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ヴェリタスの最終定理1:魔導士エラーラ・ヴェリタスの日常【改修中】【2位】  作者: .
●第2章RE:孤児アリシア・ヴェリタスの復活!【人情】

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第2話RE:不可能殺人への誘い!

「離せと言っているだろうが!私は何もしていない!」


カレル警部に腕を掴まれ、半ば引きずられるようにして王都警察署内に入ったエラーラは、その不機嫌さを隠そうともしなかった。彼女の白衣は、先の爆発による煤と、今の雨とで、見るも無残な有様となっている。自慢の艶やかな銀髪も、今は濡れたまま肌に張り付き、その美貌を苛立ちで歪ませていた。


一階のロビーは、混沌の坩堝だった。

盗難の被害届を出しに来た商人、酔っ払って保護されたドワーフの鉱夫、夫の浮気をヒステリックに訴える貴婦人。

それらに対応する警官たちの顔には、一様に、深い疲労と諦観が刻まれている。

天井で明滅する魔導灯は、どうやら魔力供給が不安定らしく、チカチカと不快な光を投げかけ、人々の焦燥感をさらに煽っていた。


「相変わらず、騒々しい場所だ。貴様たちは、こんな環境で、よく思考が停止しないものだな」


「うるせえ。こっちはお前と違って、ハムスターの機嫌じゃなく、市民の安全を気にしてるんでな」


カレルは、エラーラの皮肉を柳に風と受け流し、彼女をロビーの喧騒から引き離すようにして、奥の階段へと向かった。

階段を上り、二階の薄暗い廊下を進む。

突き当たりにある、擦り切れたプレートに『刑事課』とだけ書かれた重い扉を、カレルは蹴飛ばすようにして開けた。


その瞬間、エラーラは眉をひそめた。


空気が、違う……。


一階のロビーが、剥き出しの感情がぶつかり合う「動」の混沌だとしたら、ここは、すべてが淀み、沈殿した「静」の絶望だった。

広いオフィスは、山のような書類と、機能しているのか怪しい旧式の魔導端末、そして用途不明の押収品で埋め尽くされていた。

安物のタバコの紫煙と、煮詰まったコーヒーの焦げた匂い、そして微かな血の匂いが混じり合い、エラーラの嗅覚を不快に刺激する。

だが、異常なのはその匂いだけではない。

音だった。

十数人の刑事がいるはずのオフィスは、まるで葬儀場のように静まり返っていた。

刑事たちは皆、デスクに突っ伏したり、虚ろな目で窓の外の雨粒を眺めたりしている。

その誰もが、まるで、魂を抜き取られた抜け殻のようだった。

エラーラの入室に気づいた者が数人いたが、その視線は、すぐに興味を失ったかのように、手元の虚空へと戻っていった。

カレルは、重苦しい空気の中を、当たり前のように進んでいく。彼はエラーラの腕を放すと、椅子を引き、腰を下ろした。


「……さて」


カレルは、冷え切ったコーヒーが半分ほど残ったマグカップを手に取り、一気に呷った。

その顔は、三日三晩寝ていないかのように、土気色だった。


「で。……私の貴重な時間を無駄遣いさせる理由を、そろそろ説明してもらおうか」


彼女の声は、この淀んだ空気を切り裂く刃のように、冷たく響いた。

エラーラは、周囲の刑事たちを一瞥した。


「それとも、これは何かね?なんらかの、集団的な儀式の一種かね?まあ、随分と……手の込んだことをしてくれる」


しかし、エラーラの挑発的な言葉にも、誰も反応を示さない。ただ、カレルだけが、疲れた目で彼女を見返した。


「……エラーラ。お前のその減らず口は……あの爆発でどうにかならなかったのか」


「生憎だがね、私の知性と言語中枢は貴様の想像を遥かに超えるレベルで強靭に設計されていてね。それよりも、質問に答えろ」


エラーラは一歩、カレルのデスクに近づいた。


「私をここに連れてきた、真の理由だ。その事件とやらは、一体なんだ?私に、どこぞの貴族の猫でも探せというのかね?それとも、魔導学会の連中が捏造した論文の粗探しでもさせたいのかね?」


カレルは、指でこめかみを強く揉んだ。

そして、この世の終わりのような溜息を吐き出した。


「エラーラ。今回は、いつもの『探し物』や『謎解き』じゃねえんだ」


彼はゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、エラーラが初めて見る、深い疲労と……そして、微かな「怯え」が宿っていた。


「犯人は……」


カレルは一度言葉を切り、喉を鳴らした。


「捕まった。」


「……はあ?」


エラーラは、思わず、間の抜けた声を漏らした。

彼女の頭脳が予測していた、ありとあらゆるシナリオ。

その全てが、今の一言で根底から覆された。


「……捕まった、だと?」


エラーラは、即座に論理的な思考を再起動させる。


「ほう?ならば、捕まったというのなら、なおさらだ。なぜ私がここにいる必要がある?」


彼女の瞳が、危険な光を帯びた。


「なるほど!……私から強奪した貴重な珈琲の味を、澱んだ水で淹れて、皆で分かち合いたいと?そういうわけかね、警部?」


「黙って聞け……」


カレルの声は、地を這うように低かった。


「『犯人』は、エルフの少女だ。年は、まだ十六かそこらだ」


「それが?」


エラーラは冷ややかに言い放つ。


「エルフだろうがドワーフだろうが、あるいは私のハムスターだろうが、法を犯せば裁かれる。それが、法というものだろう。」


「違うんだよ」


カレルは、エラーラの言葉を遮った。

その声には、抑えきれない焦燥が滲んでいた。


「そのエルフの少女はな、『自分がやった』と。……ただ、そう言っているだけなんだ」


「……何?」


エラーラの眉が、わずかに動いた。


「証拠がねえんだよ……」


カレルの声が、絞り出すようだった。


「物的証拠も魔力痕跡も。何一つ。どこにもない。おまけに動機もさっぱりだ。なぜ、あんなことをしたのか、何一つ……」


エラーラは腕を組んだ。彼女の頭脳が、この不可解なパズルのピースを拾い集め始める。


「ふむ。自白があるのなら、証拠など後からどうとでも捏造できるではないか。いや……」


彼女は、刑事課の刑事たちの顔をもう一度、ゆっくりと見渡した。

これは、もっと……根源的な何かだ。

「常識」や「秩序」が、根底から破壊された者の顔だ。


「して、カレル警部」


エラーラは、静かに問うた。


「その『事件』とは、そもそも何なのだ?貴様たちが、これほどまでに理性を失うほどの事件とは」


カレルは、はっきりと、『狂人(マッドサイエンティスト)』を見る時の目で、エラーラを見つめた。


「お前、本気で知らねえのか!?……はあ」


その声には、呆れと、わずかな怒りが混じっていた。


「ここ三日、王都中がこの話で持ちきりだぞ?お前、新聞も魔導ラジオも、一切見聞きしてねえのか」


「私がいつ、俗世のゴシップに耳を傾ける時間があったというのだ?」


エラーラは、心底迷惑そうに言い返した。


「ああ、そうだったな。お前は薄暗い実験室で、ネズミをいじくり回してる方がお似合いだよな……」


その一言が、エラーラの逆鱗に触れた。


「ネズミ!?」


エラーラの絶叫が、静まり返った刑事課に木霊した。

虚ろな目をしていた刑事たちが、全員、驚愕に顔を上げて彼女を見た。


「いいか?ハムスターだ!ハ!ム!ス!タ!ア!……正確にはゴールデンハムスター!キヌゲネズミ亜科!……貴様のような分類学の基礎すら理解していない、著しく知性の低い愚か者には違いを理解するのは難しいかもしれんが、私にとっては極めて重大な違いなのだ!……さあ!さあさあ!ハ!ム!ス!タ!ア!」


肩で息をしながら捲し立てるエラーラの剣幕に、カレルだけでなく、周りの刑事たちも一瞬、たじろいだ。


「ああ、わかったよ。……ハ、ム、ス、タ、ア。」


カレルは、こめかみを押さえながら、心底面倒くさそうに吐き捨てた。


「……で。その、ハムスター以下の貴様たちを悩ませている『大事件』とやらは一体、何なのだ?」


カレルは、デスクに山積みになっていた魔導新聞の束から一番上のものを抜き取り、それを、エラーラに向かって投げ渡した。


「自分で見ろ」


エラーラは、新聞を掴み取った。

その一面に、踊るように大きく、そしておぞましい見出しが印刷されていた。


「なになに、王都中央広場、謎の大虐殺。死者三十四名、重軽傷者百名以上。魔術テロか、王国騎士団は「痕跡なし」と発表……?」


エラーラの目が、その文字を猛烈な速度でスキャンしていく。


広場。


白昼。


三十四名の死者。


だが、彼女の目を釘付けにしたのは、その数字ではない。

記事の本文に、小さく、しかし繰り返し書かれている、ある記述だった。


『遺体には一切の外傷が見られず、あたかも、内側から未知の力によって破壊されたかのような……現場に、魔力の使用痕跡、一切検出されず……で、大量殺人。……な、なんだと?」


エラーラの声から、いつもの高慢な響きが、わずかに薄れていた。


「そうだ」


カレルの声が、刑事課の床に染み込むように、低く響いた。


「三日前の昼だ。……現場は地獄だった。どう見ても、人間の手でやれることじゃねえ。」


カレルの言葉が、エラーラの脳裏に鮮明な、しかし不快なイメージを描き出す。


「……ほう!?」


カレルは、エラーラの反応を待っていたかのように、力なく頷いた。


「現場には魔力の痕跡が一切ねえ。ゼロだ。【魔法を使った形跡がない】んだよ。あの魔導規制局すら、全員が匙を投げた」


カレルの言葉が、エラーラの思考を加速させる。


「魔法を使わずに、魔法のような大量殺人?そして、犯人を自称しているのは、エルフの少女?いや、エルフは本来、魔力親和性が極めて高い種族のはずだが?」


矛盾!


不可解なピース!


常識が、論理が、音を立てて崩れていく!


エラーラは、知らず知らずのうちに、その唇の端を吊り上げていた。

それは、爆発した実験室で、仮説通りのデータが出た時と同じ。あるいは、それ以上の、純粋なまでの知的興奮の表れだった。


「……面白い!」


その声は、歓喜に打ち震えているようにも聞こえた。


「ハッハッハ!実に面白いじゃあないか!カレル警部!」


カレルは、そのエラーラの反応に安堵しつつも、やはりコイツはマトモじゃあない……と内心で毒づいた。

だが、今は。

この狂った天才にしか、この絶望的な状況を打破できないことも、彼は理解していた。


「それで?……私にその『嘘つきな』エルフの少女と話をさせたい、と。そういうことかね?」


「ああ。」


カレルは、デスクに両肘をつき、祈るように両手を組んだ。


「そして、お前のその頭脳で、この事件の真相を……暴いてくれ!……頼む!」


エラーラは、満足げに頷いた。


「よかろう!」


彼女は、白衣を、まるで騎士がマントを翻すかのように、誇らしげに捌いた!


「私の知性が、今こそ真実(ヴェリタス)を照らし出してやろうではないか!」

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