激しい自己主張となった弟子
キッチンに立つことを許してもらえたのはそれから一週間が経った頃だった。
それまで皆さんが交代しながらご飯を作ってくれていて、どれも個性豊かで、とても楽しい日々だった。
私が一週間倒れていたのは、煙を吸った事による体へのダメージと、体に持たない魔力を無理やり行使したせいだと推測された。
今はもう元気で、というより、目覚めた時にはもう元気だったけれど、主にシェラさんが立つことを許してはくれなかった。
それは確かな愛で、私はむず痒い気持ちで、有難く受け取った。
長いようで、あっという間の一週間だった。
ご主人様が何をしていたか、何が起きていたかも聞かせてもらった。
もう二度と何も言わずに出て行かないでくださいと言うと、私はまた涙が止まらなくなったし、ご主人様はずっと困った顔で謝っていた。
私が散々泣いた後は、皆さんが総出でご主人様を叱っていた。
もっと弟子を頼ってください。
もっと弟子を信頼してください。
もっと弟子に甘えてください。
もっと弟子を鍛えてください。
もっと魔法を教えやがれ。
リアさんは相変わらずだったけれど、皆さんの叱りには愛が籠っていて、その様子を見てまた泣いた。
ずっとこのままが良いと思った。
皆さんと一緒に、ご主人様と一緒に。
こうやって騒いで、話して、見守って、笑って、このままがいいと。
けれど、そろそろ先の話をしなくてはいけない時が迫っていた。
このままではだめだと、全員が知っていた。
「さて」
ご主人様の、静かな声に全員が耳を傾ける。
晩御飯を食べ終え、コーヒー片手に、全員がご主人様を見つめる。
ご主人様が戻られてから、食後の飲み物はコーヒーになった。
ご主人様が好きだから、ここはご主人様の家だから。
そうリアさんが進んで、コーヒーを淹れてくれたことが始まり。
マーシュさんもリアさんもコーヒーは飲めるのだろうか、と心配していたけれど、お二人ともこんな時は協力し合って互いのコーヒーにミルクをたっぷりと注いでいて、なんとも微笑ましかった。
お二人はミルクを入れると飲めるというので、そのままコーヒーが定番化したのだ。
香ばしい香りにつつまれたまま、包帯が取れた皆さんを、ご主人様が見回す。
私の肩には相変わらず精霊がいて、けれど互いに特に何も成長は無く、ただ時々撫でて、つついて、頬擦りしてもらって、肩に温もりを感じていた。
「今後のことを決めましょうか」
頷く皆さん。私はじっと、その様子を見つめていた。
「まず、襲撃をしかけてきたのは魔法研究所で間違いないと思います」
「だろうな」
ケッ、とリアさんが顔をしかめる。
私は、まほうけんきゅうじょ、と頭の中で文字をなぞった。
「魔法研究所は私のかつての職場です。が、研究所の魔力だけを高め、人としての力を弱めかねないやり方が合わず、私は研究所を去りました。しかしそのことが気に入らない一部の者から、時折、圧をかけられていました。こうして実力行使に出られたのは初めてですが」
ご主人様の、元、職場。
何だか不思議な響きだった。
ご主人様も勤めていた時期があったのだと。
魔法の研究とは一体何が行われているのだろうかと。
そして、圧を、かけられていたと。
許せない、と思った。
思った瞬間には、肩から暴風が。
「わあ!!」
「お前!!それやめろ!!って!!!!」
リアさんが咄嗟に魔法で暴風を抑えてくれる。
風で吹き飛びそうになったコーヒーは、ご主人様がほんの少し指を動かすと押しとどめられた。
精霊と私は、特に何も成長は無かった。
つまり、そう、成長できていなかった。
精霊は私の感情に呼応して、暴風を巻き起こすことが多々あった。
これは私が感情の制御、もとい精霊の制御が出来ていない、訓練をしていないから起こることなのだと教えてもらった。
教えてもらったはいいが、感情とは則ち心なので、理解してもそう簡単に制御できるものではなく、この暴風はリアさんの言葉の圧よりも激しい自己主張となり、主にリアさんにとても迷惑がられていた。
「や、やめたくても無理なんです!落ち着いて精霊!大丈夫です!!」
リアさんの魔法によって押しとどめられているものの、精霊の周辺、主に私の顔周りは激しい風が吹いている。
それでも負けじと精霊の頭を撫でれば、次第に風が落ち着いた。
「そう、メアリの特訓とも関わる事です。私は学校を作ろうと考えています」
「「「「「「学校!?」」」」」」
全員の、声が揃った。
その声に精霊が驚いている気配がする。
頭を撫で続けると、風を出す前になんとか落ち着いてくれた。
「が、学校ですか?一体何故……」
いつも冷静なハーティさんが珍しく困惑している。
ご主人様は微笑み、指を立て数え始めた。
「まず、研究所の不満は私が弟子を新たに取らないことにあります。彼らは私の魔法使いとしての力を買ってくれている。だからこそ、後継をもっと育て、魔法界を盛り上げていくべきだ、というのが彼らの主張です」
流石だ、と思った。
魔法を研究する、魔法に詳しい人にまで認められているご主人様を。
けれど、弟子を新たに、という言葉が引っかかっていた。
それは、私が居たから受け入れができなかったということなのだろうか。
五歳の時に拾ってもらって、それからずっと、私はご主人様と二人で、この十六年間を生きて来た。
つまり最低でも十六年は弟子を取っていないことになる。
その間の鬱憤が、先日の襲撃なのだろうか。
そう思うと恐ろしくなった。
私が原因の一端なのではないかと。
皆さんが傷付いた原因が、私にも。
その不安が伝わってか、また肩から風を感じる。
大丈夫、と撫でてても撫でても収まらなくて、精霊には嘘が吐けないなと思った。
けれど皆さんに心配をかける訳にはいかない。
思考を止めて、なるべく考えないようにして、精霊を撫で続ける。
大丈夫、大丈夫。
もし、私が原因なのだとしたら。
もし、そうなのだとしたら。
私はこの子ともっと仲良くなり、理解して、制御が出来るようにならなくてはいけない。
そうして、魔法使いの役に立てる、人間へと。
恩返しができる人間へと、なりたいと思った。
育ててくれたご主人様に、家族のような温かさをくれた、皆さんに。
精霊と魔法使いは高め合うことが出来る。
つまり精霊と共にある今、私も皆さんのお役に立てるかもしれないのだ。
ならば、立ち向かわなくてはいけない。
無力な自分と。
何もできない、自分と。
そうでなくても、考えていた。
私が精霊に認めてもらえた訳を。
あの日、力を貸してくれた精霊に、私がお返しできること。
私と精霊が、力を合わせれば、できることを。
精霊の喜びは地が豊かになることだという。
精霊自身が地を豊かにするには魔力が必要で、その分の魔力を蓄える器が必要で。
器とは、則ち精霊自身。
つまり、魔法使いと高め合うことで、精霊自身が、成長する必要があった。
魔法使いはその精霊の力をもって、より膨大な魔力を消費する魔法が使える。
その力は魔法使い自身の魔力保有量をも増やし、そうして、互いが、互いを高め合ってゆく。
そこに、精霊の制御が出来る者が居れば、また格段に互いの成長を促すことができるのだと。
しかし精霊と通じ合うことは難しく、いまだかつて、精霊を完全に制御出来たものはいないという。
そういうものなのだと、本を読んだ時、私も受け入れていた。
しかし、もし可能ならば。
ご主人様の言う、学校で私も魔法を、精霊を、学び、育ち、制御出来たのならば。
不可能ではないのかもしれない。
夢物語を、現実にできるかもしれない。
そう思うとわくわくした。
わくわくしていたら、精霊の、風がやんでいた。
「確かに、学校を作れば弟子どころか、沢山の魔法使いを育てることができますが……可能、なのですか……?」
困惑したハーティさんが問う。
ご主人様は、変わらず微笑んでいる。
それどころか少し、楽しそうでもあった。
「もちろん可能です。それに、君達が言ったんですよ。もっと魔法を教えてくれって」
そう言って、ご主人様が嬉しそうに笑うから。
皆さんが、嬉しそうに笑うから。
私も嬉しくて嬉しくて、笑いながら、少し泣いた。




