第2章:馬車は一台しかありません
本章をお読みいただきありがとうございます!
ついに始まってしまった二人の二人旅。王道(?)の「馬車は一台しかありません」展開です!
ふたりの甘酸っぱい(?)距離感を楽しんでいただけたら幸いです。
ヴァレノワ王国の玉座の間は、広大で、冷たく、威圧感を与えるために作られた場所だった。天を突くほど高い天井、絹の旗印、そしてどんな囁き声でさえ判決のように響き渡る完璧な残響。
それゆえに、夜明けとともに最初に響き渡ったのがこの声だったのは、誠に都合が悪かった。
「絶対に嫌です!」
「冗談ではありません、陛下!」
姫佳とリッカは同時に声を上げた。同じ憤慨、同じトーン、そしてほぼ同じ言葉で。二人は横目で睨み合うと、まるでその偶然が伝染病であるかのように半歩ほど距離を取った。
玉座に座り、両手でティーカップを抱えたセラフィン女王は、22年間王国を治め、「決してユーモアのセンスを失わないこと」こそが統治の秘訣だと昔に悟った者だけが持つ静けさで二人を眺めていた。
「まだ何の話か言っていませんけれど?」
「言うまでもございませんわ、母上」姫佳は氷のように冷たい微笑みを浮かべた。「母上が私とリッカを同時に呼び出す時は、決まって碌でもないことが起きるのですから」
「旅に出てほしいのですよ」
「最悪ですわ」
女王は微笑み、紅茶を一口すすった。
「オルレンヌ王国との同盟条約の調印式が、10日後にあちらの王都で行われます。姫佳には私の代理として出席してもらいます。道のりは『うつろの森』を通ることになりますが……今週の報告によると、山賊と、ポニーほどもあるオオカミと、怪しいほどスープが安い行商人が出没しているそうです」
「スープの行商人……ですか?」リッカが尋ねた。
「何も情報がないのですよ。だからこそ不気味なのです」
姫佳は白鳥のような優雅さで腕を組んだ。
「そのための近衛兵でしょう、母上。50人ほど連れて行けば済みますわ」
「50人の兵など目立ちますし、旅が遅れます。必要なのは迅速さと隠密性です。馬車一台と、信頼できる護衛が一人いれば十分です」
『一人』という言葉が、広い玉座の間に虚しく響いた。
「ご、護衛が……一人ですか?」リッカは消え入りそうな声で繰り返した。
「王国最高の護衛です。あなたですよ、リッカ」
「陛下……」リッカは拳を握りしめた。「滅相もございません。他にも兵はおります。アルドゥス卿に、ブレナ卿……それに、厨房に住み着いているとても勇敢な猫もおります」
「その誰も、素手で熊を倒してはいませんからね」
「あれは小さな熊でした!」
「聞きましたよ」女王はカップを置いた。「リッカ・ヴァンス卿。8年前、あなたと私の娘は切っても切れない仲でした。正確には8年前と1週間前……晩餐会の椅子を修理するのにかかった請求書を、私は今でも保管しています。あの夜以来、私の執務室まで二人の喧嘩の声が聞こえない日はありません。正直、もう飽きました。そろそろ仲直りするか、それともトドメを刺し合いなさい」
姫佳とリッカは顔を見合わせた。
「まあ、ご安心なさい」女王はろくでもない予感を孕んだ甘い声で付け加えた。「明日の朝、馬車を門に用意しておきます。……一台しかありませんけれどね。他の馬車は、例のスープ行商人との奇妙な事故のせいで、すべて修理中なのです」
しん……と静まり返った。その後、部屋のどこかで、極めて真面目な顔で鎧の革紐を調節する金属音が虚しく響いた。
ええ、分かっています。あなたが何を考えているか。
「馬車は一台しかない」――女王がそう口にした瞬間、あなたも思ったはずです。目を丸くし、溜め息をつき、なんてベタで予測可能な展開なんだと呟いたことでしょう。
言っておきますが、これは私のせいではありません。私はただ物語を語っているだけです。このジャンルにはお約束のルールというものがあり、その中には明確な条項が存在するのです。――『二人のライバル、長い旅、そしてたった一つの移動手段』。もしこれを変更しろとおっしゃるなら、私は書類を提出して手続きを踏まなければならず、それには永遠のような時間がかかるのです。
話を戻しましょう。
自室へと戻る廊下は、まさに小規模な低温火傷のような戦場だった。
「あなたと同じ馬車に乗るつもりはありませんわ」姫佳は視線も合わせずに言った。
「結構です。私は屋根の上に乗りますから」
「寒いですわよ」
「その方が都合がいいです。貴女の声を聞かずに済みますので」
「聞こえない? いびきをかいて見張りをするくせに、何を言っていらっしゃいますの、ヴァンス卿。私の塔の窓まで聞こえてきましたわよ」
「いびきなんてかいていません!」
「かいていますわ。なかなか音楽的なリズムでね。バラードの一曲でも作曲できそうですわ」
「か・い・て・い・ま・せ・ん!」
廊下を通りかかった小姓が足を止め、二人を見つめた。そして城で長年生き抜いてきた者の知恵を発揮し、くるりと turn して厨房へと走り出した。厨房では「二人がいつ和解するか」の賭け金がすでに銀貨40枚に達していた。
自室の扉の前で、姫佳は足を止め、振り返った。
「一つ、 me 条件がありますわ」姫佳は声をひそめた。「この旅の間、あの晩餐会の話は一切禁止です」
リッカは硬直した。
この8年間で、あの出来事に正面から触れた者は一人もいなかった。彼女は口を開き、そして閉じた。耳がトマトのように赤くなり始め、今度は目の前に調整すべき革紐もなかった。
「……元より、そのつもりです」リッカは呟いた。
「結構ですわ」
「ですが……殿下も、その……『私のこと』について話さないでください」
「あなたの何のことですの?」
「私の……好きなもののことです」
姫佳は眉をひそめた。リッカは絶望的な面持ちで天井を見上げた。
「つまり……その、お互いに人に知られたくないことは秘匿しておくべきだと言いたいのです。藪をつついて蛇を出さないように……」
姫佳は長い間、目を細め、瞳の奥に冷ややかな黄金色の光を宿しながらリッカを見つめた。
「……取引成立ですわね。妙なことをおっしゃいますのね、ヴァンス卿」
「分かっています……」リッカは溜め息をついた。
そして返事も待たずに、耳を真っ赤に燃やしながら自室へと入っていった。絶対に言うべきではなかった言葉口にしてしまったという、嫌な予感を抱えながら。
翌朝、王室の馬車が中庭で待機していた。
黒塗りの木 bucket で作られた立派な馬車で、ビロードの帳とふかふかの座席を備えていた。しかし、誰も口にしなかった重大な特徴が一つだけあった。二つの座席の距離が近すぎて、向かい合って座ると、どうあがいても互いの膝が触れ合ってしまうのだ。
姫佳はそれを驚愕の目で見つめた。リッカは、さらに絶望的な目で見つめた。
「これ……」王女が言った。「もはや嫌がらせ(嫌悪)の一種ではありませんこと?」
「……建築様式の問題かと、殿下」
「ならば、私は建築というものを憎みますわ」
二人は反対側の扉から乗り込み、背中を背もたれにぴったりと extinguish させ、大袈裟なほど真剣な顔で窓の外を見つめた。御者が手綱を鳴らし、馬車が動き出す。
息の詰まるような沈黙の中で5分が経過した。
そして10分。
カーブに差し掛かった瞬間、馬車が大きく揺れ、二人の膝がガツンとぶつかり合った。
誰も何も言わなかった。誰も動かなかった。二対の耳――うち一対はなびく黒髪の下に隠れていたが――が、怪しいほどに桜色へ染まった。
姫佳は扇ぎ始めるためにハンカチを取り出した。
リッカは胸当ての革紐を引っ張り始めた。
そして後方の窓の外、丘の上からポニーほどもあるオオカミが馬車を見送り、首をかしげると――ほんの一瞬だけ、二人に対して同情の眼差しを向けたのだった。
(第3章へ続く……)
ここまでお読みいただきありがとうございました!
狭い馬車の中で膝がぶつかり合うふたり……!
お互いに「相手に知られたくない秘密」を抱えたままの旅は、一体どうなってしまうのか!?
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