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現実は乙女ゲーよりも奇なり  作者: 春賀 天(はるか てん)
【第4部】
69/70

【9】有島家の人々3

【9】




私は自分のあまりの料理の才の無いことを改めて思い知らされ、それを尻目に私の失敗作の野菜たちが紗菜さんの手によって調理されていく。



(ああっ、有島家の皆さん、ごめんなさいっ!! 私のせいであんな不格好な野菜を食べる羽目になってしまって!!)



そんな中、奏と康介が庭から戻ってきた。康介がしかめっ面で私の顔を見るので、その視線から逃げるように顔をふいっと逸らす。ーー何も言わんでいい。わかってるから。



一方奏が紗菜さんに声を掛けた。



「母さん、そろそろ凛音を迎えに行く時間じゃない?」



それを聞いた紗菜さんがリビングの時計を見る。 



「あら、本当だわ。珠里ちゃんと一緒だと楽しくて、つい時間を忘れちゃうわ」



紗菜さんは料理の手を止めると、エプロンを外す。



「珠里ちゃん、ごめんなさいね。途中だけど凛音のスイミングスクールにお迎えに行かないといけないの」



紗菜さんが申し訳なさそうに謝ってくるので、私はぶんぶんと首を横に振る。



「ううん。とんでもない。こっちがお邪魔してるんだもの。それなら早く行ってあげないと凛音ちゃん待たせちゃう。ーーじゃあ、私もこの辺でお暇しようかな。なんかお手伝いするつもりだったのに、逆にキッチン荒らしみたいになっちゃってごめんなさい。それに早く家に帰らないと、リモコンの件でお母さん待ってるだろうし」




と、私も借りていたエプロンを外し、簡単に折りたたんで返すと紗菜さんがじっと私の顔を見つめている。ーーえ? なに??



「ね、珠里ちゃん。せっかくだからお夕飯うちで一緒に食べましょ。お料理のお手伝いまでしてもらったのに、そのまま帰すなんてできないわ」


「えっ!? いやいやいや、そんな、手伝いなんて全然大したことしてないし、それに他人様の家でご馳走になるなんて、かえってご迷惑になるし、それにリモコン早く持って帰らないと、うちのテレビが見られなくなって困るから、紗菜さん。せっかくお誘い頂いたのに申し訳ないけど、私は帰らなきゃ!」



私はそう言いつつ、キッチンから玄関まで移動しようと後ずさるも、紗菜さんがなぜか私の行く手を阻むように前に立つ。



「もうっ、珠里ちゃんったら他人様だなんて寂しいこと言わないで? 珠里ちゃんが私のことを第二のお母さんだって言ってくれて、すごく嬉しかったのに。珠里ちゃんはもう私の娘みたいなものなんだから、何も遠慮なんてしなくていいのよ。それに昔はよくうちでも皆でご飯を一緒に食べたことあるでしょう。だから久しぶりに珠里ちゃんと一緒に食卓を囲みたいわ」


「そ、それは子供の頃の話で、しかも親も一緒だったし、だけど今はさすがに無理っていうか、きっとお母さんたちも許さないと思うしーー」


「あら、そんなことないわ。康ちゃんだって、うちによくお泊まりして一緒にご飯食べてるし、もちろん友里ちゃんも了承済み。だから珠里ちゃんも大丈夫よ」



紗菜さんがやや強引に引き留めてくるので、大いに困ってしまう。確かに子供の頃は両家でたまにバーベキューとか焼き肉とか、ちょくちょく食事会をしたことはあるけれど、今はさすがに状況が違う。康介は100歩譲って良いにしても、私は全くの部外者だ。



「う〜ん、でもそうなったら、せっかくうちのお母さんが作った康介と私の分の夕食が残っちゃうし、それにリモコンがないと、お父さんが今夜のテレビの野球が見られなくなっちゃうから、あ、康介は置いていくんで、私は先に帰りまーー」


「じゃあ、ちょっと待って。友里ちゃんに聞いてみるから!」



私が最後の「す」を言う前に、紗菜さんは自分のスマホを素早く取り出すと、瞬時に電話をかけ始めた。「プルルルル〜」と数回コールで相手に繋がる。



「あ、もしもし。友里ちゃん? 今忙しい?ーーーーああ、よかった。実はお願いがあるんだけどーーーーえっとね、今うちに康ちゃんが来てるんだけど、なんと珠里ちゃんも一緒なの。ーーーーうん、そう。ーーーーーーあははは、聞いたわーーーーーうん、ふふふ、そんなこと言わないで。可愛いじゃない。ーーーああ、それでね。実はうちで珠里ちゃんと康ちゃんにお夕飯食べていってほしくてーーーーううん、うちは全然大丈夫。特に珠里ちゃんはうちに来るなんて久しぶりでしょ、だから私もう嬉しくて嬉しくて、もう少し一緒にお話ししたいのよ、お願い〜。ーーーーーうん。ーーーうん。ーーーーーあははは。大丈夫、急にごめんね無理言って。ーーーーうん。わかった。二人に言っておくからーーーうん。ありがとう、じゃあね」



今の会話の展開ーーー嫌な予感がする。



どうやら紗菜さんの電話をかけた相手はうちのお母さんのようだ。紗菜さんはスマホの通話を切ると、にっこりと微笑んだ。



「珠里ちゃ〜ん。友里ちゃんからOKもらったから大丈夫。だからうちでお夕飯食べていってね。ああ〜嬉しいわ! うちのパパにも連絡入れておかないと! きっと喜ぶと思うの。今日のお夕飯はぱあっと豪勢にいきましょうね。そうと決まれば色々買わないとーー」



嬉しそうにはしゃぐ紗菜さんに「紗菜さん、凛音の迎えは?」と康介が呆れたように声をかけ「あ、いっけない。バッグと車の鍵!」と慌てて出掛ける準備をし始める。



「⋯⋯⋯⋯」



私は言葉を失ったまま、唖然として、その光景を見つめ、ふと視界に康介の顔が入る。



「⋯⋯康介、リモコン、どうしよ⋯⋯」



言ったところで、どうすることもできないのに、往生際の悪い私。そんな私に康介は面倒くさそうに答えた。



「(母さんの)言質とられた後じゃ、どうすることもできねぇよ」



ーーですよねぇ。うちのボスはお母さんだし。普段は私に色々厳しいくせに、変なところで緩いんだもんな。


でもまさか、こんな展開になるなんて思わなかったよ。初めは挨拶だけして帰るつもりだったのに、なぜか急に有島家で夕食を頂くことになるなんて。しかも紗菜さんがこんなに強引な手に出るとは、私って紗菜さんにめっちゃ愛されてる? それは嬉しいんだけど困ったなぁ。



そしてさらに困った展開が私を待ち受けていた。



「ぇえっ!?」



私は紗菜さんの言葉に戸惑いを隠せず、素っ頓狂な声を上げる。


数分前、紗菜さんは娘の凛音ちゃんを迎えに行く準備を終えたかと思うと、康介の腕に自分の腕を回した。



「康ちゃん。凛音を迎えに行くついでに買い出しにも行きたいから、荷物も多いし、一緒に行ってくれる?」


「あー、別にいいけど」



そして紗菜さんは奏に向かって



「じゃあ、私は康ちゃんと一緒に凛音を迎えに行ってくるから、奏は珠里ちゃんとお留守番をお願いね」



それを聞いていち早く反応したのは、私だった。



「えっ!?」



え〜っと、つまり康介は紗菜さんと一緒に行く。そんでもって私は奏と一緒にお留守番?って、康介と奏はいつも一緒のコンビなのに??



「母さん? どうして康介を」



奏が聞くと、紗菜さんが手短に言う。



「だから言ったでしょ。今日のお夕飯のために買い物に行きたいから、そうなると荷物が増えるし、男手があると何かと助かるのよ。だから康ちゃんに手伝ってもらいたいの。そうなると、この家で珠里ちゃんをもてなすのは奏しか残らないでしょ。だから奏は珠里ちゃんのことをお願いね」



私は慌てて口を挟む。



「紗菜さん! それなら私も一緒に行って荷物持ち手伝うから、どうせならみんなで行こうよ! ほら、人手はたくさんあった方が楽だし」 



しかし、私の提案は紗菜さんから申し訳なさそうに却下される。



「ごめんね〜、珠里ちゃん。車には、私と康ちゃん、凛音が乗る他に、あと荷物も乗せるから、2人を乗せることはできないのよ。それに珠里ちゃんはお客様なんだから、荷物持ちなんてさせられないわ」


「でも、それじゃあ、康介は」


「康ちゃんは、珠里ちゃんと違って何度もうちに来ていて泊まっていくことも多いから、同じ釜の飯を食う仲はもはや、お客様とは呼べないわ。つまり私の息子も同然だから遠慮なく手伝ってもらってるの。もちろん友里ちゃんの了承は得てね。それに奏を連れて行ったら、この家の人間が誰もいなくなるし、逆に珠里ちゃんを連れて行って、奏と康ちゃんをお留守番に残すとか、女性だけに重い荷物を持たせて、大きい男たちがのほほんと家で待っているなんて、そんな軟弱男あり得ないでしょ?」


「言われてみれば、確かにーー」



紗菜さんの言うことはもっともだ。橘家の男たちも何かといえば留守がちで、お母さんは私に男に頼る女にはなるなって言うんだよ。まぁ男に頼っちゃいないとは自分では思ってるけど、さすがに力仕事は女には無理があるし。とくに私は筋肉なんてほぼ無いから、若い頃からスポーツで体を鍛えてきた母とは違って、あまりにも非力すぎて母の手伝いさえも役に立っていない。



う〜ん⋯⋯やっぱり今からでも一人でなんでもできるように体力つけとこうかなぁ。



「そういう事だから、奏。あとはお願いね。さ、康ちゃん行きましょ! 凛音待たせると、拗ねちゃうから」


「って、押すなよーー奏、わりぃ、ちょっと行ってくるわ!」



紗菜さんは奏に言うが早いか、康介の背中を玄関まで押して行き、二人は慌ただしく出掛けて行った。その場に残された私たち。室内がしーんと静まり返る。



(な、なんか全部紗菜さんペースで物心が進んでいる⋯⋯私の中では全て想定外なのに、これって、どうしたらいいの?)



「ーー珠里、母さんがごめん。母さん、ああ見えて頑固だから、こうと決めたらなかなか引かないんだ。そのせいで珠里にまで迷惑かけて、俺が珠里を連れて来たせいだ。本当にごめん。無理に母さんに合わせなくていいから。珠里が帰りたいならすぐにでも帰っていいし、母さんには俺から言っておく。だから嫌だったら無理しないで」



申し訳なさそうに謝る奏に、私はぎょっとして慌てて首を横に振る。



「いやいや、大丈夫だよ。奏が謝ることなんて何もないからね? 私もここに来たのは数年ぶりだったから、ちょっとぎこちなくなっちゃったけど、紗菜さんのことは本当に大好きだし、ここまで愛情表現されて迷惑だなんて全然思わないよ。紗菜さんといると私も楽しいしさ、奏が気を揉むことなんて、これっぽっちもないよ。それに紗菜さんの手料理なんて久しぶりで楽しみだな〜うちのお母さんなんてさぁ、手抜き料理ばっかりなんだよ。きっと私が料理下手なのは、うちのお母さんのせいかもね」



ーーとか、言っていたものの、実際うちのお母さんから料理なんて教わったら、もう私のやること、なすことに、いちいち、あーだこーだ口煩いので、ぜ〜ったいに一緒にキッチンには立たないと決めている。だから紗菜さんは実に優しい。私が失敗しても絶対怒らないし、面白がってくれるし、こういうお母さんなら一緒にキッチンに立っても楽しいだろうな。うんうん。有島家に嫁ぐ嫁は安泰だ。それに比べて橘家の嫁は⋯⋯ご愁傷様というべきか。



「ありがとう、珠里。母さんは本当に珠里が大好きなんだよ。だからこうして珠里が来てくれて嬉しすぎて、いつもよりテンションが上がってるんだと思う。だから強引な引き留め方をしてしまったけれど、珠里、本当に大丈夫? 無理して帰らないなら、そんな気遣いはいらないよ?」



あまりにも奏が私をおもんばかるので、悪戯心で少しだけ意地悪な質問をしてみる。



「ふぅ〜ん? もしかして奏くんは私に帰ってほしかったのかなぁ? ああ、そうだよね。いつも一緒の康介との時間を私が邪魔しちゃったから、私がいると迷惑だよね。ごめんごめん、気が付かなくて。私は帰るから紗菜さんによろしく言っておいてね〜」



と、玄関方向に歩こうとすると、今度は息子の方に進路を妨害される。



「待って! そんなんじゃない。珠里が邪魔なんて一度だって思ったことなんかない! このさい康介なんてどうでもいいよ! 俺だって珠里がうちに来てくれてすごく嬉しいし、珠里との時間が一番貴重だから。なのに誤解を生むような言い方してごめん!! お願いだから帰らないで?」



必死で縋るように私を見る奏。ーーそういえば、子供の頃、有島家でバーベキューを一緒にやって、いざ帰宅しようとしたら、奏が泣きながら「やだ!帰っちゃやだ!」って私に縋ってきたっけな。さすがに今は泣きはしないけど、体は大きくなっても、あの頃とおんなじ、変わってないなぁ。⋯⋯だめだ。なんか、にやけてしまう。だって奏が可愛いんだもん。それに康介よ。奏は康介なんかどうでもいいって言っちゃったよ。くふふ、私との友情の方が親友より上回っているって知ったら、康介のやつ、きっと悔しがるだろうな〜



「うそうそ、冗談だって! 帰らないってば。私も楽しみだって言ったでしょ? それに、こういう機会でもないと、なかなか来ることも無かったし、康介だけがここで美味しい待遇を受けているかと思うと、なんか癪だしさ。だから、うちのお母さんからの了承も得たことだし、遠慮なくご相伴にあずかることにするよ」



私は奏の腕をぽんぽんと叩きながら笑うと、奏がホッとした表情を浮かべる。そんなに心配だったのかな。



「うん。あ、珠里は座っていいよ。何か飲み物淹れ直すから、何がいい? そういえば母さんがコーヒーの美味しい喫茶店で豆を買ってきたって言ってたから、それはどう?」



奏がキッチンに向かうので、私は頷く。



「へ〜それは美味しそうだね。奏が淹れるの面倒じゃないなら、それでお願い。あ、家の中少し見てもいいかな?」


「うん。どうぞ。少し待ってて、すぐ淹れるから」



奏はそう言うと、棚からコーヒー豆の袋を取り出して、コーヒーメーカーにセットしている。どうやら有島家のコーヒーは豆から入れる本格派だ。この素敵な家の雰囲気にぴったりだと思う。一方のうちではインスタントコーヒーが主流だけど。そういえば、最近康介が豆の粉からドリップしてることが多いのは、奏の家でコーヒーを飲んでいるから、その影響なんだなきっと。私はその作業自体が面倒だからインスタントで十分だけどね。



私は奏がコーヒーを淹れてくれている間、リビングをあちこち見て回る。昔見た時から変わらないインテリアもあるけれど、雑貨などはほぼ変わっている。そして家族写真がいくつか飾られているのが目に入る。小さい頃や奏が高校に入学した時の写真。そして最近の写真だろう、おじさんと紗菜さんと奏、そしてめちゃくちゃ可愛い美少女に成長した凛音ちゃんの写真に思わずびっくりする。



「うっわあ、凛音ちゃん成長したね〜、昔からすっごく可愛いかったけど、今や美人すぎ! これで小学生なんて信じられない! 学校じゃ、めちゃくちゃモテるでしょ?」


「ああ、凛音? 確かに小学生にしては大人っぽいし、男子から声をかけられているみたいだけど、昔から甘やかされて育ったせいか、気は強いし、結構はっきり物言いしたりするから、そんなにモテてないみたいだよ。来るのは外見だけしか見てない、ちゃら男か馬鹿男だから、うざいとか、キモいとか、凛音がいつも言ってる」


「はは、うざい、キモいかぁ。最近の小学生はなんかすごいね」



なんだかその光景が想像できてしまう。こんな美少女に「うざい」「キモい」とか言われたら、一生立ち直れないかも。ーー少年たちよ、強く生きろ!!



「⋯⋯そういう珠里は?」


「え?」



急に私に話を振られて、一体何のことか首を傾げる。



「珠里だって学校で、かなりモテるでしょ? 康介も口は悪いけど、中学では女子に結構人気あったから。それ以上に珠里は美人だし、性格も良いから男がほっとかないんじゃないかなってーーー」



はいぃ? なんですと??



「私!? 無い無い無い!! ぜ〜っぜん!! これっぽっちもモテないよ? だって私、今時の女子高生とは思えないほど地味子でなんの取り柄もなくて、美人とか言う方がおかしいんだって。そもそも、こんな貧相な体のマッチ棒女のどこにモテ要素があるのか逆に教えてほしいくらいだわ。しかもオタクで変態女だしさ。そんな乙女ゲームみたいな展開になんかならないよ」


「そう?⋯⋯でも、この間会った生徒会長たちとか、今日会ったお店のオーナーとか、その甥っ子とか、結局会えなかったけど、謎の一年生とか、珠里の周囲に男子たちが沢山いる気がする。きっとまだまだいるよね?」



キッチンから挽きたての良い匂いの漂うコーヒーを持ってきた奏が、そのコーヒーカップをキッチンの対面にあるテーブルに置いている。



あ〜やっぱり挽きたての香りはいい。インスタントには再現できない香りだわ。ーーそれにしても、奏、あの短時間でよく覚えてたな。私なんて人の顔、あんまり覚えられないけど。



「そりゃあ、学校だもん。女子も男子も沢山いるよ。奏だって入学したからわかるでしょ? それに奏の人気だって入学早々から、すごいじゃない。女子たちがキャーキャー言ってるの見たし、聞くところによると、すでに『学園の王子様』とか異名がつけられているらしいよ。ちなみに康介は誰がつけたのか『学園の織田信長』だって。似合いすぎて笑える」



私は奏が淹れてくれたコーヒーが置かれているテーブルに戻ると「ありがとう。すっごい良い匂いだね〜」と言いつつ椅子に座って、コーヒーの香りを堪能し、まずはブラックから、と本当は砂糖とミルクがないと飲めないのに、気取って口をつける。(うっ!苦)そんな奏も私の隣に座って同じくコーヒーに口をつけている。そんな奏はブラック派らしい。



「俺は『王子様』なんかじゃないよ。そんなの全然興味無いし、勝手にそんな風に呼ばれるのも好きじゃない。それに当人が望んでないのに勝手に異名なんてつけるのも、どうかと思う」



奏が明らかに不快を滲ませた声で言う。ーー確かに、不特定多数の人間がつけたあだ名を、いくら褒め言葉とはいえど、当の本人が嫌がっているなら本末転倒にしかならないな。



「奏、そんなに嫌なら私、一応生徒会にある程度顔がきくから、奏の異名を言わないように何とかしてもらおうか? 生徒会から生徒たちに、それとなく注意してもらえば、完全には無くならないかもしれないけど、それでも少しは影響力があると思う」



だって、生徒会には顔良し、頭良し、のアイドルたちが揃ってるから、彼らが注意したことは、結構みんな従うんだよね。さすがは『学園の芸能界』ーーって、私もつい異名を言っちゃうな。そもそも異名文化はうちの学校の校風なんだもん。



「ううん、そんなことしなくていいよ。人の口を止めるなんて出来っこないし、俺が気にしなければいい話だから。それに凛音じゃないけど、俺自身を全く知らないのに外面だけで馬鹿みたいに擦り寄って来る女子も好きじゃないし、人の迷惑も考えないで、ところ構わずきゃあきゃあ騒ぐ神経が低俗すぎて理解できない」



う〜ん。さすがは兄妹というべきか。奏は凛音ちゃんみたいに『うざい。キモい』とかは言わないけど、ニュアンスの意味は全く一緒だな。イケメンにはイケメンの深い悩みというやつか。まあ、一般的には憧れの対象に、つい、きゃあきゃあ言ってしまうのは人間のサガだからとも思うけども、こればっかりは互いの認識だから、どうしようもない。



「まあ、あまり気にしなくていいと思うよ? そもそも異名はうちの学校の校風みたいなものだし、異名つけたがりの物好きがいるだけの話だと思えばさ。暇人がいるんだよ、きっと」


「もしかして、珠里にも異名ってあるの?」


「え? さあ?? 何かよくわからなけど、ごくたまに『ガラシャ』って呼ばれることあるから、それって私のことなのか、よくわかんない。単に気のせいかもしれないし」


「は? 『ガラシャ』だって? それ男に言われてる?」


「う〜ん。ほんとうに、ごくごくたまに、ちらっと話の流れで出てくるから、どうだろう? たしかガラシャって、戦国時代に出てくるモブ的な女性だっていうのはわかってるんだけど、私昔っから日本史は特に苦手だから有名な主要キャラしか覚えていないんだよ。でも私も奏が言うように興味無いから、ま、どうでもいいかって思ってる。そう考えると私たち一緒だね。きっと大した意味なんてないよ」



私はそう言って能天気にも、ヘラヘラと笑ったが、一方の奏の顔が全く笑っておらず、なにやら気難しい表情を浮かべている。



あれ? 私なにか変なこと言ったっけ?



「奏? どうしたの?? なにか私不味いことでも言った?」



おそるおそる奏の顔を伺うと、奏は私に視線を戻してニッコリと笑う。でもなぜか、その笑顔が怖いのは気のせいだろうか??



「ううん、なんでもないよ。だた学校には『暇人』が多いなって思っただけ。だから珠里も、また言われたとしても全然気にしないで。ほんと意味なんてないからさ。馬鹿馬鹿しいだけだよ、本当に」



とは言っていても、奏の顔は笑ってるけど、な〜んか怒ってるっていうか、呆れてるっていうか言葉の端に険がほんのちょっとだけある気がするんだよなぁ。そんなに異名が嫌だったのかな。最近の男の子の感情は難しくてよくわからないよ、お姉さんには。



「ーーそれでさ、珠里。⋯⋯珠里は高校で男に告白されたことってある?」



突然の不意打ちとも言える奏の質問に目が点になったのは言うまでもない。そもそもそんな事をまさか聞かれるとは思っていなかったので、思考が一瞬フリーズした。しかし奏の視線は私を射るように見つめていて、表情筋まで固まってしまう。



「⋯⋯⋯⋯」


「答えられない?」



奏の直球は、どうやら私が返球しなければダメらしい。私は早くこの妙な状況から逃れたくて、固まった表情筋をなんとか動かす。



「いやいやいや、答えられるよ、いくらでも。そんな事あるわけないじゃない。私が現実の男に興味無いことは奏だって知ってるでしょ。それにさっきも言ったけれど、私は全くモテないし、学校のポジションだって影薄い子って思われてるし、確かに小学校の時に手紙を貰ったことはあったけど、なんか気持ち悪くて無視しちゃったし、そもそも子供の恋愛なんて、ままごとみたいなものだしね」


「⋯⋯小学校の時に貰ったって、何年生の時?」


「えっと⋯確か、ろ、六年生のとき?」


「それって誰から? 俺たちが知ってるヤツ?」


「あ、ええっ〜と、隣のクラスの男の子、です。奏たちは多分知らないと思う」


「そいつの名前は?」


「へ? あ、松浦、くんだけど⋯⋯」


「ああ、松浦トモヤか、サッカー部の」


「な、なんで知ってるの!?」


「知ってるよ、学年違ってても有名だったから。あいつはクズだから珠里が無視してくれて良かったよ。あの男、自分が女子にモテることをいいことに、可愛い女の子に声かけまくってて裏で何股もしてたから」


「うそっ!? 小学生なのに!?」


「小学生でも高学年にもなれば、大人顔負けの知識があるやつもいるよ。あいつ結局女子たちの親にバレて、後始末が大変だったらしい。ほんと馬鹿だよね、素行はどうあれ、サッカーの実力はあったのに、そのせいでスポーツ界から永久追放されたって話」


「そ、そうなんだぁ。ワァ〜無視シテヨカッタナ〜」



それを聞いた私はロボットのようにカタコト言葉になる。そんな事よりも私より2年も下の奏がなぜそこまで事情に詳しいのか、あえて聞くのも恐ろしいので絶対に聞かないでおく。きっと康介も知っているのだろう。小学生怖いーーー



「珠里、他には?」


「へ?」


「まだあるでしょ?」



ギクッ、



「なな、なんの話?」


「小学校の珠里の卒業式で3人に告白されたよね?」


「な、なんで知ってーーあ、いや、あれは違うよ。私はからかわれただけ。だって3人同時なんて、なんか変だとしか思えなかったし、当然断ったら冗談なのに真に受けてやんのって言って笑われたしーーー」


「ああ、そこは小学生だね。3人同時に振られたのが互いにカッコ悪かったから、逆に珠里を攻撃したんだろ。揃いも揃って好きな子虐めることで自分のプライド守るなんて情けない奴らだな。あ、珠里の言う通り子供のおままごとだから、気にしなくていいよ」


「あ、うん。そ、だね」



⋯⋯ところで、なんで私、奏とこんな話してるんだろ。しかもーーなんか、なんというか、よく刑事ドラマとかに出てくる、取り調べられているみたいな⋯⋯



「あ、あのさ、奏」


「ん? なに?」


「私って、取り調べられてる?」


「うん。取り調べてる。さっき『答えられるよ、いくらでも』って言ってたし」


「そ、そっかぁ。あははは」



まさか、そう切り替えされるとは思っていなかったので、色々頭が混乱してきた。だって、だって、なぜに奏から私の異性関係を取り調べられなきゃいけないのかがわからない。しかも、いつになく奏がやけに強引な感じで、まるで紗菜さんを見ているようだ。



(奏って性格はおじさんの方に似てると、ずっと思ってたけど、実のところ、顔も性格も紗菜さん似だったのか。これはちょっと手強いぞ? そして今ここには私と奏しかいないし、ど、どうしよう)



「それで、高校三年間、誰からも告白されてないんだ?」


「うっ、はい。本当に私って影薄いから。⋯⋯それに私の中学時代が散々だったのは奏も知ってるでしょ? だからもう、そういうの嫌っていうか、巻き込まれたくないっていうか、関わりたくないんだ。特に異性関係に関しては⋯⋯」



奏の追求に、もう観念するように本音をポツリと漏らすと、しばし互いの間で沈黙が流れた後、奏が私から視線を外して俯いた。



「⋯⋯⋯ごめん」



奏が急に弱々しい声で謝ってくる。



「奏??」


「⋯無神経な発言だった。一番傷ついたのは珠里だったのに、それを思い出させるようなことをしてしまって、当時助けることも出来なかったくせに、何様のつもりで珠里に色々問い詰めるとか、自分が馬鹿すぎて人のこと言えない。ーー珠里、俺を殴っていいよ」


「はぁぁ? なんで!?」



いきなり殴れとか、本当にわけがわからない。さっきまで刑事ドラマみたいに、否を言わせぬ勢いで問い詰めてきたかと思えば、今度は殴れって?? 本当に最近の男の子の感情が、いよいよ持って、わからない!! ちょっと前までの、あの勢いはどこに行った!?



「だって、色々聞かれて嫌だったでしょ。なのに俺は自分の感情を優先して珠里のことを気遣えなかった。高校生になったからって、大人になった気分でどこかで自分を驕っていたんだ。本当はまだまだ子供で、こんなんじゃ珠里に頼りにされなくて当然だし、嫌な事も思い出させてしまって、本当に本当にごめんなさい。謝っても許されることじゃないから、いっそ殴ってくれたら目が覚めると思う」




そう言って落ち込む奏。そして唖然とする私。




どあぁぁぁぁっつ!! だからぁぁ!! なんで、たかがそんなことくらいで殴らなきゃならんのだ!? 奏、なんか色々違うから!! 真面目というか誠実というか、けど、向かう矛先がまちがってるからぁぁっ!!



私はもう何から言っていいやらで、その場で頭を抱えてテーブルに豪快に突っ伏した。その際、ゴンッツ!!って、おでこを思いっきりテーブルにぶつけてしまう。



ーーああ、今いい音したな⋯⋯しかも、かなり痛いし。でも、おかげでなんか頭が少し冴えてきた。



「珠里っ!? 大丈夫!!?」



慌てた奏が私の様子を伺ってくる。



ーーええ、ええ、大丈夫ですとも。痛みのおかげで、やっと思考がまともになってきたくらいだし。おでこの犠牲だけで済むならお安いことよ。



私はテーブルから顔を上げ、椅子から立ち上がる。奏は私の顔を見るなり、ぎょっとして私のおでこを凝視している。



「珠里!! おでこが真っ赤だよ! それにすごい音がしたし、痛いよね!? すぐに冷やさないと」



奏がすぐさま、その場から離れようとしたので、今度は私が奏の進路を妨害する。



「珠里!?」


「いいから、奏くん。そこに座りなさい。Sit(座って)down!」





【続】












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