランを見たが、ガランは頷いた。
「大丈夫だ」
ボロスが退出すると、タケゾウは疲れた様子で椅子に腰を下ろした。
「塩化爆弾の件は知っているな」
「ああ」
「私の力不足だ。過激派を抑えきれなかった」
タケゾウの声には、深い後悔が滲んでいた。
「もはや、事態は私の手に負えない。国際社会も敵に回した」
ガランは黙って聞いていた。この男が何を言いたいのか、まだ分からない。
「だが、このまま座して滅びを待つわけにはいかない」
タケゾウは顔を上げた。その目には、決意の光が宿っていた。
「提案がある」
帝都、四大家会議。緊急招集された会議室で、激しい議論が交わされていた。
「即座に東の国への武力行使を」
イナンナが声を張り上げた。
「塩化爆弾など許されない。帝国の威信にかけて」
「待て」
エンキドゥが制した。
「まずは査察だ。国際法に則って」
「悠長な」
「いや、エンキドゥ様の言う通りです」
ギルガメシュが口を挟んだ。
「国際社会の支持を得た今、正当な手続きを踏むべきです」
ニーナは黙って議論を聞いていた。彼女の頭の中には、ガランの言葉が響いている。最悪の未来を避けるため。だが、具体的にどうすればいいのか。
夕方、帝都の街角。アティとショウが身を寄せ合って歩いていた。周囲の視線が痛い。つい昨日まで「融和の象徴」と呼ばれていた二人が、今は「裏切り者とその協力者」と見られている。
「ごめん、アティ」
ショウが小さく謝った。
「俺のせいで」
「馬鹿言わないで」
アティは強く言った。
「あんたは何も悪くない」
だが、ショウの表情は暗い。同胞の中には、既に帝都を離れようとする者も出始めていた。せっかく築いた生活を捨てて。
その頃、東の国の研究施設では、ケンジら過激派が最後の準備を進めていた。
「帝国が攻めてくる前に、先制攻撃を」
若い戦士が息巻いた。
「エリドゥに塩化爆弾を」
「待て」
ケンジは首を振った。
「エリドゥには同胞も多くいるんだぞ、どうかしてる、考え直せ」
だが、彼の統制も限界に近づいていた。追い詰められた者たちは、往々にして暴発する。そして、その時は刻一刻と近づいていた。
夜、ニーナは一人執務室で考えていた。東の国への対応。国際社会の圧力。そして、ガランの予知。全てが絡み合って、出口が見えない。
不意に、扉がノックされた。
「陛下、ガラン様からの密書です」
セラフィナが書状を差し出した。ニーナは急いで封を開ける。
『事態は想定通り進んでいる。だが、まだ希望はある。査察団には俺も同行させてほしい。全て終わったら、真実を話す』
短い文面。だが、ガランの決意が伝わってきた。ニーナは書状を握りしめた。信じるしかない。彼が見ている未来を、彼が選ぶ道を。




