私には無理だった弟子
そして。
「(き、来た……!)」
人生で初めて、空を飛んだ。
今や『飛べない』とされている中、何故飛んで行くのかと不思議だったけれど、ご主人様の視線が少し鋭かったので、多分、魔法研究所への反抗心……的なものなのかなと思った。
私は箒の前側に乗せていただいて、落ちないようにご主人様が後ろから、だっ、だきっ、抱き締めっ…………
支えて、くださったので、心が乱れに乱れて、もう既に気力を使い果たしてヘトヘトだった。
「何か言われても真に受けないように」
「へ?」
「とにかく聞き流すことです」
「は、はい」
大きな大きな建物の前で、ご主人様は無表情でそう仰られる。
だから私は頷いて、やがて歩き始めたご主人様の後を追った。
「アーウィン!!?」
「わっ」
建物の中に入って早々に、ご主人様を呼ぶ声がする。
正確には呼ぶ声というより、悲鳴、に近かったけれど。
「一体何故ここに君が……!もしやその後ろに居るのは、魔力が無いという弟子かね……!?」
ドタドタ、と走り寄ってきたその方は、ご主人様と私を交互に見比べて、大慌てしている。
私は聞き流し、聞き流し、と心で唱えながら、見守っていた。
「学校の入学志願者について。一体どうなっている」
わ、と私はご主人様の後頭部を見る。
ご主人様の、こんなに冷たい声は初めて聞いた。
それは目の前の方もそうなのか、先程までの興奮は全くと言っていい程無くなり、どこか悲しそうな顔をしている。
「学校……は、本当に作るのか」
「作るから、募集をかけた。何より君達の望みでもあっただろう。私が教え、育てゆくのは」
君達の望み、と聞いて、先日ご主人様がお話してくださったことを思い出す。
魔法研究所は魔法界を盛り上げたいのだ、と。
だからご主人様に弟子を取れと、促していたと。
「望み……いや、望みでは無い。私の望みは、君が魔法を使わないことだ」
「……えっ!?」
あ、と思った時には遅かった。
思わず声に出てしまって、お二人の視線が私に集まる。
だって、驚いたのだ。
この方がご主人様の仰る、魔法界を盛り上げる為に弟子を取れと言っていた人、ならば。
真逆のことを言っている、と思ったのだ。
ご主人様は魔法を使わずとも魔法の扱いを教えることはできる、と思うけれど。
それはなんと言うか、少々非効率的な気がして。
ご主人様が扱う魔法を、目で見て学ぶ部分も多いのだと、私は知っていた。
学校の校舎を作る時や、その校舎に魔法を組み込む時。
お弟子の皆さんが少し悩むと、ご主人様はお手本を軽々と見せて、それを受けた皆さんが直ぐに習得や、理解をしていたから。
だから、魔法を使わないことが望みというのは、魔法に長けたご主人様に願うには、少し変な感じがした。
「私は君に、長く生きて欲しいのだよ」
「え……!?」
すみません、ご主人様。
聞き流しは、私には無理のようです。
ここでは何だから、と、通されたのは所長室。
この方所長さんだったのか……!と驚いていたら、私も席を勧められたので、恐れ多くもご主人様のお隣へお邪魔する。
「挨拶が遅れたね。私はルシアン。ここの所長をしている」
「メアリです。ご主人様……アーウィン、様の、弟子です」
ここではアーウィン様と呼んだ方が分かりやすいかもしれない、と、少しどきどきしながら呼んでみる。
今はなんとなく、ご主人様のお顔を見る勇気は無かった。
「メアリ……やはり君だったか。先日は私の部下がすまなかった」
そう言うと、ルシアンさんは、深く、深く頭を下げるので驚く。
私の部下、ということは、先日の襲撃は、この方の計画では無かったということなのだろうか。
「私がアーウィンへの愛を拗らせているからと、暴走した部下が強硬手段に出た。私の監督不行届だ」
「あ……愛……!?」
聞き捨てならない言葉が出た。
愛。
愛とは、私の知る、あの愛だろうか。
あの愛ならば、少々、話を詳しく聞かなくてはならない。
「敬愛、の方だけれどね。君はどこまで魔法について知っているのかな。魔法使いが、魔法を使うと、老いが早まるという話は知っているかね?」
「……え……?」
初耳、だった。
魔法を使うと老いる……?
それは見た目だけでなく、寿命的にも、ということなのだろうか。
であれば、大問題ではないかと思う。
ご主人様を見遣ると、ご主人様は何やら考えごとをなされていて、今はお話を聞けそうになかった。
「アーウィンは話してはいないか。魔法使いはね、魔力を持たない者より、精霊や大地のパワーを頂きやすいから、他と比べて、長生きではあるのだよ」
「……はい」
その話は、知っていた。
本で読んだことがあったからだ。
けれど。
「その分、魔力を強く消費できる、魔力保有量が多い者は、過剰にパワーを消費してしまうが為に、短命なのだよ」
「……そんな」
つまり。
魔力保有量が世界一と言われているご主人様が、まさにそうではないか、と思う。
数々の逸話を残す程の魔法使いで、隠れファンが多いというご主人様。
そんなご主人様は、その魔力保有量あってこその、膨大な魔力消費を伴う魔法も沢山、使われてきた筈で。
そんな、
そんな。
「だから私は、魔法を使ってほしくなかった。アーウィンが魔法を使わずに済むように、弟子を取れと散々言っていた。けれど君はいつまで経っても弟子を取らない。魔力の無い子では、君の魔力消費の支えにはならないではないか」
辛そうなその声に、私も胸も痛む。
そういう理由だったのかと、少しは理解できたからだ。
「支えにならないと、そう言うが。彼女は、今精霊と心を通わせている最中だ」
「なっ!?」
ご主人様の言葉を受けて、ルシアンさんから驚きの表情を向けられる。
私は頷くと、今日も付いて来てくれていたコレットを手で示した。
「まだ生まれたばかりの精霊だそうですが、今心を通わせられる様、特訓中です」
「それは……何ということだ……」
あまりにルシアンさんが驚くので、はたと気付く。
そうか、そうだ。
魔法使いが長生きなのは、大地や、『精霊』から、パワーを貰っているからだと。
つまり、つまりは。
私がコレットと心を通わせて、指示がしっかりと、出せるようになったのなら。
ご主人様に、長生きしてもらえる程の、パワーを、魔力を、流し込めるのではないか。
ならば、マイナスが大きくなってしまっている現状を、プラスへと、変えていけるのではないか。
気付くと、お二人から、視線を受けていた。
ルシアンさんからは希望の眼差しを。
ご主人様からは何処か辛そうな、心を痛めていらっしゃる様な、視線を。
「私が支援しよう。思ってもみなかった展開だ。精霊は自由を好み、自然を愛す種族だから、心を通わせるのはもうとっくの昔に諦めていた方法だった。しかし、今メアリが掴みかけていると言うのなら、私は自分の研究全てを放り出してでも取り組むべき、再優先事項だ」
支援……は、有難いのかもしれない。
ずっとご主人様に魔力を注ぎ続けていただく訳にもいかないから、一人での特訓も続けていて。
けれど、魔法の知識が豊富な方々に、ご協力いただけるのであれば。
それはきっと、大幅な成長が望めるのではないかと思った。
「支援は一旦持ち帰るとして。私は君を少し誤解していたようだ、ルシアン。すまない」
ご主人様が柔く頭を下げていて驚く。
あれ程嫌っていた相手に、素直に謝罪を届けておられるから。
長年の悩みの種であっただろうに、素直に。
「いや、私も言葉が少なかった。すまない。支援は前向きに検討してくれ。そして本当に、うちの部下がすまなかった」
「あの……私も、部下さんの……肩を外してしまって……すみませんでした」
あの時鳴った音を思い出して、申し訳なくなる。
ご主人様に火を放ったことは何があっても、絶対に許せはしないが。
肩を外すのは少々、過剰だったかもしれないと思い、頭を下げる。
「いやいや、君の行いは咎められるものじゃない。部下は私を慕ってくれていたが、私がアーウィンのことで悩み続けて研究に力を入れられなかったせいで、悩みの種を解消しようと強引に動いたのだ。しかしどんな理由でも、あれは許される行動じゃない。その贖罪も込めて、可能であれば支援は惜しみなく行うつもりだ」
悩みの種を解消しようとして。
そう聞くと、部下さんも、ルシアンさんもみんな、ただ不器用なだけで、その根幹は相手への思い遣りだったのだと気付く。
襲ってきた部下さんのことは許せないが、それでも少し、さっきよりは、許せなさの濃度が下がる感覚がした。
「それで、生徒については」
「そうだった、そうだったな。生徒はすまない、私が説得して回って、志願を取り下げてもらっていた。大勢に魔法を教えるとなれば、また君が何度も、魔法を使うことになると思ったから」
「……」
ご主人様は目を閉じて、小さく頷く。
ルシアンさんが犯人だと踏んではいたけれど、ただの嫌がらせではなく、先生への思い遣りであったことを理解したという、そんなご様子だった。
「志願については、一度に大勢受け入れるのではなく、少数を循環していく形はどうだろうか。それならば魔力を使いすぎることも無いだろう」
「……いや。受け入れは制限しない」
「な、何故!」
何故。
私もそう思って、ご主人様をじっと見つめる。
事情を知った今は、私もご主人様にあまり魔法を使っていただきたくは無かった。
魔法を使わないことで短命への道を防げるのなら、ぜひとも魔力を使わずに、長生きしていただきたかったから。
「私には優秀な弟子達が居る」
「っ」
思わず息が詰まって、涙が滲む。
優秀な弟子達。
それは私もよく知っている、皆さんのことだ。
襲撃を感知した際、お一人で動き始めたご主人様が、優秀な弟子達が居るから大丈夫だと、仰っておられる。
それはつまり、皆さんのあの、愛のあるお叱りを受けて、最初から皆さんを全面的に頼ろうという方向へ、心を改めていらっしゃるということで。
「(みなさん、やりましたね!)」
そう思って、嬉しくなる。
にこにこしていたら、ご主人様は少し気恥ずかしそうにして、私を見ていらした。




