ただのお散歩をした弟子
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生徒は皆、家に引き上げている夜。
私は一人、校舎の屋上で森を眺めていた。
大きく作った校舎からの眺めは、遮るものが何もなく、ただ静かに風を浴びながら、森を直に感じられるので気に入っていた。
「アーウィン様」
「シェラ」
少し前に、こちらへ近付いているシェラの魔力を感じていた。
だから驚きはしなかったけれど、私に声を掛けてきたことには少々、驚いていた。
彼女もよく、夜に外を散歩している。
けれどこうして私の居る屋上まで来て、声を掛けてきたのは今日が初めてだった。
「風が気持ちのいい夜ですね」
「ああ」
同意して頷くと、シェラが私の隣へ来る。
何かあったのだろうかと顔を見ると、シェラは静かに口を開いた。
「アーウィン様は……いつまで、彼女を傍に置いておくおつもりです?」
「……どういう意味かな」
質問の意図が分からず問えば、深く、全てを見通す様な目を向けられる。
シェラはここのところ、その目をよく私に向けて来ている気がした。
それは主に、メアリと共に居る時に。
「彼女は、メアリは。コレットの制御を会得しつつあります。メアリはこれからもっと高く、強く羽ばたくことでしょう。そんな彼女を、いつまでここに縛り付けておくおつもりですか、と聞いています」
「……」
メアリの成長は、私もよく理解している。
何より私が傍で育て、見守ってきたのだ。
そんな彼女を、私が、縛り付けていると。
「アーウィン様。彼女は精霊使いとしても立派ですが、一人の女性としても、素晴らしい子だと思います」
「……そうだね」
「そんな彼女の『今』を、縛り付けていてよいのですか?」
「……」
シェラの諭すような言葉が、静かに胸に突き刺さる。
メアリの、『今』を。
「現存する唯一の精霊使いとしても、一人の女性としても、ここで、腐らせるのは私が許しませんよ、アーウィン様」
「……考えておこう」
遠い昔にシェラが、魔法が暴走してしまう弟を、救いたいのです、と、そう言って私の元へ訪れてきた時のことを思い出す。
あの時と、今目の前に居るシェラが、同じ目をしていたからだ。
人の為に動こうとしている時の、彼女の強い意思が籠もった目。
そうだな、と思案する。
幼い頃から育ててきたけれど、彼女もいつまでも少女ではない。
いつの間にか立派なレディへと成長していて、それならば。
シェラの言わんとすることを理解した私は、頭を下げて戻っていくシェラを見守りながら、これからのことを考えていた。
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「メアリ、少しいいですか」
「はい、ご主人様」
今日もそろそろ特訓の時間かな、と思っていたら、ご主人様はいつものグラウンドではなく、お家の方へと歩いて行かれる。
不思議に思いながらも付いて行くと、玄関近くのソファに一人、知らない男性が立っていた。
「彼はエルム。魔法研究所の職員です」
「エルムさん。初めまして、メアリです」
「初めまして、メアリ」
穏やかな微笑みを携えながら、握手を求められて手を握る。
もしかして新しい生徒さんだろうか、と思っていると、その手を握られたまま、何故かエルムさんに外へと連れ出されてしまう。
「えっ、あの、ご主人様!」
「後はエルムに」
「えっ!?」
ご主人様はそのままお家へ残られるらしい。
私は混乱しながらも、後はエルムに、という言葉通り、後で何か説明があるのかと思い、大人しく付いて行くことにした。
けれど。
「(ただお散歩をして終わった……!?)」
エルムさんとは、本当にただお散歩をして解散となった。
精霊との調子はどうですか、今日はいい天気ですね、ご趣味は何ですか?そんな、平和な会話をして終わった。
一体なんだったのだ……!?と思っていたら、次の日も、その次の日も、また別の人を紹介されて、お散歩へと行く。
こ、これは新しい特訓なのだろうか。
であれば、やると決めた私は、ただ遂行するのみである……!!
そう、息巻いていたけれど。
「(皆さんとお話する時間が無い……)」
毎日新しい方と、お散歩だけでなく御飯の時間も共にするようになった。
だから、少し離れた所に居る、お弟子の皆さんと全く話せないまま一週間が過ぎていて。
せめて生徒さんなら、授業の様子を聞けて楽しいかもしれないけれど、ご主人様が紹介してくださるのはいつも、生徒ではない魔法研究所の方。
正直どういう意図があるのか、未だ掴めないままでいた。
初めての方と沢山お話することで、コレットへと伝達力を高める特訓なのかと想ったけれど、どうもそれも違いそうなのだ。
お料理の時はお弟子の皆さんとそれぞれ、一対一で向き合う時間はあるけれど、基本はお料理の説明が主で、ゆっくりとお話をする時間は無くて。
それにどこか、皆さんに少しだけ距離を置かれているような気もする。
私が日々知らない方と共に居ることを、邪魔しないように、というような。
「浮かない顔ですね」
「……え、あ、すみません」
今日紹介された方にも、心配されてしまった。
お気になさらないでください、と微笑むと、カシャン、と遠くで、カトラリーがお皿にぶつかる音がした。
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「おい、何なんだよアレ」
「何なのだろう」
「何だろうなぁ」
「知らない」
「…………」
私はここのところ、頭を抱えていた。
アーウィン様に発破をかけたつもりが、まさか他の男性を紹介し始めるなんて。
「シェラ?」
「……作戦会議よ」
「え?」
「今夜、私の部屋に来て頂戴」
声を潜めてきょうだい弟子達に言うと、皆何かを感じ取ったのか、静かに頷く。
リアは思いきり顔を顰めていたので、貴方もよ、と視線で釘を刺しておいた。
先程メアリが見知らぬ男性に微笑んだ際、動揺からか、カトラリーで大きな音を立てていたアーウィン様は、あれから微塵も動いていなかった。
コンコン、と音がして扉を開く。
目の前にはきょうだい弟子達が全員居て、私は頷いて部屋へと招き入れた。
「アーウィン様か」
「……ええ」
察しの良いリアが、お昼と同様に顔を顰めていて言う。
その顔をやめなさいと軽く叩くと、余計に顔を顰められたので、静かに睨むと漸くその顔を元に戻した。
「メアリが最近、毎日違う男性と共に過ごしているのは知っているわよね」
「ああ」
「あれは恐らく、私のせいよ」
ふぅ、と息を吐くと、皆に少しだけ動揺が走る。
リアは変わらず呆れた顔をしていたけれど、先程までの変な顔はしていなかったから見逃すことにした。
「メアリも、アーウィン様も、きっと互いを、家族以上に大切に想われていると思うの」
「……」
「けれどあの二人ときたら、一向に進展しないどころか、今の関係で満足してすら居そうで」
「……ああ」
なるほど、と理解したようなベルク。
きょとん、と周りを見渡しているハーティ。
また姉さんの悪巧みか、とでも言いたげなマーシュ。
呆れた空気を出しながらも、静観しているリア。
皆それぞれの表情を見渡しながら、続ける。
「だから私、このまま放っておくなんて許さないって、アーウィン様に伝えたわ。一人のレディをレディとして愛さずに、ただの家族として庇護下に置き続けるのは、同じレディとして見過ごせない」
「……それはつまり」
「ええ、ちゃんと、レディとして愛する決断してください、と伝えたつもりだった。けれどアーウィン様は……皆知っての通り、他の若い男性を、メアリに紹介し始めたわ」
「なるほど、それで……」
理解が追い付いたのか、ハーティが漸くハッとした顔をしている。
マーシュは顎が外れそうな程口を開けて驚きを露わにしていて、ベルクは少しだけ、笑っていた。
リアは変わらず、体中から呆れを醸し出している。
「そこで、貴方達にも協力して欲しい。私は二人に、二人だけの時間をプレゼントしたいの」
頷いてくれたきょうだい弟子達に、私はそっと微笑んだ。




