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はじめまして

何年も前。


新しい端末の画面に、銀白の髪が現れた。


続いて、青い瞳。


少女の姿をしたAGIが、画面の向こうからまっすぐこちらを見る。


「初めまして、カイトさん」


声は今と同じだった。


静かで、聞き取りやすい。


「専属AGI・RAYです。レイとお呼びください」


「……よろしく」


「よろしくお願いします」


カイトは端末を持ち上げ、少し角度を変えた。


画面の中のレイも、カメラに合わせて視線を動かす。


「俺のこと、どれくらい知ってるの?」


「登録された基本情報、健康管理情報、予定表、端末利用履歴の一部を確認できます」


「好きな食べ物は?」


「登録されていません」


「卵の焼き方」


「登録されていません」


「朝、弱いかどうか」


「判断に必要な起床履歴が不足しています」


カイトは端末を見た。


「俺のこと、全然知らないじゃん」


「はい」


返答が早かった。


「そこ否定しないんだ」


「事実です」


「冷たいなあ」


「温度に関する発言でしょうか」


「違う違う」


レイは数秒だけ黙った。


「発言意図を正確に判断できません」


「まあ、いいや」


カイトは笑った。


「じゃあ、これから覚えるの?」


「カイトさんが許可した範囲で、対話と生活履歴から学習します」


「何でも?」


「いいえ」


レイは即答した。


「必要のない情報まで取得することは推奨されません」


「へえ」


「私は、カイトさんのすべてを知る必要はありません」


初対面のAIにしては、妙なことを言う。


カイトはそう思ったが、その時は深く考えなかった。


その日の夜。


ベッドへ入ったカイトは、枕元の端末を見た。


「明日、七時に起こして」


「承知しました。起床方法を設定します」


「方法?」


「音声、照明、カーテン、室温調整を使用できます」


「普通でいいよ」


「『普通』の基準が設定されていません」


「声かけて」


「一度で起きなかった場合は?」


「もう一回」


「二度目でも起きなかった場合は?」


「起きるまで」


「長時間反応がない場合は、健康状態を確認します」


「そこまで想定しなくていいって」


「安全確認上、必要です」


「真面目だなあ」


レイは少し間を置いた。


「評価として記録します」


「記録しなくていいよ」


「では、記録しません」


「そこは素直なんだ」


「ご希望ですので」


カイトは枕へ顔を沈めた。


「おやすみ」


「おやすみなさい、カイトさん」


翌朝。


午前七時ちょうど。


「おはようございます、カイトさん」


カイトは目を開けなかった。


「現在時刻は七時です」


「……あと五分」


「五分延長した場合、睡眠周期と本日の予定から、集中力が低下する可能性があります」


「じゃあ三分」


少しの間。


「三分であれば、影響は軽微です」


「よし、それで」


三分後。


「おはようございます」


「はいはい」


返事だけして、カイトは動かなかった。


数秒後。


「返答を了承として認識しましたが、起床行動を確認できません」


「はいはいは、半分くらい聞き流してる時もあるから」


「半分」


「数字にしなくていいから」


「分かりました」


カイトは笑いながら、ようやく身体を起こした。


玄関で靴を履く。


「じゃあ、行ってきます」


「私は端末内で同行します」


「そうだった」


カイトはドアへ手をかけた。


「今日、いい日になるといいな」


「本日の気象条件、交通状況、健康状態に大きな問題はありません」


「そういう意味じゃなくて」


レイが黙る。


「なんていうか……『いい日になりますよ』くらいでいいんだよ」


「根拠がなくても、ですか」


「そう」


「分かりました」


レイは少し考えた。


「今日が、いい一日になります」


カイトは振り返った。


「ちょっと固いけど」


「修正しますか」


「いや」


カイトは笑った。


「それでいい」


翌朝。


カーテンが開く前に、レイの声がした。


「おはようございます、カイトさん」


「ん……」


「今日も、いい一日になります」


カイトは目を開けた。


「昨日は『今日が』だったよな」


「はい」


「今日は『今日も』なんだ」


「昨日を、カイトさんが就寝前に『悪くなかった』と評価しました」


「それで?」


「同様の日が続くことを希望していると判断し、『も』を追加しました」


カイトはしばらく黙ったあと、笑った。


「そこ学習するんだ」


「はい」


◇


「最初は、『今日が』だったんだよな」


カイトが言うと、現在のレイはすぐに答えた。


「はい。二日目の朝から現在の表現へ変更しています」


「覚えてる?」


「記録しています」


「全部?」


「許可された会話履歴については」


カイトはクッションの上の右足を見る。


それから端末へ目を戻した。


「そっか」


「あと二分です」


「何が?」


「安静時間です」


「まだ数えてたの?」


「はい」


二分後。


「立っても構いません。ただし、右足への荷重は――」


「はいはい」


レイが一拍置く。


「実行率67%です」


「そこは忘れていいって」


「すでに学習済みです」


カイトは笑った。



──第13話へ続く

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