ただ、ひたすらに洗う弟子
お昼が終わると、皆さん揃って外へ行かれる。
初めての授業は、なんと飛行魔法の習得だった。
「ルシアンが空を飛ぶことを禁じたのは、私が魔法ばかりを使って、人として衰えることを憂いていたからだそうだ。けれど、私は、有事の際に飛べなくては損失が大きいと考えている。故にこの度、魔法研究所所長、ルシアンの令により飛行魔法を解禁とする」
おおおお、と騒めくグラウンド。
ご主人様の説明に、そういう背景があったのか、と納得すると共に、私はやはりご主人様への愛……敬愛が重めなルシアンさんに、何処か通ずるものを感じていた。
皆さん配られた箒を手に持ち、各所に散らばったお弟子さんにコツを聞きながら、跨ったり浮いたりしている。
この沢山の箒は、ベルクさんがいつの間にか作ってくださっていたらしい。
宣言を終えたご主人様はリアさんを呼ぶと、一本の美しい箒を渡していた。
「リア、先日は君の家にあった箒を勝手に使ってすみません。途中で手放してしまったので、新しく作り直しました。良ければこれを」
「……ありがとうございます」
「(わ)」
なんて、素敵な笑顔。
嬉しさが溢れ出て止まらない、といった表情をしているリアさんに、私は口を覆う。
魔法使いは魔法の使用頻度や魔力の消費量により、見た目が実年齢と乖離していることが多いというけれど、リアさんはこの場にいる誰よりも、お若い筈で。
だから、年相応の、心からの表情に嬉しく思う。
けれどやっぱり、視線に気付かれ睨まれてしまった。
「お前」
「えっ、はいっ!」
珍しく、そのままリアさんに呼ばれる。
いつもは睨まれて終わりなのに、どうしたのだろうかと近寄ると、リアさんが指を鳴らした。
「わっ」
突如目の前に現れたのは、少しだけ古びた、けれどしっかりと手入れがされていると分かる、一本の箒。
驚いていると、その箒を掴んだリアさんが、こちらにずいと箒を寄せてきた。
「お前にやる」
「えっ!?」
「この箒は昔、アーウィン様が俺にくれたものだ。俺は新しい箒を貰ったから、お前にやる」
「……良い、のですか」
きっと、思い出深い箒なのではないかと思ったのだ。
けれどリアさんは、変わらず私に箒を寄せる。
「お前も飛べるだろ、いつか」
「っ」
私も、空を。
恐る恐る手を伸ばすと、力強く、箒を渡される。
握ってみると、その箒はとても滑らかな手触りで、よく使い込まれていることを感じた。
「コレットに指示を出して風を上手く操れば、リアの言う通り、メアリも必ずや飛べるでしょう」
傍で見ていたご主人様も、頷いてくださる。
そのお言葉に感動していたら、ご主人様はふいに首を傾げて。
「ところで、いつの間に箒を回収していたのですか?」
ご主人様が不思議そうな声を出して、問う。
リアさんは暫く固まった後、何も答えずに離れて行ってしまった。
けれど、その後ろ姿から覗く耳が赤くて、照れているだけなのだと分かる。
ご主人様と二人して微笑んでいると、肩に乗るコレットも、楽しげに飛び跳ねていた。
特訓は、日々順調に進んでいた。
飛行魔法は生まれた時から禁じられていて、そもそも飛べないものだと思っている人も多かった中、お弟子の皆さんの指導の甲斐あって、徐々に、空を飛べるようになっている人も居る。
私は変わらずグラウンドを走り、ご主人様がお手隙の際に、見守っていただきながらコレットへの指示出しを行う。
最初は玉にすることすら難しかった水も、今はコレットの体以上に大きな玉へと育てることができていた。
けれど、その玉を、長く保つことが難しい。
だんだんとご主人様の魔力を受け取るコツも掴めてきているけれど、そこから、コレットへ受け渡す感覚がまだ掴めない。
だから想い、願い、感情を注ぐことでなんとか保っているけれど、まだちょっとした思考の揺れで水の玉が弾けてしまっていた。
「水の玉にすることは安定してきましたね」
「はい……!」
今回もやはり弾けてしまって、息を吐く。
よろけた体は、ご主人様がしっかりと支えてくださった。
ご主人様と指示出しの特訓をするようになって暫く経つけれど、この距離の近さには未だ慣れないままだった。
毎度良い香りがするし、ご主人様の手が温かくて、そこに存在しておられることを実感するのだ。
私は毎朝ご主人様のシーツを取り替えるたび、そこにご主人様の熱が残っていないか、僅かな期待を込めて確かめているというのに……!
こんなに近くで、直接ご主人様の体温を感じられてしまうのは、やっぱり刺激が強かった。
今日の御飯担当は、シェラさんだった。
ご主人様とお話した後から、日替わりでお弟子の皆さんが来てくださっていて、準備がとても手早く終わるようになった。
皆さん魔法の習得だけでなく、お料理の習得も早かったのだ。
今日隣に立つお弟子さんはシェラさんで、シェラさんは、ご主人様とはまた違った良い香りがするなあと思っていたら、何やら視線を感じる。
おや?と隣を見れば、やはりこちらをじっと見ていた、シェラさんと目が合った。
「メアリ、最近また一段と綺麗になったわね」
「えぇ、そうですか?」
また一段と、だなんて。
お上手だなあと照れていたら、にっこり、微笑まれる。
「恋、でもしているのかしら」
「げふっ」
危ない、今が洗い物の最中で良かった。
お料理に咳込んでしまったとあれば大問題だった。
「こ、恋ですか」
「ええ。恋も、女性が綺麗になる一つの要素だと私は思うわ」
ふふ、と微笑まれて、考える。
恋、恋。
ご主人様……と、共に、精霊と心を通わせる時間は、とても幸せだと思う。
時々触れられる手に嬉しくなるし、優しく支えられる肩に、心がどうしても騒ぐ。
けれどそれは、きっと、憧れによるもので。
だから、恋、なんて、そんな畏れ多いものでは無いはずで。
「私、恋に年の差は関係無いと思うの。独り占めしたい、私だけを見て欲しい、そして触れたい。そんな想いがあるのなら、それはきっと、恋なんじゃないかしら」
恋。
シェラさんの優しい声を聞いて、なんだか心がむず痒くなる。
独り占めも、私だけを見て欲しいも、触れたいも、全て畏れ多い。
だから考えたこともなかった。
けれど。
ご主人様が、私だけの傍に居てくださって、私だけを見て、私に、触れてくださったのなら。
「……っ」
顔が、沸騰するかの如く、熱い。
思わず洗っていた調理器具達を落としそうになって、慌てた。
「あらあら」
隣からは、微笑みを含んだ声が降って来る。
それは私がよくリアさんに向けている、可愛くて思わず微笑んでしまう、というような微笑みで。
私は何も返すことができずに、ただ、ひたすらに調理器具を洗っていた。




