第35話:回り道!
私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。
今回の目的は、地図に載らない古代遺跡「霧の神殿」。空間そのものが常に変動するという、実に興味深いバグに満ちた場所だ。通常の地図やコンパスでは到達不可能。だが、この私には、この日のために開発した自信作がある。
「フム…完璧だねぇ」
私は、自らの魔導車に搭載された『因果律ナビゲーター』の水晶盤を、満足げに撫でた。物理的な道だけでなく、魔力の流れや空間の歪みを読み取り、「最も効率的に目的地に到達するルート」を計算する、私の天才の結晶だ。
「さあ、私の完璧なアルゴリズムが、この非効率な空間をどう解析するか。実に興味深いデータが取れそうだねぇ」
ナビを起動し、私は霧深い森へと車を走らせた。
だが、起動するなり、ナビは目的地とは真逆の方向…今出てきたばかりの街へと引き返すよう指示を出した。
「…計算エラーか?私の完璧なアルゴリズムが、こんな初歩的なミスを?…待てよ。このルートを通ることで、何らかの変数を拾得する必要があると?」
私は、舌打ちしながらも、データ収集のために指示に従った。ナビは、街の寂れたパン屋の前で「10分間、待機」と命じる。私が苛立ちながら待っていると、焼きたてのパンを持った主人が現れ、「珍しいお客さんだ」と、そのパンを一つ、私に差し出した。なるほど、食料の補給まで計算に入っているのか。
再び森へ向かうと、ナビは、目の前にそびえ立つ断崖絶壁を「道」として認識し、「直進したまえ」と無機質な音声で指示する。
「面白い!物理的な道を無視し、概念的な最短距離を提示しているのか?だが、私の車は飛行機能など搭載していないぞ!」
私が苛立ちながら壁を調べると、そこに、古代の隠し通路…特定の魔術紋様でカモフラージュされた、狭い転移門を発見した。
「…素晴らしい。私のナビは、隠された空間までも見抜いているわけだ」
私の期待は、興奮へと変わり始めていた。
そして、ナビは、ついに、その狂気の真骨頂を見せつけた。
『次のルートを提示します。前方、"腐臭の沼"を、直進』
「…ほう?」
地図データによれば、そこは、致死性の瘴気が立ち込め、高レベルの魔獣の巣窟として知られる、最悪の危険地帯だ。
「…通常なら避けるべき高リスク地帯だが…」
私は、アクセルを踏み込み、躊躇なく、紫色の瘴気が立ち込める沼地へと突入した。
「——ッ!」
沼地の中央に差し掛かった瞬間、上空から、甲高い咆哮が轟いた。巨大な影が瘴気を突き破り、私めがけて急降下してくる。沼地の主、ワイバーンだ!
「計算外だ!私のデータに、エラーだと!?」
『直進』
ナビは、変わらず、無機質な指示を繰り返す。
「面白い!実に面白いじゃないか!この状況すらも、君の計算のうちだというのかねぇ!」
私は、狂気的な笑みを浮かべ、さらにアクセルを踏み込んだ。ワイバーンが、腐食性のブレスを吐き出す。私は、車体をスライドさせ、それを紙一重で回避。熱波が車体を炙り、アラームがけたたましく鳴り響く。
『三秒後、右急旋回。進路、枯れ木群』
「乗ってやろうじゃないか、その無謀な指示に!」
私は、ナビの指示通り、泥水を跳ね上げながら、枯れ木の森へと突っ込む。ワイバーンもまた、その巨体で木々をなぎ倒しながら、執拗に追いかけてくる。
『1.5秒後、左急旋回。その後、全速力で加速』
私は、その無茶苦茶な命令に従い、車体をきりきりと軋ませながら、泥沼と障害物の間を縫っていく。
『前方、魔力間欠泉地帯。減速せず、通過せよ』
「狂っている!」
目の前で、紫色の魔力が、間欠泉のように不規則に噴き出している。私は、その噴出パターンを瞬時に計算し、魔力の柱と柱の間を、ギリギリのタイミングですり抜けた。
直後、背後で、凄まじい絶叫が響き渡った。私を追いかけてきたワイバーンが、避けきれずに魔力の間欠泉の直撃を受け、黒焦げになって墜落していく。
数々の不可解な指示を経た後、私は、どの古文書よりも早く、完璧なタイミングで「霧の神殿」に到着した。
私は、自らの発明品が、未来予測や危険察知能力まで獲得したのだと、恍惚としていた。
「私の天才性が、ついに因果律そのものをハッキングしたか!私のナビは、単なる道案内ではなく、この世の全ての変数を読み解く、預言者へと進化したのだ!」
しかし、神殿の調査を終えた私が、ナビのログを詳細に解析したところ、そのあまりにも滑稽な「真相」が判明した。ナビは、一切バグってもいなければ、進化もしていなかった。
私のナビは、ただひたすら、間違った地図データに従って、論理的に「最短」を計算し続けただけだったのだ。ワイバーンの回避も、何もかも、全ては「壮大な偶然」だった。
私は、その事実に、しばし呆然とした。
しかし、すぐに、いつもの不敵な笑みを浮かべる。
「結論。非論理的なデータの混入は、時に、論理的な予測を遥かに超える、最も効率的な『最適解』を導き出す可能性がある。この『偶然』という名のバグ、実に興味深いじゃないか!」
私は、失敗、あるいは、予期せぬ大成功から、新たな研究テーマを見つけ出し、満足げに研究日誌を閉じるのだった。




