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第4章:ひとつのベッド、ふたつのプライド

本章をお読みいただきありがとうございます!


ついに訪れた「まさかの相部屋&ベッドがひとつ」展開!


背中のリボンをほどくドキドキの距離感と、語り手の強引な介入(?)をお楽しみください!

「ほんとうに申し訳ありません、お嬢様方……」


まだらな染みのついたエプロンをつけた小太りの亭主が頭を下げました。


「今日は『ガチョウ祭り』のせいでね。部屋はすべて埋まっています。……空いているのは、一室だけです」


姫佳(ヒメカ)は目を閉じました。リッカも目を閉じました。


「で、その一部屋にあるベッドの数は?」護衛の彼女は、答えを知りながらも違うことを祈るような声で尋ねました。


「ひとつです。ですが、とても大きいやつですよ。新婚夫婦のための特等室ですからね」


長すぎる沈黙が流れました。


「夫婦ではありませんわ」


「間違いなく夫婦ではございません、陛下……じゃなくて亭主!」


二人は同時に叫びました。そして気まずそうに半歩ほど離れます。


「もちろんでとも、もちろんでとも」


亭主は、あまりにも胡散臭く、あまりにも作り物めいた笑顔を浮かべました。スープ売りの仕立て屋が同じに違いないと、二人が確信した瞬間でした。


――そう、ベッドはひとつ。


前の章ですでに警告したはずです。「覚えておけ」と言いましたよね。なのに誰も私の話を聞かず、後になって文句を言うのです。


頭のいい読者さんなら、すでに片手でうちわを扇ぐのをやめ、スマホを持つ手に力を入れ直したことでしょう。責め立てるつもりはありません。語り手である私に意見する権限はありませんが、劇的な「間(ま)」を取ることくらいは許されています。


……間。


話を続けましょう。もしこれがベタな展開だと思われるなら、苦情はセラフィン女王陛下に直接書面で提出してください。すべてはあの女王の計画なのですから。


部屋はこぢんまりとしていて、暖かく、そして意地悪なことに最高にロマンチックでした。石造りの暖炉があり、窓からは村の明かりが見え、そして二人が何週間もの旅の間に触れたこともないほどフカフカのシーツが敷かれた巨大な天蓋ベッドが鎮座していました。


リッカは軍人らしく、ガチャンと音を立ててドアの脇に剣を立てかけました。


「私は床で寝ます」


「床でお休みになる必要はありませんわ」


「慣れていますので」


「あなたは王室の護衛であって、猟犬ではありません」姫佳はベッドの端に腰掛け、腕を組みました。「一定の秩序を保ってスペースを分け合わなければなりませんわね。中央に枕の壁を設置することを提案します」


「壁、ですか?」


「外交上の防衛ラインです」


リッカは厳粛に頷き、平和条約締結の交渉さながらの真剣な面持ちで、二人掛かりで5つの枕を積み上げました。少し歪んでいましたが、機能としては十分でした。


「よし」姫佳が言いました。「それでは、ヴァンス卿。ひとつ問題がございまして」


「何でしょうか?」


姫佳じっと壁を見つめました。それから、英雄的な尊厳を込めてこう告げました。


「ひとりでドレスを脱げないのです」


リッカは完全にフリーズしました。


「……はい?」


「私の侍女は二号車に乗る予定でした。ご存知の通り、その二号車は現在修理中です。背中のリボンに手が届きません。さすがに旅用のコルセットをつけたまま寝る気にはなれませんので」


「では……宿の女将さんに頼まれては?」


「厨房にいますよ。ガチョウと一緒にね。『ガチョウ祭り』ですから」


リッカは口を開き、そして閉じました。乱れた髪を大きな手でぐしゃりとかき上げます。


「分かりました……」リッカは捨て鉢な声で呟きました。特攻任務を引き受ける兵士のような声でした。「ただし、見ないでください」


「見られるわけがないでしょう。背中を向けていますもの」


「それもそうですね」


姫佳は立ち上がると、リッカに背を向け、長く滑らかな黒髪を片方の肩へと寄せました。


その視界に飛び込んできたのは、白磁のように滑らかな背中、繊細な首筋、華奢な肩のライン、そして3ダースもの絹のリボンで留められたドレスでした。リッカは生まれて初めて「このドレスが堅牢な鎧であればよかったのに」と心の底から願いました。


彼女は一歩、歩み寄ります。


サイドテーブルのロウソクが揺れ、窓の外では夜風がよろい戸を鳴らしていました。リッカの大きくてゴツゴツとした、タコだらけ手が最初のリボンに宙ぶらりんのまま浮きました。


震えていました。


あまりの震えに、紐を掴むだけで二度も失敗してしまいました。


「ヴァンス卿」姫佳は振り返りもせず、いつもより少し低い声で言いました。「何か問題でも?」


「リボンが……その、とても小さくて」


「ご婦人の手にあわせてデザインされていますので」


「私の手は……」リッカは唾を飲み込みました。「盾を握る手ですので」


「気づいておりませんでしたわ」


最初の紐がスッとほどけました。続いてふたつ目。部屋の空気が急に重く濃くなったような気がしました。


姫佳からはジャスミンの香りがしました。ジャスミンと、遠くで鳴る雷、嵐が訪れる前の湿った空気の香り。それは典型的なアルファの匂いであり、リッカは8年間、誇りと怒りを胸に、一定の距離を保ちながら毎日嗅ぎ続けてきた匂いでした。しかし、こんな至近距離で嗅いだことは一度もありません。首筋からわずか数センチのところで、服の隙間から漏れる温もりを感じながら触れたことなど――。


足元がふらつきました。倒れそうになり、リッカは慌ててベッドの柱にしがみつきました。


「どうかしましたの?」姫佳が尋ねます。


「完璧に異常なしです」


「心臓の音がここまで聞こえますけれど」


「力仕事なもので」


「なるほど。リボンをほどくという、ね」


「非常に……技術のいる作業ですので」


姫佳は小さく笑いました。それは何年も聞いたことのない、飾らない、温かみのある、王女らしくない笑い声でした。リッカの背筋を電流のようなものが走り抜けました。


最後のリボンがほどけました。


ドレスがふわりと緩み、肩から少しだけずり落ちます。姫佳は両手で胸元を押さえながら、ゆっくりと振り返りました。


二人の距離はわずか一息分でした。


いつもは穏やかなアメジスト色の姫佳の瞳は、いまや濃く、温かく、ほとんど液化しているかのような黄金色に輝いていました。露出した肩に黒髪が滝のように流れ落ちています。頬は紅潮し、唇はわずかに開いていました。リッカが『深紅の騎士の情熱』の112ページで112回も読み、現実の人間がそんな顔をするはずがないと思い込んでいた表情が、そこにありました。


「リッカ」


姫佳が囁きました。


「ヴァンス卿」ではなく、「リッカ」。爵位もなく、からかいもなく。


リッカの喉がキュッと締め付けられました。


「殿下……」


「姫佳、ですわ」


「私には……できません」


「何がですの?」


「あなたを……そう呼ぶのは」


「8年前は毎日そう呼んでいたではありませんか」


姫佳の片手がドレスから離れ、ゆっくりと伸びてくると、リッカの頬にその指先が触れました。リッカはたまらず目を閉じました。全身を震えが襲います。王女の体温、息づかい、頭がくらくらするようなジャスミンの香り、そして8年間お互いに折れることを知らなかった二つの頑ななプライドが、小さくてロウソクの消えそうなこの部屋で、いま溶け合おうとしていました――。


あと数センチ。


半センチ。


指先が触れる距離。


「失礼します」


誰かの声が割り込んできました。


姫佳とリッカは飛び上がるように離れました。リッカはベッドの柱に激突し、姫佳はドレスを旗のように両手で掴み直しました。


喋ったのは――私です。


ええ、私ですよ。語り手です。ほんとうに、ほんとうに申し訳ありませんが、ルールというものがあるのです。これはコメディ小説ですし、全10話中のまだ第4話です。ここで二人がキスでもしようものなら、残りの6話分の緊張感がまるっきり消えてしまいます。読者のみなさんが退散してしまいますからね。女王陛下からも厳重注意を受けているのです。


嫌われているのは承知の上です。


ですが安心してください。ロウソクを消して、あとは夜の営み(?)に任せるとしましょう。


ベッドは大きかったのです。――ですが、枕の壁は、残念ながらそれほど大きくありませんでした。


ナイトウェア姿で背中を向けたまま、頬をまだ火照らせている姫佳。

反対側では、シャツと旅装のズボン姿のまま剣を手の届くところに置き、心臓の音を必死に抑え込んでいるリッカ。

二人の間には、5つの枕と、濃密すぎる沈黙が横たわっていました。


「ヴァンス卿」暗闇の中で、姫佳がようやく口を開きました。


「何でしょうか……?」


「その……リボンをほどいてくれて、ありがとう」


「任務ですので」


「任務ではありませんわ」


「少しは。……王冠をお守りするのは、リボンの解除も含みます」


「なんとまぁ、広義な解釈ですこと」


「柔軟な契約ですので」


姫佳が再び笑いました。その笑い声を聴きながら、リッカは胸の奥でずっと締め付けられていたベルトのバックルが外れていくような感覚を覚えました。


数分が過ぎました。窓からは銀色の月明かりが差し込んでいます。宿のどこかでは、誰かがガチョウについての歌を口ずさんでいました。


リッカは眠れず、天井を見つめていました。


そして、無意識のうちに、ほんの小さな呟き声で、まるで溜息のようにこう零していました。


――「たとえ貴方に憎まれようとも、私の心は永遠に貴方のものだ……」


枕の壁の向こう側で、姫佳の目がカッと見開かれました。


その台詞。


その台詞は、『深紅の騎士の情熱』第312ページ、第9章「崖の上の逢瀬」のシーンのもの。世に出てからまだ3ヶ月しか経っておらず、しかもペンネームで150部しか刷られていない本です。都心の書店以外に出回るはずがありません。


ましてや、一度たりともページを開いたことのない人間が知っているはずのない台詞でした。


姫佳は天蓋の影を見つめたまま、微動だにしませんでした。そして暗闇の中で、誰にも見られないように、そっと口元を緩めました。


――「一度も読んでいない」、ですって?


リッカはそんなこととは露知らず、反対側で自分の声に赤面しながら、寝入るまでブツブツと作中の詩を呟き続けるのでした。


(第5章へ続く……)

ここまでお読みいただきありがとうございました!


あわやキスというところで語り手に邪魔されたふたりですが、夜の暗闇の中で思わぬ「秘密」がバレてしまいましたね……!


果たして、リッカの言い訳はどうなるのか!?


続きが気になる方は、ぜひブックマーク登録や**評価(★★★★★)**をしていただけると大変励みになります!


次回の更新もお楽しみに!

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