絶叫の弟子
意識が浮上する。
目を開く。
薄明りの中、視点が定まらなくて、それから、目の前に何かが浮いているのを確認する。
目の錯覚か、と眠い目を擦り、何も錯覚ではないと分かり。
「うわあああああああ!!!!」
渾身の叫びは、後に「家が揺れた」と評された。
「気絶したかと思えば丸一週間も眠りやがって!!んで起きたら絶叫とは良い度胸だなあああ!!」
「ひい……」
肩を持たれ、がくんがくんと揺らされ、大声を浴びせられている。
相手はもちろんリアさんで、頭に包帯が巻かれていて心配になった。
「リア!ケガ人に何してるんだ!」
ドタドタと現れたマーシュさんは、リアさん同様に包帯まみれで、けれども元気そうに、リアさんにドン引きの顔を見せている。
「うっせえ!!コイツはただの寝コケだろ!!」
がくんがくんとした揺らしは止まらないまま、酷い言われようである。
そろそろ目が回りそうだと思っていると、二人の頭上にはシェラさんの笑顔。
笑っているのに笑っていないその笑顔に、私まで背筋が凍りそうだった。
「何をやっているの、レディに向かって」
至って普通のその声が、逆にとても怖い。
大きな揺れはさすがに止み、息を吐くとハーティさんとベルクさんも姿を現した。
「起きたんだね、気分はどうかな」
マーシュさんにぐいぐいと引っ張られリアさんは、私の足元へ移動する。
それと入れ替わるようにして傍に来たハーティさんは私の目を覗き込み、首を傾げた。
「メアリ、君……」
しかし言葉は続かない。
皆さんが、背後を振り返ったからだ。
「ごしゅじ……」
夢、だろうか。
夢なのだろうか。
ご主人様がいる。
何一つ変わらないお姿で、そこに立って居られる。
思わず駆け寄ろうとして、ベッドを降りるも足に力が入らず、その場に崩れ落ちる。
が、寸前でベルクさんに抱え込まれ、またベッドへと戻されてしまった。
よく見ればここはご主人様のお部屋で、リアさんやマーシュさんだけでなく、皆さん同様に包帯だらけだった。
けれど、誰一人欠けることなくここに居る。
息をして、生きておられる。
夢でも嬉しかった。
ボロボロと涙が止まらない。
怖かった、本当に怖かった。
拭っても拭っても溢れる涙は諦めて、ご主人様を呼ぶ。
「ご主人様、ご主人様、ご無事ですか、お怪我はありませんか」
目が合えば、ご主人様は困ったように微笑んで、頷いてくれる。その姿を見て、うわああああん、と子供みたいに泣いた。
傍まで来てくれたご主人様が、肩に手を置いてくれる。
私はこの温もりを知っている。
心からの労いであると、知っている。
皆さんの前でまた大泣きしてしまった。
いつかと同じように、マーシュさんに引っ張られたリアさんがタオルを持って来てくれて、有難くびしょびしょにさせていただいた。
体中がきしんだけれど、不思議と痛みは何も無かった。
涙が落ち着くころには頭も冷静になっていて、恥ずかしさがこみあげて来る。
けれど顔を覆っていたタオルをリアさんにひったくられて、いつまでも泣いている訳にはいかなかった。
私は向き合わなくてはいけない。
室内に浮いている、ソレと。
おずおずと目を上げればふわふわと浮いているソレ。
目覚めた直後に見えたソレは、お化けかと思い絶叫してしまった。
けれど皆さんが来てくれて、カーテンが開いて、日の光の下で見ると、何だか綺麗な色をしていた。
木の葉を透かして見た空のような、鮮やかな緑と、水色と、少しのオレンジが入ったような色。
その何かはふわふわふよふよゆらゆらと浮いていて、煙のような、渦を巻いた水の中心のような、風が攫って行く木の葉のような、掴みどころのない形をしていた。
「メアリ、これ」
呼ばれて振り向けば、マーシュさんが渡してくれたのは手鏡。
何だろうと覗き込めば泣き腫らした顔の私が映っていて、こんな顔を晒していたのかと恥ずかしくなった。
けれど、それよりも気になったのは
「瞳の色、どうした」
鏡から顔を上げ、リアさんを見る。
私も丁度気になっていた。
私の瞳の色が、何故か部屋で浮いている謎の物体と、同じ色をしていたから。
「分かりません、でも」
浮いている物を見る。
浮いている物も、こちらを見ている気がした。
何となく怖くない気がして手を伸ばす。
するとその浮いている物は寄って来て、やがて
「わあ!」
触れた瞬間、それは姿を現した。
丸い、綿毛のような形をしたものが。
「もしかして……」
「精霊……なのか……?」
シェラさんとベルクさんの驚いた声が聞こえる。
精霊。
精霊……!?
存在は本で知っていたけれど、姿形までは知らなかった。
触れたままの指先がパチパチと弾ける。
驚いて手を離せば、ソレはまた空を飛び、ぐるっと回って私の肩に着地した。
「(これは……)」
気を失う時に感じた、肩に触れた感触。
あの時触れてくれたのはこの子だったのか、と思う。
目を合わせるように覗き込むと、懐くように頬擦りされた。
「驚いた」
静かな声が聞こえる。
顔を上げると、ご主人様と目が合った。
「生まれたばかりの精霊ですね」
生まれたばかり、と聞いて、納得する。
確かに大きさは手のひらに乗る程で。
「メアリ声に、行いに、呼び掛けに……きっと、応えてくれたんだ」
どこか泣きそうなハーティさんの声に、驚いて顔を上げる。
見るとシェラさんも泣きそうな顔をしていた。
「警戒はしていたけれど、魔法を封じられてしまって。火の回りも早いし、マーシュなんて撃たれて、本当ダメかと思ったわ」
そんな、じゃあ、あの時の音は、悲鳴はやはり。
マーシュさんを見れば肩をすくめられる。
「かすっただけだよ、姉さんは大袈裟なんだ」
「大袈裟じゃないさ。僕も焦ったよ」
穏やかに笑いながらハーティさんが言う。
シェラさんがマーシュさんの肩を抱き寄せる。
揺れたマーシュさんの瞳に、マーシュさんも怖かったのだと伝わった。
「炎をめちゃくちゃに撃ってくる奴がいて、僕らも当たって、家も崩れ始めて。そしたらご主人様の魔力を感じて、メアリの叫び声が聞こえて」
話すマーシュさんを見る。肩の精霊が揺れる。
「突然、大きな水の塊が現れたんだ。ご主人様がそれを使って、思い切り弾けさせて、辺りの火なんて一瞬で消し去った」
「お前が呼んだんだ、精霊を」
ハーティさんの話を聞いて、リアさんの言葉を聞いて、ようやく理解した。
あの時の言葉は届いていたのだと。
あの時の願いは、届いたのだと。
「私、もう、ご主人様が……炎を当てられて、訳が分からなくなって。何とかしなきゃって、それで」
『集え、精霊』
『放て!!!!』
力の限り叫んだことを覚えている。
あの時の喉の痛みと、目の、肌の、呼吸の、苦しみを、覚えている。
随分乱暴な呼び方だったけれど、応えてくれたのだ。
感謝を込めて精霊を撫でると、喜んでくれている気がした。
「私は咄嗟に身を守りましたから、炎に触れてはいないのですよ。御覧の通り一番元気です」
眉を下げて笑うご主人様。
確かに包帯はないけれど、少しやつれてはいて。
ご飯を作らなくては、と思った。
皆さんの怪我がみるみる回復していくような。
温かくて美味しいご飯を作らなくてはと思った。




