わたしたちは怒りを手離しているのも知れない
『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』(瀧波ユカリ著 講談社)の第三十一話のタイトルは「女の怒り」だ。主人公が学生時代から付き合ってきた腐れ縁の星屑オトコと別れて、「男性に怒るのを避けていたら人生がすり減っていた」と述懐する。どうして腹立ちや怒りを露わにしてこなかったかと後悔しきりだ。
いろいろと異論もございましょうが、この漫画で主人公とその友人が語る内容は、そこはフィクションでもあるから、強い表現も使う。また、これはほかでも言われることだが、女言葉に命令形がないということ。
さて、か弱き女性が暴力を振るわれそうになったり、悪口を言われたりした時、言葉でどう対抗するか。その時の台詞をどうする?
「やめろ!」
ではないですよね?
「やめてください」
となりがち。
しかし、「やめてください」は命令形ではない。(動詞の活用の命令形ではないでしょ)
戦後の混乱期、米兵に襲われそうになった日本女性が、”May I help you?”と言ったなんてウソかマコトか解らない話がある。正しく”Help!”とか、「離せ!」とか言って助かったとも考えられないけれど。
NHKで『虎に翼』のスピンオフドラマ『山田轟法律事務所』は山田よねが主人公だ。タイトルに入るもう一人、轟太一は終盤になってやっとの登場だった。焼け跡残る上野で、戦後すぐの活写もあれば、現在も残る問題も映し出された。主人公よねの痛みがこれでもかこれでもかと積み重ねられ、観ているこちらも辛くなる。よねもかの女の姉も、前の憲法の時代には権利が著しく小さな女性であったし、世の中軽く見られがちな水商売に携わっていた。男女両方の街娼がいて、戦災孤児がいて、朝鮮半島にルーツを持つ人たちがいて、被差別部落の出身の法律相談者がいて、空襲での怪我が元で寝たきりのマスターがいる。よねの姉の恋人の米兵は白人ではない。地域を仕切る「や」の付く職業の人とか、顔役とかが出てくる。個別の事案に構ってられない役所関係者もいたか。またGHQの女性士官とその通訳の日本人女性も出てくる。
誰もかれもが生きるのに必死だし、利鞘を得られる立場の人間は上手く立ち回ろうとする。よねは代書屋と法律相談をし、マスターの介護をして暮らす。
いい意味でも悪い意味でもよねは正直だ。にこにこと笑いを作って取り繕わない。不愉快に感じたことを我慢しないで露わにする。
よねは処世術に微笑や媚を使わない。
挨拶や会話で口角を上げない(微笑を浮かべない)女性を、「愛想がない」、「可愛げがない」、果ては「モテないだろう」と評する世の中で、潔いと褒めて真似をするのは難しい。逆に怒りを買って傷付けられる恐れがある。
命を落とした姉がよねを「奪われないよう、舐められないように立派に怒り続ける」と言っていたこと知り、マスターが死に際して「自分の正義を信じてよねちゃんは正しく怒り続けて、正しく不機嫌でいるんだよ」と言い残した。
「好きで怒ってるんじゃない、不機嫌でいるんじゃない」
理不尽な暴力に、差別に、無力さに、よね自身が傷付いている。でも空気を読んで迎合なんてしない。抗う。ぶれることはない。よねは轟太一と再会して、まず「轟法律事務所」を開く。轟は弁護士の仕事を始めた。
司法試験に合格していないよねに轟は試験を受けろと言う。補佐役に甘んじさせてはいけないと感じているのだろう。轟は佐田寅子を呼んでよねを励ましてもらおうとまで言い出した。
よねの目の前にイマジナリー寅ちゃんが現れる。
う~ん、よねの寅子のイメージってこうなのね。笑ってしまう。
よねは試験を受け、事務所の看板は「山田轟法律事務所」に書きかえられる。その後の二人の活躍は朝ドラでも観た通り。
人生、勝ち取ったものより諦めたものの方が多いと感ずる人間には、痛い。怒る時に怒る。当たり前の感情に蓋をするのが大人なのか、時に判断に惑う。
頑張れよねさん、頑張れ寅ちゃん。そして頑張りたい、わたし。




