走れちゃう弟子
我先に、と走り出したリアさんを追って、私も家中を見て回る。
一体どんな魔法を使ったのか、広い広い廊下には沢山の扉が出来ていて、その扉の奥は全て個室になっていた。
大きな階段を上るとまた更に広い広い廊下があって、ここにも沢山の扉があって。
二階建ての小さなお家だったはずが、大きな大きな、人が沢山住めるお家に大変身していた。
「すごい……!お家の中で走れちゃう!」
盛り上がった気持ちのまま駆けだせば、背後から「クソガキ!」との声が聞こえたが、何だかいつもより弱々しい。
お家が広くなったから、その分音圧が緩和されているらしくて面白かった。
廊下の突き当りには見慣れた扉のお部屋があった。
そっと開けば、鍵のかかっていない、ご主人様のお部屋だった。
ご主人様もここに住んでいてくださるんだ、と嬉しくなる。
そういえば私の部屋はどこだろう、と真逆の方を探すと、私の部屋もちゃんと残ったままだった。
それがじわじわと、心を温める。
私はいつかご主人様の元を去らなくてはいけないと思っていた。
魔法研究所とやらから何か言われているなんて気付きもしなかったけど、魔力の無い私はここに居続けてはいけないと、ずっと心の奥深くで思っていた。
けれど、今は精霊がいて。
ご主人様のお弟子さんと共に、私も一人の弟子として、本当の弟子として、そして、生徒として。
ここに居ていいのだと、証をもらったような気持だった。
嬉しくて嬉しくて、ほんの少し誇らしくて、にやける頬が止まらない。
そのまま部屋を眺めていたら、合流したリアさんにドン引きの顔をされた。
「ご主人様!すごいです!お部屋が沢山ありました!」
ダイニングへ戻ると、なんだかダイニングぽさが無くなっていた。
おや?と首をかしげて眺めて、そうか、と気付く。
ダイニングテーブルが無くなり、ソファが増えていた。
玄関から近いここはダイニングではなく、休憩スペースになったようだった。
ではダイニングはどこへ行ったのだろう、と先程行かなかった方へと向かってみる。
すると一際大きな空間があり、そこに大きなテーブルが並んでいた。
「リア、メアリ!良いところに。手伝ってくれ」
声がして、振り返るとそこには大量の椅子に囲まれたベルクさん。
「アーウィン様が椅子を気に入ってくれたみたいで、俺に作ってくれって」
ベルクさんがそういう側から、どんどんどんどん木の椅子が生まれてくる。
このままでは埋もれてしまう!と一つ一つ運び出すと、マーシュさんも来て手伝ってくれた。
こういう、全てを魔法に頼らないところが、ご主人様の方針なのだという。
思えばご主人様は、二人で過ごしていた時から魔法を使っていなかった。
脳裏に過ぎるのは『魔力だけを高め、人としての力を弱めかねないやり方』と仰っていたご主人様の声。
確かに、本にもそう書いてあった。
全てを魔法に頼るから、魔法使いは体の力が弱いのだと。
だから、魔法に頼るところは頼り、自力で出来るところは自力でやる、という方針はいいなと思った。
同時に尊敬もした。
きっと私に魔力があれば、私も魔法の手軽さに頼ってしまっていたかもしれないと思ったから。
ご主人様はすごい。
「メアリ、少しいいですか」
考え事をしながら椅子を運んでいると、ダイニングの更に奥から現れたご主人様に呼ばれた。
「今行きます!」
そう返すと、持っていた椅子をリアさんに奪われる。
驚いて顔を見ればベーッと威嚇され、その頭をマーシュさんが小突き、「んだよ!!!!」と一気に騒がしくなる。
その声に負けないように「ありがとうございます!」と叫んで、私はご主人様の元へと向かった。
見えていなかったダイニングの奥には、これまた広いキッチンが出来上がっていた。
「キッチンはそのまま広げましたが、何か不便や追加はありますか?」
促され、見渡して、感動する。
太陽の光がキラキラと差し込む、素敵な素敵なキッチンだったから。
「使っていくうちに要望があればその時にでも。食事は当番制にしてもいいですね」
穏やかな微笑みを向けられて、そこに労いを感じて、心がじんわりと温かくなる。
けれど、私はやんわりと首を振った。
「皆さんが良ければ、ご飯は私が作りたいです。元々好きでしたし、こう……大鍋をかき混ぜるのも楽しいです」
ぐるりと鍋をかき混ぜる仕草をすれば、ご主人様の微笑みが深くなる。
私も笑顔を返すと、やがて、ご主人様は何かを思い出した様に目を瞬かせた。
「そういえば、メアリ」
「はい、ご主人様」
「最近、ベリーを口にしましたか?」
「ベリー……ですか?」
はて、と思う。
最近ベリーを食べただろうか。
食べたとして、何故ご主人様がお気になさるのか。
不思議に思っていると、ご主人様は緩く、腕を組む。
「先日襲って来た魔法使い達を縛り上げた際、妙なことを言っていました」
「妙なこと」
「ええ、なんでも、魔力探知を込めたベリーを、私の弟子と思われる年の子に満遍なく、街で与えたと」
魔力探知のベリーを、街で……街。
街……!
ハッとする。
私は、確かにベリーを食べていた。
先生のご様子が変だったあの日、街へ買い出しへ出掛けた際、屋台でベリージュースと、生のベリーを食べさせてもらった。
「食べ、ました。屋台が出ていて、今日で店仕舞いをするから、残りをぜひ食べては貰えないかと言われて」
「……やはりそうでしたか。恐らく込められていた魔力が弱かったのでしょう、私が傍に居ながら、気付けずにすみません、メアリ」
「そっ、そんな、ご主人様のせいじゃないです。確かになんだか舌がピリピリするベリーだなと思いましたが、そういう新食感の物なのだと思えるくらいには、全然、余裕でした」
ご主人様を見ながら力強く頷くと、困った様な微笑みが返って来る。
ご主人様は、ご自身を責めておられるのだ。
気付けなかったと、未だ責めておられるのだ。
「ご主人様が助けに来てくださったから、私は精霊を呼べる程に、感情が揺さぶられました。あの時は本当、どうなることかと思いましたけど、今こうしてご主人様が元気で、精霊にも出会えて、嬉しいです」
本当に、嬉しいことだなと思う。
全てが揃って、今になっているのだと感じる。
「メアリは強いですね。確かにメアリに魔力探知の魔法が込められていたからこそ、私も遠隔で、何が起きているのか見ることができました」
そういえば、私達と共に居なかった時のことを話してくださった時、ご主人様が仰っていた。
遠くに居ながら、このお家に居るお弟子さん達のお顔が、見えたのだと。
魔法研究所の人達は、私の中に込められた魔力探知を使って、私達の居場所を突き止めた。
けれど、その様子を同時に先生も遠隔で見たからこそ、事態が直ぐに掴めた。
理解して、複雑な気持ちになる。
私がベリーを食べたせいで、皆さんの居場所がバレて、危険な目に合わせてしまった。
けれど、先程私が言ったように、だからこそ精霊とも、通じ合えた訳で。
ご主人様のお褒めの言葉を素直に受け取ることができずにいると、肩に優しく、手を置かれる。
そこにいつもの労いを感じて、私は漸く頷いた。
事は起きてしまった。
なら、今、これからの私にできることは。
精霊ともっと心を通わせて、皆さんの成長を手助けする、その力になること。
改めて決意を固めると、ご主人様が手を置いてくださった肩とは反対側の肩にいる精霊が、嬉しそうに跳ねる。
私の戦いは、まだ始まったばかりだ。




