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ヴェリタスの最終定理1:魔導士エラーラ・ヴェリタスの日常【改修中】【2位】  作者: .
●第2章RE:孤児アリシア・ヴェリタスの復活!【人情】

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第3話RE:核心から遠ざかる探偵!

深夜、王都国際飛行場。


「……信じられんな、全く。この私がこんな夜更けに、あまつさえ貴様のせいで、中央王都から離れねばならんとは」


エラーラは、先の爆発と雨で薄汚れた白衣のまま、苛立たしげに吐き捨てた。


「文句を言うな。お前が協力すると宣言したんだろうが」


隣を歩くカレル警部が、数日分の疲労が染み込んだ声で応じた。


「……それで?経費は?」


エラーラは、ぴたりと足を止め、カレルに向かって無造作に手を差し出した。


「魔導特許で荒稼ぎしている富豪が、先払いを要求するのか?事後でいいだろう?」


カレルは、盛大な舌打ちと共に内ポケットを探り、使い古された革袋を取り出した。


「……ああ、わーったよ。出張費だ。無駄遣いするなよ」


ジャラリ、と重い音を立てて袋がエラーラの手のひらに落ちる。

エラーラは、袋の中身を改めることもせず、無感動に白衣のポケットに突っ込んだ。


「私の知性を稼働させるための対価としては、塵芥にも等しいが……まあいい。これで、貴様が私の珈琲豆を強奪しようとした件は、ひとまず保留としてやろう」


「……参考資料の押収だ」


「言葉遊びはよせ。私のラボを破壊し、貴重な研究時間を奪い、挙句の果てには私をこの場に立たせている。その『借り』は、この程度の金貨で返せるとは思うなよ」


「……ああ、わかってるよ」


カレルは顔をしかめた。

エラーラは、発着場の巨大なガラス窓の向こうに目をやった。

闇の中に、巨大な船影が浮かんでいる。

それは、ずんぐりとした船体に、不格好な魔力推進器がいくつも取り付けられた、つまり……旧式の貨客両用船。いわゆる「鈍行便」だ。


「……本気で私にこれに乗れと?」


エラーラの声に、隠しきれない嫌悪が滲んだ。

カレルは、搭乗開始を告げるくぐもったベルの音を聞き、エラーラの背中を軽く押した。


「行け。とっとと謎を解いて、とっとと帰ってこい。お前のいない王都はせいせいするが……ちと、静かすぎる」


「……ふん」


エラーラは、カレルを一瞥すると、踵を返した。


「せいぜい、私が戻るまでに、ハムスターの脳波を解析できる程度の知性を身につけておくことだな」


彼女は、タラップへと歩き出した。

カレルは、その小さな背中が闇に消えるまで、疲れた顔で、ただ、黙って見送っていた。


魔導飛行船の内部は、エラーラの予想を寸分違わず裏切らない、劣悪な環境だった。

エラーラは、他の乗客、くたびれた行商人や、出稼ぎの労働者たちから最も離れた隅の席を確保し、深く、目を閉じていた。

彼女は、自らの意識を外界から遮断し、思考の海へと潜っていく。


(経済特区「アルカディア・ネオ」。王国の新たな経済の中心地として、ここ数年で急速に発展した都市。旧来の魔導技術と、異国から流入した新たな技術が混在する、歪な街)


(そこで起きた、魔力痕跡なき大量殺人)


(そして、自白したエルフの少女)


パズルのピースは揃っている。

だが、そのどれもが、既存の論理の枠に収まらない。


(……【非論理的】だ)


その言葉は、彼女の思考を、別の場所へと引きずり込んだ。

遠い、過去の記憶。

王都・ソフィア大学に在籍していた頃。

彼女には、親友がいた。

唯一無二の、心を許した存在。

同じ研究室に所属していた、聡明で、太陽のように笑う女性だった。

エラーラが「論理」と「数式」で世界を構築しようとするのに対し、彼女は「感情」と「直感」で世界を捉え、そのどちらもが真実だと語る、稀有な人間だった。


エラーラは、彼女に惹かれた。


自らに欠けている、【非論理的】な輝きに。


それは、エラーラが人生で初めて経験した「恋愛感情」……という名のバグだったのかもしれない。


ある雨の日。

二人は、王都郊外の遺跡を調査するため、駅で待ち合わせをしていた。

彼女は、遅れた。

魔導通信に連絡が入る。


『ごめんなさい、エラーラ!また、道端で珍しい魔力苔を見つけちゃって……!列車、一本乗り遅れるわ……』


「……貴様のその好奇心は、いつか身を滅ぼすぞ」


それが、悲劇の始まりだった。

彼女が乗った、魔導列車。

それは、郊外の渓谷にかかる鉄橋で、脱線。

そして、彼女だけが、生き残った。

エラーラとの待ち合わせに遅れ、次の列車に乗った、彼女「一人」だけが。

街は、奇跡の生還者として、最初は彼女を持て囃した。

だが、生存者が彼女「一人」だと知れると、その視線は一変した。


「なぜ、お前だけが」


「魔法が使えないなんて嘘だ。お前は、エルフではないか」


「つまり、お前が、あの列車を脱線させたんだ」


憶測は、悪意となり、悪意は、狂気となった。

彼女は、何も言わなかった。

ただ、笑顔を失い、ソフィア大学に来なくなり、そうして、自室に引きこもった。

エラーラは、彼女の無実を証明しようと奔走した。

あらゆるデータを集め、論理的な反証を試みた。

だが、無駄だった。

人々が求めていたのは、「真実(ヴェリタス)」ではなかった。

彼らが求めていたのは、その【非論理的】な悪意をぶつけるための「魔女(いけにえ)」だった。

エラーラが、彼女の無実を証明する決定的な証拠を見つけ出した日。

彼女は、自室で冷たくなっていた。

傍らには、一枚のメモが残されていた。


『エラーラ、ごめんね。私は、あなたのようには強くなかった』


……【非論理的】だ。

あまりにも、【非論理的】で、愚かで……そして、救いようのない結末。


エラーラは、その日を境に、変わった。


感情を、自らの思考から可能な限り排除した。

信じられるのは、データと、そこから導き出される揺るぎない論理だけ。

感情も、常識も、もう、信じるに値しない。

自らの知性(ちから)だけが、この世界を渡り歩く、唯一の武器なのだ……と。


船体が大きく傾き、硬いベンチがエラーラの身体を打ち付けた。

彼女は、ゆっくりと目を開けた。


明け方。

経済特区「アルカディア・ネオ」は、その姿を朝靄の中から現した。

王都の石造りの街並みとは対照的に、そこは、ガラスと鋼鉄、そして純白の魔導コンクリートで構築された、無機質な摩天楼だった。

空を走る高架式の魔導軌道。

整然と区画整理された街並み。

だが、その清潔すぎる風景は、どこか人間の体温を感じさせず、作り物めいた冷たさを放っていた。

飛行船を降りたエラーラは、眠気と疲労で重い身体を引きずりながら、特区警察署へと向かった。


「王都警察からの紹介で来た、エラーラ・ヴェリタスだ。担当者を」


受付で身分証を提示すると、奥から出てきたのは、いかにも事なかれ主義といった風情の中年の男だった。


「あなたが、カレル警部が言っていた『専門家』様ですか。ふむ」


署長は、エラーラの薄汚れた白衣と、疲労困憊の顔を、値踏みするようにジロジロと見た。


「早速だが、その『犯人』……と、疑われている少女に会わせてもらおう」


エラーラは、本題を切り出した。


「面会ですか」


署長は、わざとらしく咳払いをした。


「構いませんがね。ですが、忠告しておきますが、エラーラさん。奴は『魔女』ですよ。大量殺人を『自分がやった』と認めたんだ」


「貴様はその『犯行』の瞬間を見たのかね?」


署長は、声を潜め、さも重大な秘密を打ち明けるかのように続けた。


「エラーラさん!奴はエルフですよ?まず、犯人と見て間違いはない!」


その言葉を聞いた瞬間、エラーラの瞳から、温度が消えた。

エラーラは一歩、署長に詰め寄った。

大柄な署長が思わず後ずさる。


「貴様は、魔法使いかね?」


「え? いや、私はしがない警察官で……」


「そうだろう。ならば、黙って案内しろ。素人が断言をするな。時間の無駄だ」


地下の面会室。

鉄格子の向こう側。

小さな椅子に、一人の少女が座っていた。

尖った耳。

エルフ族特有の、人間離れした美貌。

だが、その顔には一切の感情が浮かんでいなかった。

ただ、ただ……虚空を見つめている。

その華奢な身体は、まるで、精巧な人形のようだった。


「……」


エラーラは鉄格子越しに、その少女を「観測」した。


(外見、十六歳前後。エルフ族。身体的特徴、著しい衰弱は見られない。だが……)


エラーラは、自らの魔力回路を最大まで研ぎ澄ませた。


(……ない?)


エラーラの背筋に、冷たいものが走った。


(魔力が、ない!?)


ゼロだ!


完全に、空っぽだった!


エルフは、その種族特性として、強大な魔力をその身に宿す。


だが!


目の前の少女は、「空」だった!


そう。生まれながらに魔力回路そのものが、存在しなかった……という障害を持っていたのだ!


「……君が、やったのかね」


エラーラは、静かに問いかけた。

少女は、答えなかった。

ただ、エラーラを見つめ返すだけだ。


「あの広場で、三十四人を殺したのは、君か……と聞いている」


エラーラは、言葉を重ねた。

少女の唇が、わずかに動いた。


「……わたくしが、やりました」


「どうやって?」


「……」


「使った魔法は?術式は?触媒は?君の体格なら、シュピーゲル社のマギア・ロッドを用いたか、あるいは……」


「…………」


少女は、再び口を閉ざし、虚空へと視線を戻してしまった。

エラーラは、舌打ちをした。


「……署長。私は、現場を見てくる」


エラーラは、それだけ告げると、面会室を後にした。


中央広場は、事件から三日が経過した今も、その凄惨な記憶を生々しく留めていた。

立ち入り禁止の魔導結界が張られ、その内側は、まるで、この世の終わりのような光景が広がっていた。

破壊されたベンチ。

ひしゃげた街灯。

そして、そこかしこに残された、犠牲者たちの「痕跡」。

エラーラは、白衣の袖で口元を覆いながら、その地獄の中心へと足を踏み入れた。


(魔力痕跡、ゼロ)


(残留魔素、ゼロ)


(空間の歪み、ゼロ)


ゼロ!


カレルの報告通りだった……。

これだけの規模の破壊と殺戮が行われたにもかかわらず、魔法が使われた形跡が、文字通り、何一つない。

エラーラは当初、魔力を対象の体内で暴走させる「魔導爆破」の可能性を想定していた。

それならば、空間そのものに、微細な「魔力の焦げ付き」が残るはずだった。


それすらも、ない……。


「……あり得ん」


エラーラは、呟いた。


「あり得んよ……。これは、私の知らない『新型魔法』による犯行だ!」


手掛かりゼロ!


完全な手詰まり!


エラーラ・ヴェリタスは、初めて「理解不能」という壁にぶち当たったことを自覚し、猛烈な焦燥感に襲われていた!


どれほどの時間が経っただろうか。

エラーラは、死臭の染み付いた白衣のまま、広場近くの喫茶店のテラス席に座り、ぼんやりと冷め切ったコーヒーを眺めていた。


頭脳が、オーバーヒートを起こしていた!


情報が少なすぎる!


矛盾が多すぎる!


(あの少女は、嘘をついている!?だが、何のために?誰かを庇っているのか?あるいは……)


思考が、同じ場所をぐるぐると回り続ける!


その時だった。


「聞いた?アリシア様のこと」


「信じられないわよね。あのアリシア様が、まさか、人殺しだなんて」


鈴を転がすような少女たちの声が、エラーラの耳に入った。

見ると、すぐ後ろの席に、三人組の女子高生が座っていた。その制服には、特徴的な百合の紋章が刺繍されている。


(……聖アフェランドラ女学院。この経済特区で最も学費が高く、エルフの特権階級の令嬢だけが通うことを許される、全寮制の女学校)


「でも、警察はそう言ってるんでしょう?ニュースも、みんな……」


「嘘!あの方が、なさるはずがないわ!だって、あんなに優しくて、美しくて……私たちの、みんなの憧れだったのに!」


エラーラの背筋が、凍りついた。


(アリシア……?……ああ、あの少女の名前か)


「あんなに素敵な詩をお書きになる方が、どうして……」


「かわいそうに……」


エラーラは、ゆっくりと、しかし、一切の殺気を消して、後ろの席を振り返った。


「いや失礼。少し、耳に入ってしまってね」


エラーラは、できるだけ穏やかな声色で話しかけた。


「君たちもしかして、『アリシア』……という少女を知っているのかね?」


「……え、ええ。知ってますけど……あなたは?」


「私は、たまたま王都から来た、ただの学者だ。今回の事件の、調査に来ていてね」


「アリシア様は、私たちの先輩です!」


一人の少女が、半ば泣きそうに言った。


「あの方は、犯人じゃありません!絶対に!」


「ほう?なぜ、そう言い切れる?」


「だって……!」


少女たちは、顔を見合わせ、少しためらった。


「……アリシア様には、あの方がいたんです」


「あの方?」


「……セラフィナ様、です」


別の少女が、小さな声で言った。

その名前に、わずかな嫉妬と、それ以上の畏敬の念が混じっているのを、エラーラは聞き逃さなかった。


「アリシア様は、セラフィナ様のことだけを、それはもう、狂おしいほどに愛していらっしゃったから……」


「私たち、みんなアリシア様のことが大好きだったけど、セラフィナ様にだけは敵わないって、わかってました」


「そうよね……アリシア様が、セラフィナ様を見つめる目、覚えてる? まるで、女神様でも見るみたいだった……」


「んん?……そのセラフィナは、今、どこに?」


エラーラは、核心に迫る質問を、さりげなく差し込んだ。


少女たちの顔が、一斉に曇った!


テラス席を、気まずい沈黙が包む!


やがて、一人の少女が、涙を堪えながら、口を開いた。


「……セラフィナ様『が』、亡くなったんです……」


「な……?」


エラーラの頭脳に、閃光が走った。


「アリシアが、セラフィナを、『殺してしまった』可能性は?」


別の少女が、首を横に振った。


「ありえません!だってそれじゃあ……恋人が恋人を、殺したみたいじゃないですか……」


その言葉は、喫茶店の喧騒の中に、重い鉛のように沈んでいった。

エラーラは、冷め切ったコーヒーカップを、強く握りしめた。


怨恨だ!


間違いない!


これは、何者かによる怨恨だ!


真犯人が、セラフィナを殺し、アリシアに濡れ衣を着せたのだ!

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