評価2.1
「まずい可能性が高い店に、わざわざ行く理由がないだろ」
悠人は、穏やかに微笑んでいた。
カイトは玄関の前で、その顔を見る。
昨日までなら。
《評価2.1。期待できる》
そう送ってきたのは、悠人の方だった。
「俺にはあるよ」
「何が?」
「行く理由」
悠人は少しだけ首を傾げた。
「昨日、お前が行きたがってたから」
「覚えてるよ」
「じゃあ行こう」
「俺は行きたいとは思わない」
その言葉に、カイトの胸が沈む。
だが悠人は、そのまま上着を取った。
「でも、お前が行きたいなら付き合う」
「それは理由になるのか……」
「友達が行きたいと言ってるからな」
声は、昔と同じだった。
カイトは少しだけ救われた。
「行こう」
◇
評価2.1の店は、古い商業区画の端にあった。
途中、道が二つに分かれた。
右は近道。
左は古い商店街を通る遠回りだった。
「悠人。昨日だったら、どっち行ってたと思う?」
悠人は端末を見る。
「右。四分二十秒早い」
「そうじゃなくて」
「何が?」
「……いや、いい」
昨日の悠人なら、左へ行ったかもしれない。
面白そうだから。
ただ、それだけの理由で。
カイトは何も言わず、悠人の隣を歩いた。
やがて店が見えてきた。
色褪せた外壁。
少し傾いた看板。
入口の表示も、昨日と変わっていない。
《評価 2.1》
その下に、新しい表示だけが増えていた。
《予測満足度:低》
《利用は推奨されません》
カイトは表示を見上げた。
「直してないんだ」
「利用しなければ、不満は発生しないからな」
悠人は何でもないことのように言った。
◇
店内に客はほとんどいなかった。
二人は窓際に座る。
注文画面には、評価を下げている看板料理が表示されていた。
カイトは迷わずそれを押した。
悠人も同じものを注文する。
数分後、料理が運ばれてきた。
見た目は、思ったより普通だった。
カイトは一口食べる。
ぬるい。
味が濃い。
そのあとから、妙な甘さが残った。
カイトは数秒、口を動かした。
「……まずっ」
思わず笑った。
声が出た。
もう一口食べてみる。
やっぱりまずい。
「はは……本当にまずいじゃん」
悠人も一口食べた。
表情は変わらなかった。
「予測どおりだな」
「だよな」
カイトはまだ笑っていた。
「2.1って、ちゃんと2.1なんだな」
悠人は料理を見た。
「来るんじゃなかった」
カイトの笑いが止まった。
「……え?」
「まずいと分かっていた。予測も当たっていた。来る必要はなかった」
カイトは悠人を見る。
穏やかな微笑み。
さっきから、少しも変わらない。
「悠人...」
「なんでずっとその表情なんだよ...」
悠人は少しだけ首を傾げた。
「俺は現在、苦痛も不安も感じていない」
「......」
「本当にまずかったらそれはそれで笑えるって言ってたじゃん」
「覚えてる」
「意外とうまかったら、アテナの予測が外れたって笑えるって」
「それも覚えてるよ」
カイトは皿を指した。
「本当にまずかったじゃん」
「だから、もう来なくていい」
カイトは何も言えなかった。
そうじゃない。
そういう結論が欲しくて来たんじゃない。
「……そういうのも、楽しみにしてたんだよ」
「どういうの?」
「一緒にまずいって笑うのも」
悠人は数秒、カイトを見た。
「記憶はあるよ」
母も、覚えていた。
悠人も、覚えている。
覚えているのに、そこから同じ気持ちは出てこない。
カイトは視線を落とした。
その時、端末に白い表示が浮かび上がった。
《情動負荷の上昇を確認しました》
《個別調整支援を利用しますか?》
《利用する》
《利用しない》
カイトは、迷わず《利用しない》へ触れた。
表示が戻る。
「カイト」
悠人が呼んだ。
「何?」
「おまえ、ずっとつらそうだ」
カイトは顔を上げた。
その言葉だけは、少し昔の悠人に近かった。
「大丈夫」
「大丈夫には見えない」
悠人の端末が小さく鳴る。
画面に文字が浮かんだ。
《同行者に高い情動負荷を検出しました》
《支援情報を共有しますか?》
カイトにも見えた。
「カイト」
悠人が言った。
「情動負荷が上昇しています」
「……おまえまで」
「……悠人」
「共有しないで」
悠人は画面を見る。
「調整を受けた方が、楽になると思う」
「俺は嫌だ」
「分かってる」
「じゃあ押さないでくれ」
数秒。
悠人は、カイトを見た。
表情は変わらない。
「それでも、助けた方がいいと思う」
指が動いた。
《共有する》
「……悠人」
《共有情報を受理しました》
《状態を再評価します》
カイトは椅子から立ち上がった。
「俺、やめてって言ったよな」
「聞いた」
「分かっててやったのか」
「ああ」
「アテナに言われたから?」
悠人は首を振った。
「俺も、そう思った」
窓の外で、白い機体が一台、進路を変えた。
レイの声がイヤホンから響く。
「カイトさん。医療支援機がこちらへ接近しています」
「何秒?」
「四十七秒です」
悠人は席を立たなかった。
「逃げなくていい」
カイトは悠人を見る。
怒りたかった。
でも、できなかった。
こいつは本気で、自分を助けようとしている。
だから余計に、ここにはいられなかった。
「悠人」
「何?」
「俺は、今のままでいたい」
「......」
「だから、止めないでくれ」
悠人は答えなかった。
カイトは店の奥を見る。
「レイ」
「はい」
「外へ出る道」
「厨房奥に搬入口があります。施錠状態は確認できません」
カイトは走った。
「カイト」
背後から悠人の声がする。
厨房の入口で、一度だけ振り返る。
悠人は、同じ席の横に立っていた。
「約束した店には来た」
カイトは数秒だけ、その顔を見る。
「……違うよ」
それだけ答えて、厨房へ入った。
──第8話へ続く




