第5章:文学的な好みのバンドット(盗賊たち)
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第5章は朝のハプニング(密着!)から始まり、まさかの「盗賊団との遭遇」です。
姫佳の小説のファンがこんなところにも……!?
ギャグと胸キュンの詰まった展開をどうぞお楽しみください!
翌朝、リッカ・ヴァンスはめずらしく心地よい感覚で目を覚ました。温もりと、柔らかさと、そしてジャスミンの香り。
彼女は片目を開けた。
昨夜、あれほど厳重に築いた「枕の壁」は、いつの間にかすっかり崩れ去っていた。リッカの腕は姫佳の腰に回り、顔は彼女の黒髪に埋もれ、足はすっかり絡み合っていた。一方の姫佳は、仰向けになって天井をじっと見つめながら、すでにだいぶ前から起きているような顔をしていた。
「おはようございます、ヴァンス卿」
彼女は最高に穏やかな声で言った。
リッカは何も言わなかった。リッカは呼吸をするのをやめた。
「ぐっすりお眠りでしたわね」
「私は……」リッカは電光石火の速さで腕を引っ込め、ベッドから転がり落ちるように床へと激突した。「枕に襲撃されたのです!」
「なるほど」
「陰謀です!」
「もちろん」
姫佳は上体を起こし、片手で顎を支えながら、ベッドの上からなんとも小さく、甘く、そして危険な笑みを浮かべて彼女を見下ろした。
床に転がったリッカは、背筋に寒気を感じながら、今日という日がとてつもなく長い一日になることを悟った。
朝食の最中、姫佳は『外交報告書』と書かれたノートを取り出し、まるで関税条約でも読み上げるかのように、澄んだ声で朗読を始めた。
「『――その義務を自覚したスコットランドの騎士は、真夏の灼熱の太陽の下、貴婦人の前にひざまずき……』」
パンにバターを塗っていたリッカが、ピクッと眉をひそめた。
「『月』です」
姫佳が顔を上げた。
「……何がって?」
「なんでもありません。その……月について考えていただけです」リッカは慌てて咳払いをした。「昼間の外交報告書に月が出てくるのは、いささか不自然かと思いましてね」
「まあ、鋭いご指摘こと。では続けます。『……そして、一言も発せず、左手で剣を掲げた』」
「右手です」
「はい?」
「騎士は、原則として右利きで剣を握ります」
「例外もあるでしょう、『深紅の騎士』ならね」
「あれは左利き、ですけど……いえ、その……」リッカはパンを放り出した。「ちょっと待ってください。外交報告書に『深紅の騎士』が出てくるんですか?」
「奇妙ですわね?」姫佳はノートをパタンと閉じた。「ページを間違えたかしら。私の不手際ですわ、ヴァンス卿。そんな本など読んだこともないあなたが、まさか私の間違いを指摘できるだなんて思っていませんでしたもの」
リッカの顔は熟したトマトのように真っ赤になり、その後10分間、まるで科学的な研究でもするかのように自分の皿を凝視し続けた。
隣のテーブルでそのやり取りを一部始終盗み聞きしていた羊毛の商人が二人、顔を見合わせると、宿の主人に向けて「賭けに追加だ」と指を2本立てたのだった。
宿を出発したのは午前中半ばだった。
「うつろの森」へ続く街道は狭く薄暗く、空を隠すほど高い木々と、湿った葉の匂いを孕んだ低い霧が立ち込めていた。
「危険なエリアです」リッカは剣の柄に手をかけたまま言った。「お傍を離れないで、殿下」
「いつもそうしていますわ」
「何かあっても、絶対に私の命令に背かないでくださいね」
「もちろんです」
「本気で言っていますよ」
「私も本気です」
リッカは疑わしげな目を向けた。姫佳は耳まで届きそうな笑みを浮かべている。
「その言い方、なんだか嫌ですね」リッカは呟いた。
馬車がさらに10分ほど進んだその時、御者が手綱を強く引いて急停車した。馬たちが嘶く。鋭い口笛と枝の折れる音が響き渡り、覆面をした4人の男たちが木の上から飛び降りて馬車を取り囲んだ。
「止まれぇい!」と、太い声が響く。「金品を置いていかねえと、痛い目を見るぜ!」
リッカは一瞬にして剣を抜き放つと、馬車の扉の前に躍り出て刃をかざした。
「そこまでよ! こちらにおわすお方はヴァレノワの王位継承者であられる!」
「ヴァレノワの継承者だと!?」
山賊の頭目とおぼしき男――眉間に傷のある、シャベルのように大きな手をした巨漢がニヤリと笑った。「なら好都合だ! 身の代金はふんだくれるな!」
「通したければ、私の屍を越えていけ!」
「その願い、叶えてやらあ!」一人の山賊が飛びかかってきた。
リッカは身を翻し、柄頭でそいつの顎を撃ち抜いた。山賊は後ろ向きに倒れ込む。別の一人が襲いかかってくると、リッカはそれをかわし、足を踏みつけ、腕を捻り上げて木へと投げ飛ばした。
その激しい戦いを、馬車の窓から顎に手を当てた姫佳が優雅に観戦していた。
「見事ですわね」姫佳は呟いた。「動きに無駄がないわ」
だが三人目の、少し頭の回る山賊が馬車の後ろに回り込み、扉を勢いよく開けて姫佳の手首を掴んだ。
「おとなしくしてもらうぜ、お姫様!」
姫佳はそいつを見下ろした。上から下へと、極めて甘い、値踏みするような目で。
そして、彼女の瞳がアメジスト色から黄金色へと変わった。
音もなく、風も吹かず、雷鳴すら鳴らなかった。ただ、冷酷な石板が頭上から落ちてきたかのような圧倒的なプレッシャーが、木立の一帯を押し潰した。鳥たちが一斉に鳴き声をやめ、馬たちはその場にへたり込んだ。山賊たちは膝から崩れ落ち、姫佳を掴んでいた男は、まるで灼熱の鉄に触れたかのように悲鳴を上げて手を放し、水たまりの中へ尻餅をついた。
「お願いですから」姫佳はガラス細工のような透き通った声で言った。「私に触らないでくださる?」
山賊は目を丸くしたまま、コクコクと激しく頷いた。
戦闘の真っ只中にいたリッカは首を巡らせ、全開になった姫佳のオーラを目の当たりにして、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。それは恐怖ではなかった。もっと複雑で、もっと熱を帯びた何かが背骨を駆け抜け、プロ失格にもほどがあるほどに膝の力が抜けていくのだった。
「殿下!」リッカは必死に声を張り上げた。「加減をなさってください!」
「十分に加減していますわ」
「森の半分を威圧していらっしゃるじゃないですか!」
「比例した威圧感です」
beard(髭)の下ですっかり青ざめていた山賊の頭目が、持っていた斧をとり落とした。彼は頭巾を脱ぎ、見開いた目で姫佳を見つめながら、その場にいる全員を沈黙させる一言を発した。
「……待てよ。……おめえが今、手に持ってるそのノート……革表紙で、角が擦り切れてるやつ……まさか」
姫佳はハッと視線を下ろした。ノートをしまったつもりで、手に持ったままだったのだ。
「外交報告書ですわよ」
「違うね!」山賊は感極まった声で震えた。「その筆跡は『ミッドナイト・ローズ』だ! 間違いねえ! 初版特有の、あの斜めに傾いた文字だ!」
完全な静寂が訪れた。
リッカは剣をとり落とした。
姫佳は目を閉じた。
――ここで語り手である私から一つ釈明しておきますが、この瞬間、第2章に登場した「ポニーほどもあるオオカミ」が、なぜか近くの木の切り株にちょこんと座り、何とも言えない「ノーコメント」な目でこの修羅場を見つめていました。はい、私の仕業です。なぜまだここにいるのかって? 私が配置したからです。今、そのじつじつとした辻褄合わせに追われているところなので、少し待ってください。
「あの……」姫佳は震える声を必死に取り繕いながら言った。「人違いですわ」
「人違いじゃねえ!」山賊はガタガタと震えながらひざまずき、両手を合わせた。「俺の名は赤のグンダール! 4ヶ月前、王都の書店で『深紅の騎士の情熱』を買って以来のファンだ! 第9章では涙を流した! 女房には『情けない男だ』と笑われたが、俺は言ってやったのさ――『愛に斧も羽根ペンも関係ねえ!』ってな! 第15章の続きをずっと待ってたんだ!」
「わ、私は……」
「それにアンタもだ!」グンダールは頬に涙を伝わせながらリッカを振り返った。「さっきの戦いぶりで見覚えが……! まさに本人だ! 生き写しの『深紅の騎士』だ! あの剣の回し方! 左利きで、情熱的で、耳まで真っ赤になるところなんて、そっくりそのままじゃねえか!」
「私は右利きです」リッカは低い声で言い返した。
「おめえの言う通りだ、お頭!」
リッカは口を閉ざした。姫佳は天を仰いだ。まだ意識のあった他の山賊たちも、次々と頭領にならって地面にひざまずいていく。
「俺たちは……」一人の山賊が胸に手を当てて言った。「この近くの村で『ミッドナイト・ローズ読書会』を開いてるんです」
「会員は300人います」と別の者。
「普段は山賊やってますけど、活動日は木曜日だけです」
姫佳は鼻筋をつまんで深く溜め息をついた。
「あなた方。頼むから秘密にしてちょうだい。この小説の作者は、極めてプライベートを大切にしているの」
「承知いたしました!」グンダールは胸に手を当てて誓った。「だが……もしよければ、いつかサインをいただけないでしょうか!」
リッカは大きな溜息をつくと、しゃがみ込んで自分の剣を拾い、険しい顔つきで鞘に収めると、足先で山賊たちを道の脇へと追いやった。
「道を開けなさい」リッカは命じた。「二度と、誰の邪魔もしないことね」
「誓います!」
「木曜日も含めて、よ」
「心得ました!」
山賊たちがハンカチを振り、「ミッドナイト・ローズ万歳!」と涙声で叫ぶ中、馬車は再び走り出し、やがて深い木々の向こうへと消えていった。
それから15分間、車内には一言も言葉がなかった。
リッカは窓の外をじっと見つめながら、耳を赤く染め、膝の上で拳を固く握りしめていた。向かい側に座る姫佳は、膝の上で両手を組み、天井に視線を固定したまま微動だにしない。
「……助かりました」
しばらくして、リッカがかすれた声で言った。
「何がですの?」
「私を捕虜にさせなかったこと」
「何もしていませんわよ」
「いいえ、あれは十分すぎるほど……」
姫佳が首を巡らせた。リッカは相変わらず景色に目を向けたままだったが、座面に置かれた彼女の手が、ほんのわずかに姫佳のドレスの裾に触れていた。
「私たちは、意外と息が合うのかしらね」リッカは、まるで奥歯に物が挟まったような口調で呟いた。「お互いに大嫌いなもの同士のくせに」
「そうね」姫佳は静かに微笑んだ。「奇妙なことですわ」
それまでのトゲトゲしさとは違う、温かな、重みのない静寂が車内を満たした。
窓の外、木々の隙間から、ふと銀色のきらめきが姿を現した。波のない、穏やかな湖面だった。
姫佳は一目でそこがどこだか分かった。
一度も来たことがあるわけではない。第14章の執筆に丸3週間を費やし、細部まで描き尽くした場所だからだ。
「ヴァンス卿」姫佳は、どこかあやしげな甘い声で言った。「今夜は、あの湖のほとりで野宿をしますわ」
「……なぜですか?」
「見晴らしが素晴らしいのです。とても……文学的な場所ですのでね」
リッカの顔からサーッと血の気が引いた。
「文学的、ですか?」
「ええ、とても。きっとあなたも、何か素敵な詩でも暗唱できるのではなくて?」
「何の話だか、さっぱり分かりません」
「そうかしらね」
姫佳は頬杖をつき、それ以上は何も言わずに、残りの道のりをずっと微笑み続けていた。
その向かい側で、リッカは決死の覚悟で自分の胸当ての革紐を締め直すのでした。
(第6章へ続く……)
まさかの読者第1号(&読者会)の登場に、冷や汗が止まらない姫佳とリッカでしたね(笑)。
そして舞台は、姫佳が小説で描き尽くした「あの湖」へ……!
第14章の再現となってしまうのか!? リッカの運命やいかに……!
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次回の更新(第6章)もお楽しみに!




