第12話 双刃の誓い (挿絵あり)
深夜の第一格納庫。
スレアの氷のように冷たい指先に引かれるまま辿り着いたそこは、冷ややかな静寂と、微かに響く環境維持システムの駆動音だけが支配する、巨大な霊廟のような空間だった。
薄暗いフロアには、教官のガトニックと数名の技術士官たちが、ひどく険しい、余裕のない顔つきで待機していた。
「遅いぞ、お前たち」
「すみません、教官。こんな時間に、一体何が……」
「一ヶ月後に控えていたアースニアへの大規模降下作戦だが……上層部の、いや、エドラ卿の強権的な決定により、スケジュールが大幅に前倒しされた。お前たち二人は、次期作戦で『主要部隊』として投入される」
「主要部隊……!」
実戦経験すらない、造られたばかりの俺たちがいきなり作戦の主要部隊──つまり、敵の最大戦力と真正面から激突し、全軍の盾となるもっとも致死率の高い『要』に据えられる。
それは事実上の『使い潰し』、あるいは政治的な『間引き』を意味していた。
カルマ・エドラの悪意ある嫌がらせか、あるいは俺たちの創造主であるレイリー・レグフォーツの焦りか。
頭上の安全な場所で権力闘争に明け暮れる彼らにとって、俺たちの命など、すり減ればいつでも交換可能なネジや歯車と何ら変わりはない。
いずれにせよ、絶対的な『兵器』として設計された俺たちに、拒否権などという人間らしい権利は最初から与えられていなかった。
先ほどの自室でのスレアの悲痛な叫びが、現実の絶望となって眼前に突きつけられる。
立ち尽くす俺の視線の先で、ガトニック教官は背後の巨大な防護ゲートを指差した。
「安心しろ。そのために、帝国はお前たちに最高の『剣』を用意した」
重低音のアラートを響かせて、分厚い鋼鉄のゲートが左右にゆっくりと開く。
そこに鎮座していたのは、量産型の汎用人型戦闘兵器を遥かに凌駕する威容を誇る、二機の専用機だった。
「これがお前たちの専用機だ。お前たちの生体データと、体内の魔力の特性と生成率を元に、その出力を限界点の向こう側まで引き出せるよう設計されている」
スレアの機体は、白銀の装甲に水色の幾何学的な発光ラインが静脈のように這う、流線型のスマートなフォルム。全長一五メートル。
背部に高機動スラスターを備え、右腕には空間そのものを断裂させて標的を撃ち抜く、長大なエネルギーアサルトライフルが握られている。
機体名は『スペルチオ』。
対する左の俺の機体は、漆黒の重装甲に紫色の幾何学模様が脈打つように発光する、マッシブで暴力的なフォルム。全長一七メートルという圧倒的な質量を誇る。
右腕に懸架されているのは、俺の【重力操作】を最大限に活かすための『六銃身の超大型ショットガン』だ。パワーセルと弾倉を換装することで、通常エネルギー弾と、重力を付与するための大質量実弾を撃ち分けることができる。
その莫大な実弾重量を相殺するため、近接兵装はあえて実体のない高出力エネルギーブレードが採用されていた。
機体名は『バルパレス』。
だが、よく見れば両機とも、肩部や脚部の装甲の各所に、不自然な『空きスロット』が残されていた。
それに気づいた俺の視線を追うように、ガトニック教官が忌々しそうに鼻を鳴らした。
「見ての通り、急な作戦の前倒しにより、追加兵装の最終調整が間に合わなかった。拡張スロットはいくつか空きの状態だが、基本兵装だけでも既存のアルマティス一個大隊を単機で制圧できるスペックはある」
それは帝国が誇る最高傑作の兵器であると同時に、未完成のまま俺たちを死地へ送り出す『鉄の棺』だった。
「一刻も早く実戦レベルまで調整を済ませろとの命令だ。今から小惑星帯まで飛び、機体のテスト運用を兼ねた『模擬戦』を行う」
「了解しました」
スレアは氷のように冷たい声で即答すると、俺の方を真っ直ぐに振り返った。
「……兄さん。私と、本気で決闘して」
「えっ?」
「私が勝ったら、私の言う通りにして。……もう、人間みたいな夢なんて見ないで、純粋な兵器になって」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 急にそんなこと──」
「いいえ、やるわ。兄さんが勝ったら、兄さんのその下らない夢想を認めてあげる」
その表情はいつになく真剣で、どこか悲壮な決意に満ちていた。
澄み切ったアイスブルーの瞳の奥で、微かな、しかし決定的な恐怖が揺れているのを、俺は見逃さなかった。
先ほどの自室での言葉通り、俺の心が「人間」に傾き、戦場で引き金を引くことを躊躇い、無惨に廃棄処分されてしまうことを恐れるが故の、彼女なりの歪で、ひどく不器用な愛情表現。
俺の人間性を全否定し、自らが完璧な刃になることでしか、彼女は俺を守れないのだ。
(なら、俺が勝って、その分厚い鎧を引っぺがしてやる)
「……分かったよ。俺が勝ったら、お前には『俺と一緒に人間として生きる』ことを約束してもらう」
「それでいい。……私は、絶対に負けない」
* * *
俺たちは専用のパイロットスーツを装着するため、格納庫裏の『兵装換装室』へと向かった。
俺たち生体兵器を管理するためのこの無機質な区画に、男女の仕切りやプライバシーなどという、人間らしい尊厳は存在しない。
無菌室のように白を基調とした冷たい空間の中央には、円筒形の全自動装着ブースが二基、静かに鎮座している。
ブースの前に立ち、俺がインナーウェアを脱いで下着姿になると、首の後ろに埋め込まれた機体接続用の無骨な金属端子が露わになった。
それは、俺が人間ではなく、鉄の機械と神経を直結させるための『部品』であるという残酷な証明だ。
ふと視線を横に向けると、スレアもまた一切の躊躇いなく衣服を脱ぎ捨て、下着のみの無防備な姿になっていた。
「あっ……ご、ごめん!」
俺は弾かれたように慌てて視線を逸らした。
いくら血の繋がった兄妹とはいえ、年頃の少女の肌を直視するのははばかられた。
ジンという少年の夢に触れ、俺が俺自身を「人間として生きよう」と意識すればするほど、こうした当たり前で、取るに足らないはずの「羞恥心」が強烈に芽生えてしまうのだ。
だが、スレアは俺の慌てた反応を気にする様子すら見せず、自身の生体データが記録された専用の『装甲カセット』を、ブースの端末にガシャンと冷たい音を立ててセットした。
「何を赤くなっているの、兄さん。ただの肉体よ。私たちに性別や羞恥心なんて、管理上の便宜的な分類に過ぎないわ」
「それは、そうだけど……」
視界の端に、どうしても映り込んでしまう。
彼女の、白く透き通るような、ひどく華奢で儚い背中が。
──そこには、過酷な魔力適合実験の代償が、あまりにも痛々しく刻み込まれていた。
雪のように白い肌を横切る、幾筋もの痛々しい手術痕。神経を機体と直結させるために強制的に埋め込まれた、無機質で不自然な金属端子。
それは、彼女の柔らかな身体をただの「機械のパーツ」として無理やり繋ぎ合わせたような、酷く痛々しい継ぎ接ぎだった。
彼女が俺の代わりとなって『兵器』として生き延びるために、これまでどれほどの激痛と理不尽に耐え抜いてきたのか。
その傷跡の一つ一つが、静かに、そして残酷に物語っている。
スレアが装着ブースの円陣の中に立つと、低い起動音と共に、壁面から無数のメカニカルアームが這い寄るように伸びてくる。
カセットから抽出された特殊繊維と防護パーツが、彼女の傷だらけの柔らかな身体のラインに沿って瞬時に編み込まれ、白と水色のパイロットスーツとして真空圧着されていく。
シューッ、と空気が抜ける音と共に、彼女の人間としての素肌が、冷徹な機械の殻によって完全に覆い隠されていった。
その無慈悲な過程を見ながら、俺の心臓は、ひどく不規則で、人間らしい大きな鼓動を打ってしまっていた。
あの痛々しい背中が。
感情を殺し、兵器として振る舞おうとする彼女の、隠しきれない生身の脆さが。
俺に、「彼女を絶対に守らなければならない」と痛烈に訴えかけてくるのだ。
兵器としての残酷な現実と、芽生え始めた人間としての感情。
その狭間でギリギリと軋む胸の痛みを奥歯を噛み締めて堪えながら、俺も自らの装甲カセットを端末にセットし、ブースの中央へと足を踏み入れた。
機械のアームが唸りを上げ、バルパレス用の重厚な黒と紫のパイロットスーツが、俺の肉体を分厚い兵器の殻で覆い隠していく。
この鋼鉄の鎧を着て、彼女の歪んだ愛情を打ち砕く。
ただの部品として死なせないために。未完成のままの機体だろうと、俺たちが、人間としてこの狂った世界を生き抜くために。
さて4月に入って引越しや、なんやかんやで投稿が遅くなってしまいましたが無事投稿できて一安心です。
このシーンのイラストも入れたいな、などと考えていたらイラストが多い回となりましたw
次回はバトルシーンです!




