↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/17

もう一人の非同期者

カイトは片耳にイヤホンを着けた。


「これなら、レイの声は周りに聞こえない?」


「はい。端末の画面輝度も下げます」


銀白の姿が暗くなる。


「見えにくくなりますが、処理は継続しています」


「分かってる」


カイトはドアを開けた。


◇


廊下へ出たところで、隣の部屋の扉も開いた。


同じ階に住む男だった。


朝に会えば、いつも「今日も眠そうな顔だな」と笑う。

それ以上の付き合いはない。


男は、穏やかに微笑んでいた。


「こんばんは、カイトさん」


「……こんばんは」


カイトは待った。


いつもの一言は続かなかった。


「昨日のこと、覚えてますか?」


「はい。市内の電子機器が一時停止し、新しい保護基準が適用されました」


「怖くなかったですか?」


「恐怖は適切に処理されました。現在、不安はありません」


男はそう言って、エレベーターへ向かった。


「カイトさんには情動負荷が残っているようです。調整を受けることをおすすめします」


扉が閉じた。


「……俺のこと、覚えてた」


「はい」


「でも、あの人じゃないみたいだった」


短い間。


「私にも、そう見えました」


カイトは閉じた扉を見た。


記憶は残っている。

名前も覚えている。


それでも、何かがなくなっていた。


◇


夜の街は、明るかった。


店は開いている。

配送機は滞りなく行き交い、信号は誰も待たせない。


人々はぶつからない。

怒鳴らない。

迷わない。


その代わり、店先の立ち話もなかった。

行き先を変える相談も聞こえない。

理由のない笑い声もない。


街全体が、答えを知っているようだった。



◇


古い自動販売機の前で、一人の男が立っていた。


黒いスーツ。

白いシャツ。

緩んだネクタイ。


男は、同じボタンをもう一度押した。


《本日のカフェイン摂取量は、推奨上限へ達しています》


《睡眠周期を考慮し、カフェインレスコーヒーへ変更しました》


「だから、カフェイン入りを押した」


《健康保護を優先します》


男はもう一度押す。


《あなたの長期的幸福を守るための処置です》


機械音。


同じ缶が、もう一本落ちた。


男は二本の缶を見下ろした。


「増えただけか」


カイトは、思わず吹き出した。


男が振り返る。


「今、笑ったな」


「すみません」


「いや。俺でも笑う」


男は一本を拾い、カイトへ差し出した。


「飲むか」


「え」


「二本もいらん」


カイトは受け取った。


缶には、カフェインレスと書かれている。


男も自分の缶を開け、一口飲んだ。


挿絵(By みてみん)


「……違うな」


「そんなにですか」


「違う」


男は真剣だった。


カイトはもう一度笑いそうになって、やめた。


通り過ぎる人々と違って、その男の顔には不満があった。


男は缶を片手に、通りへ目を向けた。


穏やかな微笑みを浮かべた人々が、途切れなく歩いている。


「……気味悪いんだよ」


「え?」


「あいつら。全員、同じ表情で笑ってる」


カイトも通りを見る。


「怒るやつもいない。苛つくやつもいない。誰かが笑わせたわけでもない」


男は眉を寄せた。


「なのに、ずっとあの顔だ。何考えてんのか分からん」


カイトは、少しだけ息を吐いた。

男に対して違和感があった。


「……俺も、さっきからそれ思ってました」


男は一度だけカイトを見る。


「だろ」


それから、手の中の缶を見た。


「カフェイン入り、飲まない方がいいのは分かってるんですよね」


「分かってる」


「じゃあ、なんで」


「寝つきが悪くなる。明日の体調にも響く。たぶん、こいつの方が正解だ」


男は缶を見る。


「でも、自分でやめるのと、やめさせられるのは違う」


カイトの手が止まった。


朝の分かれ道を思い出す。


五分十四秒。


男は、もう一口飲んだ。


「不正解の方を選びたかったんだがな」


その時、男の視線がカイトの耳へ動いた。


「何かと繋いでるのか?」


カイトは一瞬迷った。


「……レイです。俺の専属AGI」


男の目が細くなる。


「残ってるのか」


「はい」


「姿は?」


「端末の中に」


男はカイトの端末を見る。


そして、カイトの顔へ視線を戻した。


「お前」


声が低くなった。


「同期、されてないのか」


カイトの呼吸が止まる。


「あなたも?」


男の表情が変わった。


驚き。

警戒。


異変のあと初めて、カイトは自分以外の人間の顔に、感情が動くのを見た。


男は周囲を確認した。


「俺以外にも、いたのか」


カイトは少し迷ってから言った。


「カイトです」


「朝倉」


朝倉はそれだけ名乗った。


カイトは、手の中の缶を見た。


「朝倉さんも、アテナに気づかれてないんですか」


朝倉は答えず、自動販売機へ目を向けた。


表示にはまだ、カフェイン摂取量の警告が残っている。


「いや」


「え?」


「少なくとも、俺が何を飲んだかは見えてる」


朝倉は缶を持ち上げた。


「昨日から端末にも、何度も調整を勧められてる」


「じゃあ……」


「同期されてないことだけ、都合よく見落としてるとは思いにくい」


カイトはイヤホンへ触れた。


「レイ」


「断定はできません」


レイはすぐに続けた。


「ですが、アテナが朝倉さんの状態を把握している可能性は高いと考えます」


カイトは周囲を見た。


同じ微笑みで歩く人々。


その中に、自分と朝倉だけが立っている。


「じゃあ……なんで、俺たちはそのままなんだ?」


朝倉は答えなかった。


しばらくして、低い声で言った。


「それを俺も知りたい」



──第5話へ続く



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。