第百六十一話「予知の証明」
明後日と言われた日の朝、ニーナは執務室で緊張した面持ちで書類に向かっていた。表面上は通常の政務をこなしているが、頭の中はガランの予言のことでいっぱいだった。第三埠頭、午後、東の国の若者と帝国商人の諍い。具体的すぎる予言。もし本当なら、ガランの言うことは全て真実ということになる。
「セラフィナ」
「はい、陛下」
「今日の午後、第三埠頭に人を配置して」
セラフィナは首を傾げた。
「何か予定が」
「ある情報筋から、トラブルの可能性があると聞いたわ。念のため、警備を厚くして」
「かしこまりました」
セラフィナは疑問を持ちながらも、命令に従った。ニーナは彼女に加えて、情報部の監視員も密かに配置するよう手配した。もしガランの予言が外れたら、無駄な配置ということになる。だが、もし当たったら。
午後二時過ぎ、ニーナは執務室で報告を待っていた。手のひらに汗が滲む。書類の文字が頭に入らない。そして、扉がノックされた。
「陛下、緊急報告です」
情報部の係官が入ってきた。その表情を見て、ニーナは息を呑んだ。何かが起きたのだ。
「第三埠頭で、予想通りの事態が発生しました」
ニーナは書類を置いた。予想通り。つまり、ガランの言った通りということか。
「詳細を」
「午後二時二十分頃、倉庫前で東の国の若者三名と、帝国の織物商人が口論を始めました。代金の支払いを巡る諍いでした」
ニーナの心臓が高鳴った。時間も、場所も、原因も、全てガランが言った通りだ。
「若者の一人が刀を抜きかけましたが、配置していた兵士が素早く介入し、事態を収めました。怪我人はありません」
「そう...」
ニーナは深く息をついた。ガランは本当に予知能力を持っている。信じがたいが、これは偶然では説明できない。
「陛下、なぜこの場所に兵を」
係官は不思議そうに尋ねた。ニーナは一瞬迷った後、答えた。
「ある情報筋からの通報があったの」
「情報筋と申しますと」
「私独自のものよ、言わないことでその人物も守られる」
ニーナは断言した。ガランが自分にだけ打ち明けたということは、公にしてほしくないということだろう。予知能力なんて、一般には理解されない。下手をすれば、魔女狩りのような事態になりかねない。
「この件は極秘扱い。報告書も必要はない」
「承知いたしました」
係官が退出した後、セラフィナが入ってきた。
「陛下、第三埠頭の件ですが、見事に的中しましたね」
「ええ」
「その情報源というのは」
セラフィナは遠慮がちに尋ねた。ニーナは少し考えてから答えた。
「信頼できる協力者よ」
「ガラン様では」
セラフィナの言葉に、ニーナは顔を上げた。
「…」
「最近、ガラン様はいつも適切な場所に現れます。まるで事前に知っているかのように。今回も、もしかしたらと」
「仮にそうだとして、どう思う? なんで彼はそんなことを知っているのかしら? マッチポンプ?」
「いえ」
セラフィナはまっすぐにニーナを見た。
「ガラン様は、陛下と帝国のために動いてくださっている」
セラフィナは真っ直ぐな目でニーナを見た。
「彼は味方だと、私は信じています」
夕方、ニーナは密かに連盟本部近くまで出向いた。今度は護衛を連れて、公式訪問の体裁を取って。ガランは既に待っていた。
「信じてくれたか」
ガランの問いに、ニーナは小さく頷いた。
「第三埠頭の件、その通りだった」
「そうか」
ガランは安堵の表情を見せた。
「これで少しは」
「でも、まだ分からないことだらけよ」
ニーナは真剣な表情で言った。
「予知能力がどこから来たのか、あの女性の正体、なぜエリドゥが危ないのか」
「時期が来たら、全て話す」
「前もそんなこと言ってたけど、予知とやらでわからないわけ?」
「落ち着いたらはなすぜ、俺だって全知全能じゃないんだぜ」
ガランは苦渋の表情を浮かべた。
「ほんとは、帝国軍がもっとしっかりしてくれてりゃ俺もこんなわけわかんないことしないで済んだんだぜ」
「悪かったわね」
二人は少しの間、無言で向き合っていた。一年間の溝は、まだ完全には埋まっていない。でも、信頼の糸は少しずつ紡がれ始めている。
「それから」
ニーナは付け加えた。
「あの女性とは、必要以上に会わないでよ、プライベートはなしにして」
ガランは苦笑した。
「またその話かよ…」
「どうなのよ?」
「あーわかったよ…」
ガランはあきれた様子でニーナの肩に触れ、ニーナはそれを受け入れた。そのまましばらくのやり取りをして、別れていった。
その夜、ニーナは執務室で一人考えていた。予知能力。そんなものが実在するなんて。でも、現実に証明された。となると、ガランが見ているという「最悪の未来」も本当なのか。エリドゥが塩になる。自分が死ぬ未来、多くの人が死ぬのか? 仮にそうだとしたら自分たちはどうすればいい? ほんの少しの間訪れた、一人きりの時間にニーナはじっとりとした自分の手のひらを開いたり閉じたりして、未来を思っていた。




