自負していた弟子
涙も嗚咽も落ち着くころには、部屋の雰囲気が少し変わっていた。
まず、椅子が増えた。
長身のベルクさんが、まずは椅子だな、と言い、外に出て、ものの数分で小さな木の椅子を人数分、作って来てくれた。
いらなくなったらいつでも薪にできるからな、と笑いながら座らせてくれたその椅子は、小さな見た目には想像もつかないほどしっかりと安定していて、不思議と固さもなく座り心地がとてもよかった。
傍にいたハーティさんは少し離れたところへ移動して、みんなの様子を見守ってくれていた。
ごめんね、お家少し触らせてね、と優しく言った後、本当に家の柱を触り、マーシュさんとリアさんに何やら指示を出していた。
それからしばらくして、マーシュさんとリアさんは、二人でタオルを持って来てくれた。
それは間違いなく家の、私が洗ったタオルで。
触る、とは何か、お家の中身を把握する魔法を使う、という意味だったのかなと泣きながら思った。
シェラさんは私が泣き始めてすぐ抱きしめてくれた。
その温かさにまた涙が止まらなくて、顔中をびしょびしょにしていると頭をなでてくれた。
そして、キッチン借りるわね、と私に言い聞かせて、どうやって見つけたのか、ご主人様お気に入りの紅茶を淹れて来てくれた。
マーシュさんとリアさんはタオルを渡してくれた後、外に出てまだ帰って来ていない。
すぐに喧嘩し始めるのに、なんだかんだずっと一緒に行動していて、不思議な関係だなと思った。
ぐっしょりと重くなったタオルを洗濯籠に入れに行こうと、ハーティさんに声を掛けてから席を立つ。
泣きすぎたせいで頭が重い。
脱衣所の鏡に映った顔はそれはもうひどいものだったが、盛大に泣いた分どこかスッキリもしていて、幾分か気持ちの切り替えができた。
ダイニングへ戻るとベルクさん、ハーティさん、シェラさんが手を繋ぎ、輪になり、目を閉じてじっとしていた。
一瞬ぎょっとしたが何か意味のある行いなのだろうと踏み、その場から動かず見守る。
私には、魔力が無い。
だから魔法の扱いを教わったことが一度もない。
でも、もしこれが魔法の何かなのだとしたら、知りたいと思った。
彼らの魔法はとても静かで、穏やかで、そしてとても繊細な雰囲気がした。
だからよく見ていないと見逃してしまう。
魔法の、その扱いを、見逃してしまう。
もっと見たいと思った。
ご主人様が教え、彼らが身に馴染ませてきた、魔法たちを。
呼吸すら配慮するほど三人は集中していて、けれど三人同時に顔を上げる。
「ダメだ」
「ダメだね」
「ダメね」
三者三様の物言い。
けれど同じ内容を呟いた後、手を解き、各々体をほぐし始める。
私が室内に入ると、一番に気が付いたハーティさんは困ったような笑顔を向けた。
「ごめんね、気を遣わせて。メアリが居ることに気付いていたけど、集中しなきゃで」
それから座って、と三人の近くの椅子を勧められる。
素直に近寄り座れば、真剣な顔をした三人の視線が全て集まった。
「今、アーウィン様の魔力を辿っていたんだ。私たちはまだ未熟だから、一人でとはいかなくて、三人で魔力を共有してね」
そう言って一人で握手の形を作るハーティさん。
私が頷けば、その手を解いて更に続ける。
「でもアーウィン様の魔力は探知できなかった。これは単に私たちの魔力不足ではなく、ご主人様が、自分自身の魔力を断って追えないようにしているんじゃないかなと思う」
簡潔にまとめられた内容に、どうして、と思った。
同時に、どうして……とシェラさんの声がする。
目を向けると難しそうな顔をしたシェラさんと目が合った。
「アーウィン様が自分の魔力を断つということは、何かと交戦している訳では無いのだと思うわ。アーウィン様の魔力は膨大だからこそ、隠すのもそれなりに集中力がいるの」
分かるようで、分からない話だった。
交戦、とはすなわち戦う、ということ。
ご主人様は戦う可能性があるのだろうか。
また、今はそうでないにしても、魔力を隠しているのは、敵に見つからないためのものなのだろうか。
だとしたら、敵とは一体何なのか。
今確かな事実としてあるのは、ご主人様が魔力を隠さねばならない何かが起きているということ。
「アーウィン様に、変わった様子はなかったかい?」
促すようなハーティさんの声に、昨日のご主人様の様子を思い浮かべる。
変わった様子は、あった。
「ご主人様は……昨日の朝、外に出られてから様子が変でした。何かずっと考え事をしているような……」
窓辺に目を向ける。
昨日は、ほとんどあの窓辺で過ごされていた。
あそこで、何か考え事をされていた。
昨日まであそこに居られたのに、と思うとまた視界が滲む。
どうして、何も言わずに。
何か、言えない事情があったのですか。
それすらも、聞かせてはもらえませんか。
ご主人様をよく理解した、出来る弟子だと自負していた。
けれど何かが起きる時、起きそうな時、頼ってはもらえない存在なのだと叩きつけられている。
悔しくて、情けなくて、不甲斐なくて、涙が出る。
だからこそ。
「捕まえなくちゃ」
「え?」
思わず溢れた声に、ハーティさんがきょとんとする。
「捕まえなくちゃ、いけません。何としても捕まえてお説教しないと。いってきますがまだですよって」
言わないといけません。
最後は言葉にならなかった。
言葉の代わりに涙が出た。
言葉にならなかったけれど、三人には伝わったようだった。
そしてまた肩に手を置かれて、絶対に捕まえよう、私も言いたいことがある、と。
私だってお説教するわ。レディをこんなにも泣かせた落とし前、付けさせなきゃ、と。
リアじゃないが、せっかく招かれたのに、家主がいないんじゃいけないよな、と。
それぞれに同意する声が聞こえて、泣きながら笑ってしまう。
ご主人様、ご主人様はこんなにも、お弟子さん達に愛されているんですね。
ご主人様、私はまだまだ聞きたいことが沢山あります。
だからどうか、
ちゃんと、帰ってきてください。




