できるか、ではなく、やる弟子
「うぐぅ……」
楽しみだった生活は、実際のところ結構、かなり、きつかった。
魔力を持たない私が、精霊と通じ合うには感情を制御することが一番の近道で。
けれど、感情の制御などすぐに出来るものではなく。
まず始めたのは基礎体力作りであった。
これがまた、きっっっついのである。
「まだまだあああああ!!」
校舎の周りを八周走り力尽きた私を余所に、何度も追い越して行ったリアさんは更に追加で走りに行く。
こちらは喉がカラカラで、気すら飛びそうだというのに。
少し離れた所では、マーシュさんが放出する魔力の制御を行っていた。
マーシュさんはお弟子さんの中でも特に魔力が強く、その分魔法が暴走しがちなのだと言っていた。
だから制御、抑える方の特訓を行っている。
見守っているのはシェラさんだ。
元々シェラさんがご主人様に弟子入りしたのは、産まれた時から魔力が暴走しがちだった弟のマーシュさんを、抑えてあげることが目的だったのだという。
「でも結局マーシュが大きくなるにつれて私じゃどうにもできなくて、マーシュも弟子入りさせてもらうことになったんだけれどね」
そう笑うシェラさんは、姉としての優しさと、悔しさ、そして少しの寂しさを含んだような顔をしていた。
「シェラさんはかっこいいです」
心からの言葉を伝えると、シェラさんはぎゅっと抱きしめてくれた。
私の肩が濡れたことには、気付かないふりをした。
ベルクさんとハーティさんは今日はここには居ない。
生徒の募集をかけたところ大勢からの応募が来たそうで、その対応に追われていた。
なんでも魔法研究所にはご主人様の逸話が沢山残っており、隠れご主人様ファンが一斉に応募してくれたのだという。
ご主人様のファンだなんて見る目がありますね、と嬉しく思う反面、私が知らないご主人様の逸話を知っている方々を羨ましくも思った。
いつか聞いてみたい。ご主人様からはきっと、聞けないだろうから。
ご主人様は魔法研究所のこととなると、何だか遠い目をして、若干嫌そうな顔をなさるのだ。
実際色々あったのだろう。
私達も、魔法研究所からの襲撃を受けている事実がある。
だから無理には聞かないことにした。
いつかご主人様が話したくなった時、話せる内容を、聞かせていただきたい。
そんなご主人様は今日はお部屋に籠っておられる。
何やら探し物があるらしく、私は少しわくわくしていた。
それから私は、一度特訓から離脱してお昼ご飯を作る。
今日はベルクさんとハーティさんが居ないから控え目に作ったつもりだけれど、結局、山盛りの料理が完成していた。
二人分は作り慣れているのに、その三倍近くの量ともなるとバランスがなかなかに難しい。
皆さんを呼んで回って、ダイニング、もといダイニングホールの一角に集合して、お昼ご飯を囲む。
「美味しそうね」
「ありがとう、メアリ」
「早く寄越せ!」
「自分の前から取れよ!」
……今日も賑やかである。
叱る人と朗らかに笑う人が居ないので、いつもより若干激しさが増しているけれど、私は皆さんのお皿に料理を取り分けて、都度補充していく。
作り過ぎてしまったと思っていた料理は、思っていたよりも直ぐに無くなってしまった。
皆さん、特訓で体力や魔力を消耗する分、お腹が空いていたのかもしれない。
これからは、いつもより多めに作るくらいが丁度良いのかも、と微笑ましく思った。
「メアリ」
「はい、ご主人様」
食後のコーヒーを配り終えると、ご主人様に呼ばれ、微笑む。
皆さんも揃ってご主人様を見ていて、周囲が珍しく静かになった。
「精霊に関する文献を見付けました。私も宥めることはできても、心を通わせるのは初めての経験で」
ご主人様はそう言って、一冊の分厚い本を取り出す。
古びたその本は開くだけでパキパキと音がして、今にも崩れそうな程ボロボロだった。
「ここに、精霊の名付けに関して記載があります」
ご主人様が、その長く細い指で示す先には、見たことのない形をした文字。
「えらく古い文字だな」
「リアさん、読めるんですか?」
「当然だろ」
……当然だった。
私は読めないので、ご主人様の顔を見る。
すると、ご主人様は文字を指で追いながら、読み上げてくださった。
「精霊は名付けを行うことで、己が認めた相手と絆を結び、より魔力を増す、と」
「……絆」
口にしてから、左肩に乗ったままの精霊を見遣ると、精霊は少しだけ揺れて反応を返してくれる。
「あなたに、名前を付けても良いのかな」
そっと精霊の頭を撫でながら言うと、今度は明らかな肯定を示す頷きの様な動きが、返ってきて。
ご主人様を見ると、ご主人様も頷いておられる。
周りの皆さんは、じっとこちらを見守ってくれている。
「では……コレット」
あなたの名前に、どうかな。
そんな想いを込めて、見つめると。
「わっ!?」
突然、妖精が眩い光を放ち、輪郭が、縁取られていく。
「姿が変わりましたね」
そうご主人様が仰る通り、綿毛のようだった精霊、コレットは、今は二頭身の、小さな子どものような姿をしていた。
「聞いたことがある。魔力の高い精霊は、人型に変化していくって」
リアさんがそう言うと、ご主人様は頷く。
「ええ、きっとこの子もそうなのでしょう。精霊として生まれたばかりだが、魔力は恐らく私よりも高い」
「ご、ご主人様よりも!?」
ご主人様は、魔力保有量が世界一の魔法使いだと、リアさんが言っていたのを聞いたことがある。
そんなご主人様を超えるということはつまり。
「扱えるのか、お前」
「……」
リアさんの言葉に、直ぐに、はい、とは言えなかった。
けれど。
「いいえ、とは言いません……!」
両手を握って見せると、皆さんは驚いた顔をした後、笑って、応援してくれて。
魔力の無い私が、こうして皆さんと一緒に過ごして、同じ空間に居られるだけでも幸せなのに。
同じ弟子として、共に成長していける立場になることができて嬉しい。
まだまだ制御には程遠く、コレットは直ぐに風を巻き起こしてしまうけれど、先生をも超える魔力を持っているのならば、制御ができた暁にはきっと、魔法使いである皆さんの、ご主人様の、お役に立てる日が来るのではないかと思う。
それは、何よりも素晴らしいことだと思った。
だから、できるか、ではなく、やるのだ、と、決意を新たにする。
ご主人様はそんな私を、優しく微笑み、見守ってくださっていた。




