老体の師匠
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「(厄介)」
ただ、その一言に尽きる。
一昨日感知した違和感は、予感から確信へと変わっていた。
何かが起きる前には必ず静寂が訪れる。
異様な静寂、不自然な静寂。
それは自然物の時もあれば、人による物事の時もあり、今回は粉うことなき後者であった。
だから、厄介。
『女を始末しろ』という声を拾ったのは昨日。
一昨日やけに静かだったのは、こちらに悟られまいと動き始め、人が居なかった為だろう。
聴こうとすれば、私の耳はありとあらゆる音を拾う。
ここ最近は反対組織も落ち着いていた為、観察する地点を絞っていたが、それでも絶対に外せなかった場所。
それは私の元職場であり、今は私の愛弟子を暗殺しようと企てている、最悪の拠点。
魔法研究所であるその拠点は、世界中の魔法を研究し、そして法を作り出していた。
謂わば魔法の全て。
しかし私は方針が合わなかった。
だから離れた。
離れるのならば、弟子を取れと煩く言われていた。
弟子ならばもう居ると返していた。
やがてどこで聞いたのか、魔力の無い弟子は弟子では無いと言ってきた。
魔力を高め、広める。
魔力こそが、正義なのだと。
そういうところが合わないのだと、何度言っても伝わらなかった。
だから私は姿をくらました。
私の今の所在地は、弟子以外、誰も知らない。
けれど始末しに来るということは、かつての私の魔力の色を、形を、知るものが辿って家までやって来る可能性があった。
だから、家を出た。
即座に魔力を抑え込み、微塵も漏れ出ないようにして家から離れた。
向かう先はかつての弟子が住む地。
口は悪いが、私を認め、有事の際すぐに飛んで行けるようにと一番近くに住んでくれている弟子の住む地。
この森を抜ければあと少しだ。
飛べば早いが、魔力の痕跡が残る為今は極力避けたかった。
だから歩いていた。
そんな中ふと、私の治安維持を、『朝の体操』だと表現する弟子の顔を思い浮かべる。
最後に見た顔は不安が覗いていた。
私の様子がおかしいのを感じ取って、けれど話さない私の意思を汲み取って、不安を感じながらも笑顔でいた。
あの笑顔を、絶やしてはならない。
魔力が無くとも弟子であることには変わりない。
急がなくては、とまた歩く速度を上げる。
奴らは必ず魔力の無いあの子を仕留めに来るだろう。
ならば少しでも戦力が欲しかった。
世界一の魔力保有量と言われた私も老いた。
老いには抗えず、抗うつもりもなかった。
そんな私では、流石に多勢で来られた場合、耐えられるという保証は無かった。
しかし簡単に負けてやるつもりもない。
だから、なるべく気取られないよう時間を稼ぎながら、力を集める必要があった。
額を流れる汗を拭う。
魔力を抑え込むのも力と集中力が必要で、それは着実に、私の体力を奪っていた。
「(あまり老体に無茶させないでくれ)」
かつての同僚に向けた言葉は、声になることもなく消えた。
「(おや)」
最初に感じたのは冷たさだった。
居るはずの彼が居ない。
あるはずの熱量が無い。
ドアベルを押しても反応が無かった。
家の周りを一周ぐるっと回って、はて、と考える。
彼が家から出ることは基本無い。
何故ならこの家の地下に籠り、常に魔法の研究をしているからだ。
出たとしてもこの周辺には必ずいて、私がその魔力を感じられないはずが無かった。
つまり、ここには居ない。
理由を考える時間的余裕は無かった。
とにかく、今は対抗しうる力が必要だった。
となれば次に近いのはハーティか、と考える。
二番弟子で、とても優しい心を持った少年。
いや、今はもう。
青年どころか、とっくに立派な大人か。
純粋に懐かしい気持ちと、逸る気持ちが混同する。
しかしハーティは都市部に住んでおり、今人の多い所へ近付くのはなるべく避けたかった。
であればシェラ、マーシュ。
あの姉弟は元気だろうか。
マメに見えて案外彼女らは手紙を返してこない。
そこが可愛くもあり、また面白い所でもあった。
しかし彼女らはここからは真逆の位置に住んでおり、一旦自宅にまた近付くこととなる。
なるべく今はそれも避けたい。
となると、ベルク。
初めての弟子であり、一番付き合いの長いベルク。彼の住まいはここから一番遠い位置にあるが、山間の為安全性は高かった。
しかし歩くとなるとまた時間がかかってしまう。
しばしの思考、計算、結論。
「(飛ぼう)」
魔法使いは飛べなくなって久しい。
正確には飛ぶことを許されなくなって、久しい。
かつての同僚が、飛んではならない、という法を作ったからだ。
しかし私は緊急時には飛べた方が良いと考えている。
そこもやはり、気が合わなかった。
飛ぶことを許されなくなり早数十年。
飛ぶことを教わっていない者の方が増え、今やその禁止法は古い人間にしか適応されていない。
しかし。
私は弟子ら皆に飛ぶことを教えている。
つまり。
飛ぶための道具は、ここにある。
玄関脇の倉庫を開けると、古いが、手入れがしっかりとされている箒が入っていた。
この箒はかつて私が与え、そして彼が今日まで大切にしてくれている物。
勝手に拝借するのは忍びなかったが今は事が事である。
「(また新しい箒をプレゼントするのもいい)」
あの常に不機嫌そうな顔が、喜びで綻ぶ瞬間を思い浮かべると心が温かくなる。
プレゼントする為にも、全てを無事に終えなくてはいけない。
箒に横乗りして、飛ぶ、と思えば両足は簡単に浮く。
そのまま抑えていた魔力を開放して、ベルクの住む山へと空を渡った。




