第3話:主人公の消滅(2)
王都は、僕の創り出した芸術によって完璧に支配されていた。
カレル警部は、僕という「最高の助手」を得て、存在しない犯人の尻尾を必死で追い続けている。実に滑稽だ。
だが、僕は、退屈し始めていた。
ただ一人ずつチマチマと殺す。こんなものはもう「芸術」とは呼べない。「作業」だ。
僕は、もっと大きなキャンバスが欲しかった。
もっと、壮大な「作品」を創りたかった。
その「インスピレーション」は、思いがけない場所から、もたらされた。
「……カレルさん。ここは?」
警察の地下保管庫。
カレル警部は、僕を、ある特別な区画へ連れて行った。
「エラーラ君の遺品だ。……例の『怪物』の襲撃の後、研究室の残骸から、かろうじて回収できた、いくつかの研究資料だ」
そこには、焼け焦げたノートやひび割れた魔導水晶が並んでいた。
「先生は、何を研究していたんですか?」
「……わからん。ほとんどが暗号化されている。だが、我々の解析によれば、どうやら『魂』そのものの構造について、研究していたらしい」
カレル警部は、ため息をついた。
「『魂の共鳴』、『魂魄増幅』……。我々には理解が及ばんよ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳髄を電撃のような「歓喜」が貫いた。
これだ。
これこそが、僕の「芸術」に欠けていた、最後のピースだ。
肉体を壊すだけでは、三流だ。
魂そのものをキャンバスにする。
その夜。
僕は、カレルの書斎から鍵を盗み出し、警察の保管庫に忍び込んだ。
エラーラの遺品。その焼け焦げたノートを、僕は、貪るように読み始めた。
(素晴らしい!なんて天才だ、エラーラ・ヴェリタス!)
彼女の理論は、こうだ。
『魂は、固有の周波数を持つエネルギーである』
『特定の触媒と増幅器を用いれば、一つの魂の『感情』を他の魂に、強制的に『共鳴』させることが可能である』
僕は、もう一つの遺品に手を伸ばした。
それは、厳重に封印された、小さな黒い箱。
中には、ビー玉ほどの大きさの、黒く、しかし、虹色に輝く、美しい「結晶」が一つ入っていた。
ノートの最後のページに、走り書きがあった。
『観測失敗。私の魔力が高密度すぎた。暴走。封印。これは使ってはいけない。『力の断片』だ』
僕は恍惚として、その結晶をつまみ上げた。
これが、触媒。
エラーラの研究ノートが、教科書。
そしてこの王都全体が、僕の……キャンバスだ。
僕の「芸術」は、進化した。
僕は、カレル警部に、こう進言した。
「カレルさん。ヴォイド・カーヴァーは、次に、王都の『秩序』そのものを、狙うかもしれません」
「秩序?」
「はい。例えば……王都の『魔力供給炉』です。あそこを破壊されれば、王都は、機能不全に陥る」
「……ッ! ありえる!」
カレル警部は、僕の「天才的」な予測に基づき、王都の地下深深くにある古代魔導炉の警備を強化した。
もちろん、それが僕の「狙い」だった。
僕は、警備の「視察」という名目で、カレル警部と共に魔導炉の中枢へと足を踏み入れた。
魔導炉は、この街全体の魔力を集積して増幅させる、巨大な「アンプ」そのものだった。
僕は、カレル警部が部下と話しているわずかな隙に、懐から、エラーラの『力の断片』を取り出し、魔導炉の冷却水の流れの中にそっと落とした。
結晶は瞬時に、魔力の奔流に溶けて消えた。
街は変わった。
最初は、誰も気づかなかった。
人々は、ほんの少しだけ「感情的」になった。
酒場での口論が殴り合いに発展する率が、30%増加した。
恋人たちの痴話喧嘩が、広場での絶叫合戦になった。
人々は怒りっぽくなり、そして何よりも、「恐怖」に敏感になった。
「隣の家から悲鳴が聞こえた!」(実際は夫婦喧嘩)
「広場に怪しい花弁が!」(実際はただの花)
街は、エラーラの「力の断片」によって増幅された「恐怖」の感情に支配され始めた。
そして僕はその「恐怖」に、最後の「芸術」を加えた。
僕は、僕が殺した司教や衛兵たちの死体を使い、エラーラのノートにあった「禁断の魔術」を実行した。
「死体の再構築」。
僕は王都の中央広場で、僕の最高傑作を公開した。
それは、夜明けと共に現れた。
広場の中央に、それは、そびえ立っていた。
デミトリ、バルト、司教、衛兵たち……僕が殺した全ての「作品」が、まるで悪夢のパッチワークのように縫合され、一つの、巨大な冒涜的な「オブジェ」として組み上げられていた。
バルトの鎧は、デミトリの肉を詰め込まれ。
司教の法衣は、衛兵たちの骨で飾られ。
その頂点には、エラーラ・ヴェリタスの、あの「白衣」が、血染めの旗のように掲げられていた。
王都は、絶叫した。
「恐怖」の感情は、「力の断片」と「魔導炉」によって無限に増幅され、共鳴し、街全体を、一つの巨大な「発狂体」へと変貌させた。
人々は、狂った。
「怪物が!怪物が街の中に!」
「エラーラ先生の亡霊だ!」
「殺せ!殺される前に、殺せ!」
隣人が隣人を怪物と見間違え、殴り殺す。
衛兵が市民を化け物と誤認し、斬り捨てる。
王都は、僕が仕掛けた「恐怖の共鳴」によって内側から自滅し始めたのだ。
『ああ、美しい!これだ!これこそが僕の芸術だ!』
僕は、燃え盛る王都の教会の鐘楼の上から、その「地獄絵図」を恍惚として見下ろしていた。
カレル警部が、血まみれで僕を探していた。
「タイガ君!どこだ!タイガ君!」
僕は、彼の前に、ゆっくりと舞い降りた。
「……カレルさん」
「タイガ君!無事だったか! よかった……!さあ、逃げるぞ! この街はもう、終わりだ!」
「終わり?」
僕は、首を傾げた。
「違うよ、カレルさん。……『始まった』んだ」
「……え?」
僕は懐から、あの「水晶のロッド」を取り出した。
エラーラの血が、まだ、こびりついている。
「信頼は、警戒心を完全にゼロにする。この仮説はすでにエラーラ先生の死によって実証済みですが……あなたでも見事に証明されました」
カレル警部の顔が、恐怖と、絶望と、そして、最後の「理解」に歪んでいく。
「……タイガ君……まさか、エラーラ先生を……?」
「フム」
僕は、ロッドを振りかぶった。




